【第十九話】 手紙
夜が明けてしばらくが経ちすっかり日が昇った頃。
ルーク・フォレスターはオックスウッド城を訪れていた。
理由は勿論勇者パーティーとしての活動に勤しむためだ。
パーティーの面々は入城許可証を所持しているため門を潜るための手続きや身分照会を必要としない。
ゆえに普段通りに一礼する門番に軽口を返し、フォレスターは城内へと進んでいく。
向かう先は居館の一角にある他の部屋よりも大きな一室。
すなわち勇者キャスト・ナイトブレイドの私室である。
一年と少し前からナイトブレイドは城内への居住を許されており、飲食を伴わない会合には多くの場合その部屋が使われているのだ。
長く広い廊下を歩き、目的の場所へ到達するとフォレスターは二度ほと扉を叩いて反応を待った。
「……誰だ」
「俺だリーダー。入るぜ~」
「ああ」
どこか元気の無い返事を受けてフォレスターは室内へと足を踏み入れる。
ロイスがいなくなって二日。
それでも国家における平和と秩序の象徴としての活動は当然続く。
現状ではメンバーの補填は検討されていない。
その理由はいずれ戻って来るものだと思っている者が半分、当事者達ではなく周囲に盗賊不要論が根強いのが半分。
そんな中、この日は王家の命により公爵家へ出向くことになっていた。
国境付近の領地であるため重要な土地であり、国境警備隊及び侯爵家の私兵団と合同で近隣に展開する森林へ入り魔物を狩る合同訓練のためだ。
王室一派の代表的な人物であるため定期的な派遣は半ば義務であった。
フォレスターが扉を閉めると、上半身裸のナイトブレイドが眠そうな顔でソファーにもたれ掛かっている。
湿った髪が湯浴みの直後であることを示していたが、目覚めの効果は薄かったのか特に挨拶を投げ掛けるでもなく疲れた顔で溜め息を漏らすだけだ。
「どうしたよリーダー、寝不足か? 昨夜はどの女とお楽しみだったんだ?」
「よせよルーク、陛下に夕食に招かれただけだ。今日に備えて早めに帰る、なんて言えないのは分かっているだろう」
「そらそうだ、勇者様ってのは大変だな。俺ぁお堅いのは苦手だぜ、今日の仕事も大概だけどよ」
「大層なもてなしを受けるんだ、文句を言うな。間違っても態度には出すんじゃないぞ」
「わーってるよ。つーか俺達だけか? 二人はどうした? いつも俺が最後だってのに」
「モニカは先に来ていたんだが、いつも集合が早いダイアがまだ姿を見せていない。どうせ待っているならと様子を見に行った」
「ほーん、あいつも真面目だねぇ。メイラーだって寝坊の一つや二つ……するのか? 俺ぁいつも最後だから分かんねぇや。つーかいつも疑問だったんだけどよー、あいつは何でずっと宿屋暮らししてんだ?」
「俺が知るわけないだろう」
「それもそうだ。俺なんて年齢も知らねえわ、ほんとうちの女子達は付き合いが悪くて困っちまう」
いつもの軽口も二人きりとあっては場を明るくしたりはしない。
メイラーほどではないにせよナイトブレイドも元々口数が多い質ではなく、全員が集まる場においても雑談に興じるのはいつだってフォレスターとスウィーニー、そしてそんなメンバー構成のおかげで話を振られることが多いロイスぐらいだ。
そんな経験則から早々に場を和ませることを諦めたフォレスターがメイドが用意したのだと思しき紅茶をカップに注いでいると、部屋の外に慌ただしい足音が響いた。
二人が揃って何事かと廊下の方へと目を向けるのとほとんど同時に勢いよく扉が開く。
飛び込んできたのはダイア・メイラーが寝泊まりしている宿に向かったはずのモニカ・スウィーニーだ。
「おいどうしたよ、ノックも無しに」
「ちょっとみんな、これ!」
息を切らしながらも二人の元まで駆け寄ると、スウィーニーはテーブルに何かを叩き付けた。
カップから注いだばかりの紅茶が零れるのもお構いなしの、誰が見ても必死の形相だ。
「何だってんだスウィーニー……んなに慌てて」
「メイが居ないの! 部屋にこれが……」
