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王女が攫われた報復に魔王の娘を攫ってきたら国外追放を言い渡されたので新世界の神になる  作者: まる


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【第七話】 クロフォード辺境伯


「やあやあロイス君、待たせたね。久方ぶりの再会だというのに、どうやらお茶をしに来たわけではなさそうだ」


 三人が応接間に通されて数分。

 館の主でありこの地の領主であるクロフォード辺境伯が扉の向こうから現れた。

 歳は四十過ぎ、温厚な性格の持ち主でいて理に聡いやり手の貴族として知られている人物である。

 ロイスはすぐさま立ち上がって握手に応じるが、紅茶と焼き菓子に夢中なクルムはマーマレードを頬張りながら視線を向けるだけで挨拶をしようという様子もなく、また二人の背後に控えているネリスもジッとその視線を男に向けているだけで表情一つ変えることはない。

 自由人と表現されることが多い辺境伯は伝統や格式、気位といった要素への拘りが薄く、特に気を悪くする様子もなく一目で人間ではないと分かる同席者二人を一瞥し、正面のソファーへ腰を下ろした。

「それで、今日の御用向きは?」

「相変わらず気ままな暮らしをしているようで何よりだよ。俺とあんたの関係なんて一つしかないだろ?」

「はっはっは、違いない。では商談に入るとしよう、今日はどんな良い話を持ってきてくれたんだい? どうやらいつもとは違った事情がありそうだけど、そちらの女性達のことも説明してくれるんだろう?」

「ま、ここに誰かを連れて来るのは初めてだからな。お察しの通り少々のっぴきならない状態なんだ、正直に言やあんた以外に頼る先がなかった」

「それは光栄なことだ。だけど知っての通り、僕が売り買いする商品に人やそれに準ずる者は含まれていない。そりゃあ揃って見目麗しい子達だし二人とも出すところに出せば高く売れるんだろうけど生憎とそういう商売は僕の主義じゃない」

「その気安い性格には好感が持てるんだがな、その手の冗句は遠慮してくれると助かる。後ろのメイドさんがあんたを殺さんばかりの勢いだから」

 隠すつもりのない殺気をその背に感じつつ、ロイスはカップに口を付ける。

 無論それは無言のままでいる初対面の二人への配慮を含む場を和ませるための軽口であったが、今日この日まで人間を敵視してきたネリスに挑発以外の意味を汲み取れるはずもなく。

 事前に全ての交渉を引き受け、余計な口出しをしないようにとロイスに釘を刺されていなければ即決でこの場を血で染めていたのではないかと思わせる程度には物騒な気配を醸し出していた。

 ちなみにネリスは『何も言わなくていいから女王らしい態度でもしとけ』というロイスの指示を随分と遅れて思い出し、足を組んだまま余裕ぶった表情で辺境伯をジッと見つめているだけで特に憤りは感じられない。

「それは失礼をした。自己紹介がてら陽気な男だと知ってもらおうと思っただけで他意はないのだ、気を悪くさせたなら謝罪しよう」

「いや、どちらかと言えばこっちの問題だ。慣れるまでは勘弁してもらえればそれで十分さ。ひとまず紹介からだな。クロフォード卿、俺の隣にいるのが魔王の娘でクルムだ。で、後ろのメイドさんがクルムの従者兼護衛のネリス」

「魔王の……これはまた、高貴な身分であろうことは外見で察していたけど、想像の上をいってくれるものだ」

「無理もないというか、当然の反応なんだろうけどマジなんです。で、クルムとネリス、こちらがこの辺り一帯の領主であるクロフォード辺境伯だ。俺とはそこそこ長い付き合いで真っ当なところからギリギリアウトってレベルまで色んな金儲けのための取引をしてきた後ろめたい関係だ」

「あたしクルム、よろしくねへんきょーはくっ。そっちのも食べていい?」

 警戒心の欠片もない無邪気な笑顔に辺境伯も釣られて相好を崩した。

 基本的には相互利益を追求するだけの秘密裏な関係であったが、それゆえに能力や仕事ぶりへの評価のみならずその前提を崩す様な馬鹿な真似はしないという信頼がある。

 そんなロイスがわざわざ同席させている以上は自身に害をもたらそうという意図はないと確信しているのだ。

「好きなだけ食べていいとも。何なら追加で持ってこさせよう」

 辺境伯は出入り口に控えている執事に合図を送る。

 そこでようやく目の前のカップに手を付けた。

「では改めて聞こう。君の身に何が起きて、今現在どういう状態で、僕に何を求めているのかを」

「ああ、実は……」

 ロイスはここに至るまでの経緯を掻い摘んで説明していく。

 国王より魔族領に潜入する任を与えられたこと。

 そこで王女奪還が叶わなかったものの取引材料になるのではないかとクルムを連れ去ったこと。

 その結果国王の怒りを買い、保身に走った王に国外追放を言い渡されたこと。

 そして国に対する数多の貢献を無いものとされ切り捨てられた人間の男、王の血を引きながら必要とされなかった魔族の女が手を組みどちらにも属さない勢力としての活動を模索し、いずれはこの国の敵になるつもりでいること。

