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婚約破棄の現場から失礼します。その「冤罪」、科学捜査(フォレンジック)で論破させていただきます 〜前世科捜研の私が、魔法世界の完全犯罪をDNA鑑定で暴くまで〜  作者: ヲワ・おわり
第3章:相棒との接触と新展開

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第10話:王宮警察からの招待状

 カビと鉄錆、そして高級菓子。

 相反する要素が同居するこの封筒は、差出人の人物像を雄弁に語っている。

 高貴な身分でありながら、環境の悪い地下に拠点を置き、かつ甘い物を好む変わり者。


(レオンハルト殿下。……貴方、意外と私と趣味が合いそうですね)


 スカーレットは口元を緩め、封筒を懐にしまった。


          ◇


 馬車が到着したのは、きらびやかな王宮の正門ではなかった。

 裏手に位置する「北棟・資材搬入口」。食材を運ぶ荷馬車や、ゴミ収集の作業員が行き交う、王宮の舞台裏バックヤードだ。

 ドレスで降り立つには相応しくない場所だが、馬車から降りたスカーレットの装いもまた、普通の令嬢とはかけ離れていた。


 動きやすいように裾を切り詰めた実用的なドレス。

 その上から羽織ったのは、白衣を模した特注のロングコート。

 そして手には、愛用の「往診鞄ドクターズバッグ」が握られている。


「……粉塵濃度が高いわね。マスクを持ってくるべきだったかしら」


 彼女は空中に舞う塵を見て眉をひそめつつ、指定された通用口の扉を開けた。

 目の前に伸びているのは、地下へと続く長い螺旋階段だ。

 一歩踏み出すたびに、空気が重く、冷たくなっていく。


 王宮の地下区画。

 そこは、華やかな表舞台を支えるインフラ設備と、かつての牢獄が混在する「王都のはらわた」だ。

 階段を降りるにつれて、壁の石組みは古くなり、魔法陣の照明も疎らになっていく。


(結露が酷い。壁に黒カビ(クラドスポリウム)のコロニーが形成されているわ。……換気システムが機能していない証拠ね。ここは呼吸器系疾患の温床だわ)


 スカーレットは壁を指でなぞり、その湿り気を確認する。

 美しい王宮の足元が、これほど病んでいるとは。

 だが、彼女は不快感よりも先に、湧き上がる好奇心を抑えきれなかった。


「解剖のしがいがある国だこと」


 カツ、カツ、とヒールの音を響かせ、彼女は地下三階の踊り場へとたどり着いた。


 そこには、重厚な鉄扉が立ち塞がっていた。

 扉の前には、一人の騎士が仁王立ちしている。身長二メートルはあろうかという巨漢だ。王宮騎士団の鎧を着ているが、その装備は所々傷ついており、歴戦の猛者であることを物語っている。


「止まれ」


 騎士が太い腕を伸ばし、スカーレットの行く手を遮った。


「ここは立ち入り禁止区域だ、嬢ちゃん。迷子なら一階の衛兵詰め所に行きな」

「迷子ではありません。レオンハルト殿下がお待ちです」

「殿下だと? ……帰れ。あの方は公務でお忙しい。貴族のお嬢様がお茶をしに来ていい場所じゃねえんだ」


 騎士はスカーレットを一瞥しただけで、鼻で笑った。

 招待状を見せようとしたが、彼はそれを見る気さえないらしい。「魔力のない小娘」という偏見が、彼の目を曇らせている。


(……非合理的ね。言葉で説明するより、実演した方が早いかしら)


 スカーレットは動じない。

 眼鏡の位置を直し、ユニークスキルを発動させる。


「――【解析スキャン】」


 視界が切り替わる。

 騎士の全身が色彩情報として分解され、拡大される。

 ブーツの汚れ、袖口の繊維、筋肉の張り具合、骨格の歪み。

 数秒の観察で、彼の「過去数時間の行動」と「現在の体調」が、雄弁なデータとして浮かび上がった。


「公務、ですか。……いいえ、殿下は今、この奥で『個人的な捜査』をしていますね?」

「あ? 何を言って……」

「そして貴方。ここに来る前……午前中は『北の第三演習場』で、火属性魔法の訓練をしていたでしょう?」


 スカーレットの言葉に、騎士の表情が強張る。


「な、なぜそれを……」

「ブーツの右足側面にのみ、特徴的な赤土が付着しています。王都近郊でその土があるのは、北の演習場だけです。さらに、袖口には微細な焦げ跡と、硫黄の臭い。近距離で爆発系の魔法を使った証拠です」


 騎士が後ずさる。だが、スカーレットの「診断」は止まらない。


「それだけではありません。貴方、左肩の関節炎が痛むのではありませんか? 重心が右に偏っています。重い鉄扉の前で長時間立哨りっしょうするのは、さぞお辛いでしょうに」

「バ、バカな……!?」


 騎士は自分の左肩を押さえ、目を見開いた。

 古傷の痛みは、誰にも話していないはずのことだった。


「貴様……魔法で俺の心を読んだのか!? 読心術か!」

「いいえ、ただの観察です」


 スカーレットは呆れたように首を振る。


「人は誰もが、自分の情報を身体に書き込んで歩いているものです。私はそれを読んだだけ。……さて、これを見てもまだ、私を通しませんか?」


 彼女は懐から、黒い封筒を取り出して突きつけた。

 騎士はひったくるように封筒を受け取り、封蝋の紋章を確認する。そして、顔色を一変させた。


「こ、これは……殿下の直筆! し、失礼いたしました! まさか局長代理のお客様とは知らず!」


 騎士は慌てて直立不動の姿勢を取り、敬礼する。

 その額には、冷や汗が浮かんでいた。魔法を使わず、ただの視線だけで丸裸にされた恐怖が、彼を萎縮させていたのだ。


「開門します!」


 ギーッ……ゴウン。

 重い金属音を立てて、鉄扉が内側へと開かれる。

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