怪訝そうな表情の二人を気にすることなく、スウィーニーは握られてぐしゃぐしゃになった紙切れを広げる。
すぐに二人は綴られている短い文章に目を落とした。
【きょうでゆうしゃパーティーやめる。せわに なった?】
「おい何だこれ……」
「これを……ダイアが? 一体どこに行った!?」
「分かんないわよ! 店の人に聞いたら昨日部屋を引き払ったって」
「いやいや待て待て、洒落になってねえぞおい。今日……つーか今後どうすんだ。ロイスが抜けたから自分もってか? まさかあいつを追ってったんじゃねえだろうな」
「……それはないでしょ。二人が会話してるの見たことある?」
「んー……ねえ、な。つっても俺だって大して喋ったこたないけどよ……つーか何で最後疑問形なんだよ」
「あの子は誰に対してもそうだもん。だとしてもどういう理由でいきなり消えちゃったのか……」
「そんなことはどうでもいい! すぐに探せ、陛下にどう報告するつもりだ!」
ナイトブレイドの拳がテーブルを揺らす。
それもそのはず。フォレスターやスウィーニーにとってのダイア・メイラーは仲間の一人。
しかしキャスト・ナイトブレイドにとっては自らが預かったも同然の他の面子とは一線を画する存在なのだ。
かのマリオン・メイラーの弟子が自身の仲間、本人の認識を用いれば部下に含まれている事実はより勇者の名を知らしめ名声を集める材料となっている。
同様に本人の認識では大賢者や国王から託されたつもりでいるためロイスが脱退することとは訳が違う。
しかしながら二人、とりわけ会話も接点も限りなく少ないフォレスターは事態の深刻さを共有しない。
その暢気な口ぶりが一層ナイトブレイドを苛立たせた。
「んん~……確かに不味いは不味いけどよぉ。俺達ゃあいつの保護者ってわけでもあるまいし、自分の意思で勝手に消えたのなら俺達の責任になるもんか?」
「なろうとなるまいと二人も抜けたら面子が潰れる。ダイアはあのマリオン・メイラーの弟子なんだぞ! ロイスはともかく、周囲はどう思う!?」
「んなこと言われたってよ~、とにかく探して戻って来るように説得するしかなくねえ?」
「そうね……ロイスと違って追い出したわけでもないし、事情を聞かないことには」
「説得だと!? 我々はこの国の象徴たる勇者一行なのだぞ!? こちらが残ってくれと頭を下げろとでも!?」
「いやだからさぁ、それは俺らに言われたって困るって。あいつがどう思ってんのか知んねぇけど、普段から何考えてるか分からない奴だったろ? ぶっちゃけ『飽きたから』って言われても驚きゃしないぜ俺は」
「さすがにそこまで気まぐれじゃないでしょ……とはいえ国王様にはいずれ報告しなきゃいけないんでしょうけど」
「ただでさえ先日の一件でご立腹なんだぞ、そんな醜態を晒せるか!」
「そうは言うけど、さすがに黙ってるわけにもいかないでしょ」
「くっ……どいつもこいつも」
再び抑えきれない怒りによって拳が震える。
表向きは寡黙な美男子と評される勇者であったが、日頃から思い通りにいかないことがあると唐突に感情的になるという性格をよく知っているためパーティーのメンバーは特に動揺したりはしない。
それが自身を軽視しているのではないかという邪推を生み、余計にナイトブレイドを苛立たせていることなど二人に知る由はなく。
最終的にリーダー特権として同意や意見を求めることのない半ば命令のような指示を出すことで問題の解決のための議論はいつだって打ち切られるのだ。
「とにかく……まだ時間はある。探しに行くぞ」
「探しにって……どこに?」
「町中だ! どこでもいい、心当たりは全て回れ。あいつを知っている者にも片っ端から聞いて回るんだ」
立ち上がったナイトブレイドは返事を待つことなく上着を羽織ると黙って部屋を出て行ってしまう。
やれやれ、と。
また始まったよと、呆れながらもこうなっては何を言っても聞き入れやしないと残された二人は目を合わせ同じ感情を共有しながらも渋々その後を追うのだった。




