【第八話】 行く末
すっかり日も暮れ、辺りには闇夜が月明かりに照らされる風景が静けさと共に広がっていた。
広い屋敷の広い一室に通された一行はその後クロフォード卿と夕食を共にし、安息の時間を迎える。
少しして女性陣、すなわちクルムとネリスが風呂へと案内されるのとほとんど同時にロイスは部屋を訪ねて来た使用人によってクロフォード卿の私室へと通された。
「失礼する」
扉を潜ると、ロイスは一度室内を見渡した。
護衛や侍女の姿はなく、ソファーに腰掛けワイングラスを手にしているクロフォード卿一人だ。
「そう肩肘張る必要はないよ。僕のプライベートルームだ、気楽にしてくれ」
「ならそうさせてもらおう」
「君もやるかい? そこそこは良い酒だよ」
「ああ、じゃあお言葉に甘えて……いや、今日は遠慮しておくよ」
「そうかい? それは誰の何を警戒してのことなのかな?」
「警戒というほど大袈裟な話でもないさ。一応は国を追われた身だ、あのボンクラ王はもう俺のことなんざ忘れちまってるだろうが……普通なら国を出る前に刺客に始末されるのがお約束ってもんだろう」
「ははは、それはそうかもね。率直に言えば、この国の隠密部隊に君を始末出来る実力者がいるとも思えないけど」
「どうだかな、心配しなくてもあんたを疑っているわけじゃないさ。商売や取引き、契約という言葉を軽んじることはない人物だと知っているからな」
「うむうむ、さすがは我が友だ。僕のことをよく分かっている」
「我が友て……良い歳してよくもまあそんなこっ恥ずかしいことを」
「こう見えて友達付き合いなんてほとんどしてこなかったからね。悪巧みを共謀する仲というのは実に貴重なのだよ」
「友達がいないのは見たまんまだけどな」
「それで? 僕はいいとして、お連れの二人はどうなんだい? 信用するに足ると判断しているのかな?」
「ガキの方は問題ないだろうよ。ありゃ初めて手にした自由にはしゃいでる、ただの純真な奴だ。メイドの方は……ま、半々だな。敵意はなくなったとも思えるけど、何せどちらも初対面だ。人間を憎む過去なり背景でもありゃ密かに俺の首を狙ってる可能性もゼロではないかもしれんが、クルムの意思に反して危害を加えようとはしてこんだろ」
「それは何より。ここで君が殺されでもしたらこの屋敷が血の惨劇真っ只中になりそうだ」
「そのつもりなら取引きする意味も無いだろうに。必要な物も受け取らないうちに台無しにすりゃいよいよこの国どころか世界中から御尋ね者扱いだ」
「君がそう言うのであれば、今は信用しておくとしよう」
「で? わざわざ連中が風呂に行ってる間に呼び出したて、どんな内緒話をしたかったんだ?」
「ふっ、そう勘繰らないでくれたまえよ。ただ真意を聞いておきたかっただけさ」
「真意?」
「本当に国なんて大層な物を自分達で作ろうと思っているのかい?」
「言っておくが、積極的な賛同の末にこうしてるわけじゃないからな? 行くアテも帰る場所もないって現実と、俺はこの国の連中を含めたクソったれた世界を、クルムは身内を含めたクソったれた世界を、それぞれ憎み、恨み、いっそ纏めてぶっ壊してやりてえって共通の目的のために手を組んだだけの話なのさ。実情を明かすなら、おとなしく野垂れ死ぬのを待つぐらいなら片っ端から道連れにしてやんぜチクショウってヤケクソ半分、開き直り半分ってもんだ。希望だの明るい未来だのなんざ露程もこの目には映っちゃいない。あのガキんちょは目ぇ輝かせてるけどな」
「なるほど、いかにも現実主義な君らしい答えだ。だけど君を知る者であればあながちただの自暴自棄とも思えないのではないのかな? 夢物語の始まりとなるか、復讐と叛逆の物語の始まりとなるかは分からないけれどね」
「買い被りすぎだろ。盗賊崩れ一人で何が出来るってんだ、あのメイドさんは何か相当強そうだけどさ」
「そうは言うけど、実際問題君はあの勇者殿より強いだろう?」
「はっ、馬鹿言え。俺はあいつみたいに高ランクの魔物を倒したり魔族の幹部と対等にやり合う腕っぷしなんざ持ち合わせてない。百回やり合えば百回負ける自信があるぞ。俺の勝ち筋なんて精々が寝首を掻くことぐらいだ」
「勇者相手にそれが出来る人間がどれだけ居ることやら」
「少なくとも今朝までは他人じゃなかったからな。俺のやり口ってのは所詮そんなもんさ」
「ま、君がそう言うのであればそういうことにしておくとしよう」
そこでクロフォード卿が立ち上がると、雑談の時間が終わりを迎えたことを察したロイスもそれに続く。
何らかの警告や忠告でもされるものだと考えていただけにロイスにしてみればどこか拍子抜けといった具合だ。
「ご要望の物資は二日もあれば集められるだろう。それまではゆっくりしていくといい」
「配慮に感謝する。あんたが良からぬ噂の標的になる前には出て行くよ」
「そう急がせるつもりもない、余計な気を回さなくてもいいさ。魔族の王女とはみ出し者の人間がどんな行く末を辿るのか、傍観者としては何とも興が湧くじゃあないか」
「は、あんたも大概物好きだな」
「はは、違いない。でもまあ、そんなわけで僕の身が危ぶまれるようなことにでもならない限り陰ながら応援させてもらうよ。勿論見返りには大いに期待しながらね」
「そうある限りは頼りにさせてもらうよ。ああ、そうだ。応援ついでに一つ頼まれてくれないか?」
「何かな?」
「匿名で王都に手紙を出したい。足が付くのは避けたいから直接出しに行けなくてね」
「承ろう、明日までに用意しておいてくれ」
じゃあおやすみ。
と一言告げて、クロフォード卿は先に立ち去っていく。
こんなわけの分からん三人組に何を期待しているんだか。
呆れたように首を振りながらそう呟き、ロイスも貸し与えられた部屋へと帰るのだった。




