【第二話】 道なき道へ
「いや、お前……何言って」
一瞬面食らった自身の感情を隠す意味で、ロイスは苦笑を浮かべる。
対してクルムは諧謔の色など微塵も感じさせない至純の瞳で、今度は真っすぐにロイスを見上げた。
「出来ないの?」
「…………」
今一度、ロイスは返す言葉を見失う。
それは挑発的な意味合いを一切含まない純粋な疑問の答えと意思を問うためだけの目だった。
豪胆なのか馬鹿なのか、或いは自暴自棄なのか。
これが日常の会話であればそれ以外に感想の抱きようがない噴飯物の話だ。
だがその目、その表情を見て初めて、ロイスは隣に座る女が単なる蒙昧で戯言を吐いたのではないことを理解する。
元来誠意には誠意で応えるべきである、などと考えるような誠実な人柄ではない。
ロイス自身もそれを自覚しているし、そうあるべきであるという認識は誰よりも強い。
ただ邪智に長け、可能な限り老獪に、何よりも利を優先して生きて来た。そう生きることを、その生き方を貫くことを決めた。
順風満帆とは言えない半生の中で、それだけが生きる方法であり生きる意味だった。
そんな血に塗れ、真っ黒に染まった心身をある意味では矜持とし、進み続けた末路が今この状況だと自覚している。
全ては覚悟の上だ。
最後はどこかで野垂れ死ぬことになるのだろうと。冒険者として、職業盗賊として生きると決めた時にそこまでの未来を想定していた。
ロイス自身が定めたリミットは十年。
どれだけ長く生きてもそこが終着点だと最初に決めて、それを受け入れた。
十年生きられたならば時間としては十分だと、得られる対価としては是非もないと迷う余地もなかった。
その道、その生き方が今日ここまでで約七年。
あまりにも想像と掛け離れた結末に気力、意欲を失っていたのは事実である。
それを知った上での発言ではないのだろうが、少なくともこの状況で前を向いていることだけは理解し、笑い話はしていないという強い意思を受けてようやくロイスは沈思する。
導き出された【答え】は『嫌』だとか『興味がない』ではなく『無謀』であり『無茶』という【分析】だった。
「たった二人で国でも作ろうってのか? えーっと、結局名前なんだっけ?」
「クルムよ、ク・ル・ム! ちゃんと覚えなさいよね」
「いやさっき聞いた時に言ってなかったろ……」
「でも国か~、それいいわね! あたしが言い出しっぺだから女王様ね!」
「質問の答えになってない気がするんだが……お前が女王なら俺は部下ってか?」
「二人で始めるんだからそんなの建前でいいじゃん? あたしが女王、アンタは元帥、でも対等な関係ってことで。二人で新しい国を作って、二人で世界をぶっ壊すの」
「元帥、ねぇ……要するにナンバー2ってことが言いたいんだろうけど、二人組のナンバー2って価値あんのか?」
「今は二人ってだけじゃない。あたしの側近で、政治と軍事でも一番偉くて、あたし達の野望を叶えるために作戦考えたり必要な物を揃えたりするの」
「一人で何役させる気だ……そうじゃなくて、まず現実味の話をしようって言ってんだよ俺は」
「いいじゃない最初は駄目元でも。どうせ帰る場所も行くアテもないんでしょ? このままどこかで行き倒れる方が好みなわけ? 人目を避けて日陰で生きていく人生の方が満足なの? そんな人生だったら無茶でも無謀でも自分の意思で、自分の思うように生きた方がどんな終わり方だったとしても悔いなく胸を張れると思わない? そりゃ馬鹿なあたしにだって茨の道だってことぐらい分かるし、苦しいことも辛いことも山程あるってことも理解出来る。でもその中に、その先に楽しいだとか自分が自由なんだって実感が得られる時があったなら、そこで初めて自分の人生に価値が生まれるとあたしは思うんだ」
「なるほど……そりゃ道理だ」
どこまでも前向きな女だ。と、ロイスは心で付け足した。
今ここにいるのは全てを失った結果だと思っているロイス。
そして真の自由を、全てを手に入れる権利を得たのだと考えるクルム。
対照的な考えの二人は意思の強さ、その差の分だけロイスの感情を揺り動かしていく。
なるほど確かに、ロイスにしてみれば行く末などいずれ朽ちて果てるか、そうでなくとも死しているのと大差ない惨めな人生を歩むかのどちらかしかない
そんなことになるぐらいならば同じ死ぬにしても自分を追い詰め、追いやった連中に一矢報いるぐらいのことはしてやらねば気が済まないし、何よりも望み通りに人知れず破滅してやる義理もない。
元より頭の回転が速く決断の速さには定評があったロイスだ。
そんな考えが僅かにも脳裏を過ぎった時点で、答えは決まったも同然だった。
どれだけ無謀であっても、結果的に無意味であっても、何も変わらなかったとしても、悪足掻きぐらいはしてやろうじゃないかと。
身勝手な権力者共に生かして追い出したことを後悔させてやろうじゃないかと。
この最低最悪な結末よりもいくらかマシだろうと。
半ば開き直りに近い反骨心が徐々に湧き上がっていく。
「だったら……やれるだけやってみるか。このまま負け犬人生じゃ死んでも死にきれねえしな」
「本当?」
「駄目元で、やれるだけはってレベルの話だけどな。精々悪足掻きしてやるさ」
「そうこなくちゃ」
「だがそれには一つ大きな問題がある。いや問題も課題も数えきれない程あるんだけど、前提としての問題だ」
「問題?」
「昨日今日出会ったばかりの俺達が互いを信頼出来るのかってことだよ。はっきり言って俺は勇者パーティーに居た頃から誰一人信用も信頼もしてなかったからな」
「あたしだって似たようなもんよ。パパの部下なんて誰一人あたしのことなんて気にも掛けてなかったし、話を聞いてくれる奴もいなかった。傍に居てくれたのはママが残してくれたママの部下だった何人かだけ。でも、だからってせっかく二人でやる気になってるのにアンタのことを疑いながら過ごしたって誰も得しなくない?」
「まあ……そりゃそうだが」
「だから、血の誓いをしましょ」
「……何それ?」
クルムは人間のそれよりもやや鋭利な歯で自身の親指の腹に小さな傷を刻むと、それをロイスに向けた。
言わずもがなロイスに意味は分からない。
「え……何してんの?」
「アンタも同じようにして、指と指を合わせるの。それが魔族に伝わる血の誓い」
「血の……誓い」
「ああ、心配しなくても魔術的な意味も呪い的な効果もないわよ。ただ気持ちの問題ね。何があっても裏切らない、そういう誓いを共有する儀式みたいなものね」
「なるほど」
半ば半信半疑でありながらも、今この場で自分を貶める意味もないだろうとロイスは腰から取り出した短剣で同じく指に小さく切り傷を入れ、クルムの親指に重ねた。
満足そうに微笑み、クルムはもう一度空を見上げる。
「これで完璧ね。あたし達はあたし達の自由を得るために、そしてあたし達の尊厳を奪った連中に目にもの見せてやるために、戦って、生き抜いて、あたし達の世界を作る」
己を見据えるはやはり真っすぐで前向きな瞳。
しかし今度はロイスも逸らすことなくその目を見つめていた。