 それでいてまずは身を隠し、生活するための拠点や物資を集めなければならないこと。

 大まかにではあるが、今日起きた全てを話して聞かせた。

 明かさなかったのは今後ネリスが連れてくる予定の仲間になりうる存在のことだけだ。

 全ての解説が終わると口を挟むことなく耳を傾けていた辺境伯は大きく息を吐き、一度天を見上げる。

「同情されたくはないだろうから励ましや慰めの言葉は飲み込んでおくけど、君の波乱万丈人生はいい加減留まることをしらないものだね」

「否定のしようがない。実際には留まることを知らないのは俺を簡単に切り捨てたクソ共に対する恨み節なんだけどな。ただいつまでも腹を立てて憎しみを膨らませてたって負け犬ってことに違いはないし、途方もなければ何の成算もない復讐譚だけど負け犬が集まれば牙や爪の一つぐらい届くかもしれないだろ?」

「僕にしてみれば君ほどの男をあっさりと手放せる陛下や勇者殿の気が知れないよ。それはともかく、要するに僕に求める物は君が今述べた物ということだね」

「ああ、ひとまず寝泊まりする場所と当面の食い物かな。それを確保しないと今後の計画も何もない」

「ここから南に少し行けば海があるのは知っているだろう? 商船用の港と軍船用の軍港が隣り合っているわけだけど、そこから南西にしばらく進んだところに小さな島がある」

「ほう、島が」

「今は誰も使っていない無人島状態だけど、十数年も前に祖父がそこに療養のための屋敷を建てたんだ。とっくに使われなくなっているし立ち入る人間もいないからどうなっているかまでは把握していないけど、そこでよければ譲ってもいい」

「そりゃ願ってもない提案だ。質には拘らないからそこに渡るための船と食料をプラスで頼みたい。対価は……これで足りるか?」

 ロイスは前もって預かっていたクルムのブレスレットを差し出した。

 受け取った辺境伯はじっくりとそれを眺め、目を丸くする。

「これは凄い。少なくともこの大陸の産物ではないよね」

「ああ、何でも魔族領特有の物らしい。言うまでもないけどこのクルムの持ち物だ」

「なるほど……素晴らしい品だよ。使い勝手の無い小島一つと交換じゃあさすがにボッタクリもいいところだ。望み通り使っていない船と食料も提供しよう」

「助かる、これでひとまず出発点には立ったって感じだよ」

「諸々の用意に二、三日は掛かるだろう。それまではうちに泊まっていけばいいよ」

「何から何まで世話になるな。ほら、お前等もお礼ぐらい言っとけ」

「ありがと、へんきょーはく。いつかあたしが女王様になった暁には絶対恩返しするから期待して待っててよね」

「ははは、それでは女王閣下のご活躍を楽しみにしておくとしましょう」

「うんっ」

 満足げなクルムの後ろで、ネリスも軽く頭を下げている。

 そしてロイスもまた、ひとまず身を隠す場所を得られたことに安堵の息を漏らしていた。

「すぐに部屋を用意させる。夕食はご一緒させてもらうとしよう」

 辺境伯は最後に人当たりの良い笑みを向けると部屋を後にするべく立ち上がる。

 扉に手を伸ばしかけた時、ロイスがその背に声を掛けた。

「クロフォード卿」

「ん? どうしたんだい?」

「行き場のない俺の頼みを聞いてくれたこと、この顔触れであんな目的があると知った上で受け入れてくれることには心底感謝している」

「どうしたのさ改まって」

「俺だってこんなことは言いたくないんだけどな、目を逸らすわけにはいかないと思ってさ」

「ふむ」

「一つだけはっきりさせておかなきゃならんことがある。言っておくべき、と言い換えてもいい」

「聞こうじゃないか」

「どれだけ時間が掛かるかは分からないけど、俺達はいずれこの国を潰しに来るつもりでいる。それを知った上で協力関係を維持してくれるなら今後もたんまり儲けさせてやる。極力迷惑は掛けないし、勿論あんたが自分の身を守るためなら俺達を切り捨ててくれても構わない。ただその時は前もって教えて欲しいんだ、これ以上付き合いきれないと言われたなら俺達は無条件で受け入れるし、あんたを恨むこともしないと約束する。あんたが不利益を被らないことを前提とした取り引きだけ続けてくれればそれでいい。だけど知らない所で俺達を売ったり利用したりということがあったと知ってしまったら……俺はあんたを殺さなきゃいけなくなる」

 見つめ合うこと数秒。

 それが敵意や悪意からくる言葉ではないと知っている辺境伯は、それでも人当たり良い笑顔を返した。

「やっといつもの目に戻ったね。僕達の付き合いというのは最初からお互いに利があるビジネスありきの関係だろう? 少なくとも僕側から意味もなく裏切ったりはしないし、君を売って得られる物よりも君との付き合いを続けることで得られる物の方が何倍も価値があると僕は知っている。君が地位や名声に興味を示さないように、僕は権力や階級に固執する質ではないからね。人によって排除され、人を憎む君がその在り方を徹底しようとする気持ちは分かっているつもりだ。君は昔から自分に課した役目を全うするために誰よりも賢く、老獪で、誰よりも妥協を嫌ってきた。そのためならば非情に徹し、自己犠牲も厭わず、時には倫理観や道徳を捨て去ってでも目的を果たしてきた。そんな君だからこそ今日に至るまで交友が続いてきたと僕は思っているよ。ちんけな脅しを口にする君ではない、実際にその時が来たら迷いなく実行に移すのだろう。だからこそ、それを事前に教えてくれる優しき友人の顔に泥を塗らないためにも、もしもそうせざるを得ない理由が出来た折には事前に伝えると神に誓おう」

「感謝する」

 もう一度にこりと笑って、辺境伯は部屋を出た。


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