【第二十八話】 王都への潜入
翌日。
朝食を済ませた後、クルム一味は昼を迎えるまでの間を自由時間に充てることとなった。
中長期的な課題と目標は昨夜に共有したばかり。
ゆえにそれぞれが自らの役目を果たすためにあれこれと手間暇を費やしている。
そんな中、ロイスは島内を一周する予定を変更し昨日と同じく書斎にて地図を広げていた。
周辺の立地を把握するためにその足で見て回ろうと考えていたが、朝食の席で深淵の悪魔の三人組がその仕事を買って出たためだ。
当人たち曰くただ待機しているのは性に合わないとのことで、一人やることが山積みのロイスは快く任せることにしたのだった。
三人は三方向に分かれて沖や建物の四方に広がる林の見回り、及び異変や不具合の調査に出向いている。
しばらくは無人のままであったという話であるために万が一に備えて招かざる客の有無、そしてそれ以外に何か気になることがあれば報告するという流れだ。
そんな時間を過ごすことしばらく。
間もなく昼にもなろうかとする頃合いで扉を小突く音がロイスの意識を呼び戻した。
昨夜にもあった感覚から候補は一人しかいないと察したロイスはすぐに入室を許可すると、現れたのは予想の通りメイドの格好をしたネリスだ。
「マロ、茶が入ったので小休止にしましょう。クルム様もお待ちですよ」
「ああ、分かった。すまんな」
「これが仕事ですので。とはいえ、少々根を詰めすぎでは? 私とてお二人の野望がいかに長い道のりと高く堅固な壁の先にあるかは理解しているつもりではありますが」
「それは否定しないけどな、だからといって俺が今一人で必死になったところで大きな変化はないさ。どっちかというと俺の性分の問題だよ、気になったことがあれば確認しておかないと頭に残って仕方がないし、やれることを後回しにすると落ち着かない質なんだ。心配掛けたなら悪かったよ」
「悪いと思う必要はありません、皆そんなマロに頼りきりなのですから。それに弟を心配するのは姉の役目でしょう」
「それもそうだな。ならそんな姉が煎れてくれた茶をいただくとするよ、焼き菓子の一つでもついてくればなお言うこと無しだ」
「アーモンドのケーキを焼いてありますよ」
「そいつは楽しみだ」
そんな会話を交わしながら二人は廊下を歩いていく。
案内されたのは本来客人を迎えるための部屋、すなわち応接室だ。
何故ここに? とロイスは疑問を抱くもののよく見なくても深淵の悪魔以外の全員が揃っていた。
「みんなここにいたのか。何でまた」
「一人で自分の部屋に籠もってたって退屈じゃん? みんなで過ごした方が楽しいし、あたしはリリーと協力しなきゃだし?」
「ま、言われてみりゃそうかもしれんけども」
一人で自分の部屋に籠もっていた男としては少々複雑な言葉であったが、揃っている方が便利なのは確かだとも思った。
単にロイス個人が一人で静かな空間を好んでいるだけだ。
事実、揃って遊んでいたわけではないことが一目で分かる。
クルムはネリスが持ち帰った魔石をナイフで削っているし、メイラーは何やら並べた用紙に魔法陣を描き、あれこれと解析していた。
「遊び惚けてなければ何でもいいさ。リリーは何してんだ?」
「あたしの術式を書き写して、拡張の方法を考えてもらってるの」
「ほうほう。で、どうなんだリリー、出来そうか?」
「ん……何とかなる、と思う。魔族特有の魔法式、興味深い」
「さすがだな、魔法の知識や技術も知的欲求も」
「えっへん」
棒読みを添えて胸を張るメイラーに若干呆れつつロイスもソファーに腰を下ろし、差し出されたカップに口を付ける。
基本的に感情の変化を伴って然るべきリアクションや反応は何かで見たり聞いたりしたものを真似するだけなのでメイラー自身の感情はほとんど籠っていない。
