【第一話】 不要者の旅立ち
ほどんど引き摺られながら城を放り出されたロイスはノロノロと大通りを進んでいた。
呆然自失といった風采で虚空を見つめ、傍から見ると意識があるのかどうかすら判断が難しい。
与えられたのはほとんど荷運びにしかつかえないような古びた小さな馬車と、それを引く一頭の馬だけだ。
脇には万が一に備えて複数の兵士達が同行しているが、謁見の間を出てからというものロイスはただの一言も発していない。
手綱を握るでもなく、ただ御者席で小さく体を揺り動かしながら無表情のまま動くこともなかった。
隣には件の魔族の女が同じく座っている。
こちらも特に何らかの行動に出る気配はない。
口枷こそ城を出る際に外されたものの未だ両手に装着された特殊な錠は残されており、魔法の使用が出来ない状態を維持していた。
それでいて大きなローブで体の大半が覆われ、またフードが頭部をすっぽりと隠しているため行き交う人々が魔族であると気付くことはない。
しばらくして外部城門にまで到達すると、そこでようやく監視の兵士達は立ち止まりロイス達を乗せた馬車だけが門を潜って王都を離れていく。
「道中で問題を起こすんじゃないぞロイス・ウィルクライム。明日には各地に人相書きが出回る、国内のいかなる場所にも留まることは許されん。そして国境を跨いだ時点でお前はこの国とは無関係だ。肝に銘じておけ!」
最後に遠ざかる背中へとそんな言葉が投げ掛けられたが、ロイスに届くはずもなかった。
操縦する者の居ない馬車はそれを引く馬の習性によって街道に沿って進んでいく。
晴天の下、穏やかな風が流れ車輪が回るカラカラという音だけが響く長閑な自然の中。
静寂が破られたのは城門が見えなくなり、辺りに人気がなくなってようやくのことだった。
声の主はロイスではなく、隣に座る魔王の娘クルムである。
「ねえ……」
「…………」
「ねえってば!」
「お? おお、すまん。半分意識飛んでたわ」
本人にしか分かり得ない事実を述べるならば、ロイスは傷心ゆえに自失していたわけではなく感情が混沌とするるあまり考えることをやめ放心状態と化していただけだった。
直前に考えていたことといえば『せめて家に荷物ぐらい取りに帰らせてくれてもいいのにな~。買ったばかりのパンとかミルクあったのに』というレベルの愚痴ぐらいだ。
良いことも悪いことも不平不満も恨み辛みも全て頭から取っ払ったロイスは、呼び掛けられたことでふと我に返る。
「気持ちは分かるけど……」
すぐ傍で一連の成り行きを見ていたクルムはバツが悪そうに頬を欠いた。
薄青い頭髪と湾曲した二本の角が特徴的な見目麗しい少女の外見をしているがこのクルム、実年齢で言えば八十に近い。
長命の魔族の基準ではまだまだ若く、外見は十代後半程度の美少女といって相違ない姿形をしている。
ジッとその横顔を眺め、魔族じゃなかったらさぞおモテになったんだろうなと。
中々に場違いな感想を頭に浮かべながらもロイスは素直な感情を口にした。
「……なんか、悪かったな変なことに巻き込んで」
「まあ……そりゃあたしだって最初はびっくりしたしムカついたけど、なんていうかアンタが不憫過ぎて怒る気も失せるわ」
「はぁ……思い出したら段々ムカついてきた。あいつら、簡単に俺を切り捨てやがって。散々汚れ仕事を引き受けてやったってのに、クソだ! 冒険者なんてクソだ、勇者なんてクソだ、国王なんてクソだ、人間なんてクソだあああああ!!! 俺以外の人間全員死んじまええええぇぇぇぇ!!!!!」
ロイスの雄叫びに近い叫び声が広大な草原地帯に響き渡る。
悲しくもその声は誰に届くでもなく、返って来たのは遠くで聞こえる鳥の鳴き声だけだ。
乱暴に連れ去られた挙句魔法も身動きも発言すらも封じられたクルムも恨み節の一つぐらい投げ掛けてやるつもりでいたものの、あまりに惨めな様にこれ以上の追い打ちをするのは憚られた。
「はぁ……まさに魂の叫びね、さすがにちょっと同情するわ」
「二度と人助けなんかするか! 俺はもう冒険者なんざやらん!!」
「やりたくても国を追い出されてるしね」
「言うなよ……お先真っ暗すぎて死にたくなるから。というかお前ももう帰っていいぞ、手のやつも外してやるから」
「え? マジで言ってんの? ありえないんだけど」
「ありえないってなんだよ、もう捕まってる理由も一緒にいる理由もないだろ。ああでも、だからって仕返しに俺を殺すとかはやめてくれよ? もう社会的に死んだようなもんだけどさ」
「自虐ネタやめてよ、こっちまで気が重くなるじゃない。ていうか帰さなくていいから、これは外してもらうけど」