その取って付けたような反応すらロイス以外に見せることはないため無口で無表情、かつ無機質な少女だという印象を誰しもが抱いているのだ。
「肝心のロイスは何してたの?」
口一杯に頬張ったケーキを飲み込んだあたりでクルムはふと思い出したように首を傾げた。
切り分けたケーキから途端に甘い香りが漂ってくる。
「王都に潜り込む方法を考えていたんだがなぁ、どうやってもクロフォード卿の協力無しじゃ現状は難しいわ」
「あの三人でも?」
「例えばユーリや潜入、潜伏が得意な髑髏仮面たちなら単独でも可能かもしれんが俺とクルムが揃ってなきゃ意味無いからな」
「そっか~、ロイスはあの貴族に頼りたくないの?」
「極力はな。何かある度に頼ってたらこっちのやろうとしていることが筒抜けだ。契約であり相互利益のための取引とはいえ、予想より随分と早くこうして自立の一歩を踏み出したわけだが……だからこそここからは情報が命だ。魔族のお前達も、国外追放された俺も、勇者パーティーを勝手に抜けて来たリリーも見つかれば面倒なことになるし、俺に至っては最悪処刑だの投獄だのって話にもなり得るからな」
「そうなったら困るのは当たり前だけど、他に方法も無いんでしょ?」
「そういうこった、今回は仕方ない。既に妹達の存在も知られてるわけだし、手紙を届けてもらったりもしている以上隠しようもないしな。だったらササっと目的を達成してしまった方が効率的だ。と、割り切るしかない」
「そもそもその計画自体あのおじさんの前で話してたし、隠す意味無くない?」
「俺達がそうしたいことを知っているのと既にそうした後だと知られているのでは意味が全然違うんだよ。ま、転移魔法の存在どころかクロフォード卿の屋敷内にそれを設置させてもらってる以上はここを秘匿することに拘る意味は確かに薄いが……どのみちここを引っ越すまでの話だ、そう不都合もねえか。てことで昼飯食ったらユーリを加えて三人で行くぞ」
「おっけー」
「じゃ、そうと決まったところで俺は戻るわ。茶とケーキご馳走さん、昼飯が出来たら呼んでくれ」
「かしこまりました」
「ここにいればいいじゃん、何で部屋に戻んの?」
「手ぶらで来たんだ、そりゃ戻るさ。一人の方が集中出来るし考えも纏まるしな」
「ふ~ん」
納得した風というわけではなかったが、それでもクルムは黙って背中を見送った。
自分たちの何倍も頭を使い、何倍も先を見据えていることを理解している。
だからこそ出来ることを精一杯やる、そして極力邪魔をしない、それが仲間としての在り方なのだと信じて。
そうして書斎に戻ったロイスは帰還した深淵の悪魔の報告を聞き、特に異変や不審点は無いという報告をそれぞれから受けた。
それでいて細かく地形や木々、船着き場の周囲の様子を事細かに聞き出しては手元にある地図へと補足として書き足していく。
三人、特にイールやエフィーは木々の密集度合いや波の形跡、野生動物の有無まで把握したいものなのかと不思議に思っていた。
見通しの良い地点や侵入、襲撃に適した経路、どの程度までの距離ならば海を通って近付いてくる敵を察知出来るか。
ネリスに鍛えられているためそういった報告を漏らすことはないとはいえ、自分たちでなければ覚えていなかったのではと呆れる気持ちすら沸いていた。
「意味があるかどうかは分からんし、多くの場合にはきっとないんだろうさ。ただ何でも知っておくに越したことはないって性分なだけだ。後から気になった時に知らない分からないとなる可能性を少しでも減らしておきたい、そのためだけの自己満足みたいなもんだよ。何にせよ助かった、ご苦労だったな」
「些細なことにも手を抜かず、徹底する姿勢は上に立つ者としてはよいことだろう。満足のいく報告が出来たのならそれでいい」