ほらほら、と両腕を差し出すクルムに促されるまま、ロイスは手枷を外していく。
それでいて疑問だらけの言い分に気付かぬはずもなかった。
「いやお前……帰さなくていいってどういう意味だよ。ならどうすんの?」
「あたし魔族領になんか帰る気ないから。連れ出したアンタがちゃんと面倒見てよね」
「アホだろ、こっちは身一つで放り出されてんだよ。お前どころか自分の面倒も見れない絶望的な状況なんだよ」
「お互い死なずに済んだだけいいじゃない。アンタにしたってあんな腐った連中の本性が分かった上に縁が切れて良かったって考えればいいのよ」
「何その超絶ポジティブ思考……魔族のくせに」
「種族関係ないから」
「そもそも何で帰りたくないんだよ。お前……えーっと、名前なんだっけ?」
「……名前も知らずにあたしを拉致したわけ?」
「全然知らん。そろそろ引き返さないとヤベェって思ってる時にたまたますげぇ広い部屋に行き着いたからさ。きっと魔王の娘的なアレに違いない、もうこいつでいいや。って感じで持って帰ったもんで」
「サイテー……しかも物扱いだし」
「しゃーないだろ。俺だって一人で潜入させられて必死っつーか、死に物狂いだったんだから。で? 質問の答えは?」
「自分の命も危ないと思ったからあの場では言わなかったけど、正直あたしが連れ去られたぐらいでパパ……いえ魔王は、報復だの戦争だのはしなかったと思う」
「……そーなの?」
「アンタ達にしてみれば分からなくて当然だけど、あの男にとってあたしにそんな価値はない。居ても居なくてもきっと変わらない、その程度の存在なのよ」
「…………」
「人間の社会がどうかは知らないけど、魔族……というより、あの男の勢力下って実力主義以上に男社会なの。代々うちの一族は長男が後を継いで魔王を名乗る、次男は総司令官として全軍統括の地位に就く。そして女でいえば唯一長女だけが宮殿の次に重要な拠点で領主に似た肩書と権限を得る。つまり末っ子のあたしだけが何も与えてもらえないってわけ。傘下に入ってない勢力の上級魔族と結婚させるとかいって、昔からただの政治の道具扱いよ。本当に……居ても居なくても何も変わらない、そういう存在だった。人間の侵攻に参加させてもらったこともない、軍を持たせてもらえるわけでもない。いつか出て行ってやろうと思っていたけど、当然監視がいてそれも簡単じゃない。こんな形ではあるけど、せっかく抜け出せたんだからあんな所に戻るつもりないわ。あたしは自由を手に入れたのよ!」
「え~……境遇には同情の一つや二つするけど、力説されても困るわ~」
「なんでよ」
「お前にはちゃんと魔族領に帰って、事の顛末を報告して、それが魔王の逆鱗に触れて、最終的に全勢力を以てこの国をぶっ壊してもらわないと俺の気が晴れないじゃねえか。何なら戻り次第お前等に連れ去られたあの腐れ王女もぶっ殺してほしかったのに」
「それを言うならそっちが魔族全部ぶっ殺してよ」
「無茶言うなっつの、俺は職業盗賊だぞ。ずる賢さとか潜入、盗み、情報収集ぐらいしか能がないんだ、戦闘力なんてそこらの兵士程度だよ。逆に聞くけど、お前って強いの?」
「うーん、腐っても王族だから魔法力はそこらの魔族の比じゃないと思うけど、あんまり攻撃魔法って得意じゃないのよねぇ……」
「なら何が得意なわけ?」
「結界とか魔法陣とかね。期待もされてなければ最初から戦力として計算されてもないからクソ兄貴達やパパもろくに知らないだろうけど。人間と違って種族がどうって概念ないし。あるのは王族に従属している配下か、そうでない敵か、この二種類しか基本的にはいないわ。ドラゴンとかはそもそも魔族じゃないし」
「ほ~ん、魔族にも色々あるんだなぁ。その話が何かの解決になるとも思えんけど……結局どうしたいんだお前は」
「だから、あたしの代わりに魔族全部ぶっ潰してって言ってんじゃん」
「だから、俺一人でそんなこと出来るわけないだろ。むしろこっちがお願いしたいわ、俺の代わりに人間滅ぼしてくれよマジで」
「だから、箱入り娘のあたしにそんな力あるわけないじゃん」
「平行線じゃねえか」
「平行線ね」
「…………」
「…………」
「だったらさ、一緒にやるってのはどう?」
「……何を」
「二人で全部ぶっ壊すの。魔族の世界も、人間の世界も。それで新しくどっちにも属さないあたしたちの世界を作ればいいのよ。口で言う程簡単な話じゃないのは分かってるけどさ、その先には本当の自由がある気がしない?」
「…………」
ロイスは開きかけた口を閉ざすことも忘れて唖然とその横顔を見つめている。
あまりに無邪気な表情と無垢な瞳で青い空を見上げるクルムの姿に、返す言葉を見失っていた。