「フィーちゃんもー!」
「無論吾輩も同じくであります。時が経つにつれボスが本気で世界をひっくり返そうとしていることが分かってむしろ安心しているぐらいですぞ」
「精々そのご期待に背かないように、口だけ野郎にならないように頑張るとするさ」
それがクルムとの約束だ。
そう付け加えたところで四人の話は一段落し、丁度昼食の用意を終えたネリスが呼びに来たため揃って部屋を出るのだった。
少しして食事の時間も終わりを迎える。
ネリスが後片付けを済ませるのを待って予定通りロイスはクロフォード邸へと向かった。
専用の魔石が完成していないためクルム本人が転移魔法を使用し、昨日設置した庭にある物置の地下室へと移動するとすぐに玄関口に居た使用人に声を掛け、辺境伯との面会を取り付けるに至る。
特に問題も無く室内に案内されると間もなくしてクロフォード卿が姿を現し、双方がテーブルを挟んで向かい合うとさっそくロイスは本題を切り出した。
「昨日の今日で悪いとは思っているんだが、どうにかならんもんかね辺境伯殿よ」
「単純な手法ではあるけれど、馬車で運ぶうちの商品に紛れて入り込むのが最善だろう」
「なるほどなるほど、そんな簡単な方法に気付かなかったとは。まだまだ精進が足りないらしいな俺も」
即座に提示された案に対し、ロイスは大げさに天を見上げた。
クロフォード辺境伯は商売人としての側面を持っている。
王都に直接店舗を構えることは出来ないが、複数の商館へと様々な商品を卸しており業界人との繋がりは深い。
それゆえの提案であったものの、積み荷に紛れるという誰にでも思い付きそうな方法を聞かされたロイスは一笑に付すだけだ。
「そう嫌味を言ってくれるな我が友よ。ただ馬車に隠れるのとは訳が違う、貴族である僕の荷物を片っ端から調査する兵士はいないからね。何を隠していようとばれることはない、変人と名高い僕にもそのぐらいの顔は利く」
「言いたいことは分かるけど、どうにも確実性が薄い気もするんだが……」
「この僕が保証するよ。月に二度は王都に商品を運んでいるけど、ここ何年もそこに例外があったことはない」
「それは心強い情報だ。そもそもこっちには選択肢も選択権もないしな」
「万が一の場合には私がその兵士とやらを皆殺しにし、転移魔法でここに避難すればいいのでは?」
「クロフォード卿が大変なことになるわ。俺たち同様にお尋ね者にしていいわけがないだろ」
「そうですか……」
呆れるロイスとどこか残念そうなネリス。
そんな二人を見てクロフォード卿は愉快そうに微笑んだ。
「ははは、まあここは僕を信じなって。辺境伯の威厳はまだまだ不変さ、その程度の信用は勝ち得ている」
「商売人としても有名ってのはまあ、稀有な存在ではあるんだろうが」
「言葉には責任を持つさ。君たちを無事に送り届け、無事に王都から連れ帰る。君の言うところの契約は守る男をナメてもらっちゃあ困る」
「分かった。今はそれに頼るしかないしな、礼はまたこれでいいか?」
差し出されたのは初日と同様、クルムの私物である小さな宝石だ。
当然ながら事前に打診と了承が交わされており、以後それらの財産に関しては好きに使ってくれと許可を得てすらいた。
とはいえ元々が十数個という数少ない金銭に代わる物であるため一つで屋敷がいくつも建つ価値を持つ宝石をおいそれと消費したくはないのが本音である。
匿って貰うことへの対価に孤島及びの屋敷の譲渡金、そしてこの一件。
現状で既に二つがクロフォード卿の手に渡ることとなる。
「これでは何度君の頼みを聞いてもお釣りを払い足りないぐらいの対価だよ。任せておきたまえ」
すぐに王都に向かう準備に取り掛からせよう。
そう付け加えたクロフォード卿の言葉を合図に、それぞれが出発に備えた。




