【第十七章】 ダイア・メイラー
「さて、と。何から話したもんかな」
日付が変わろうとする頃、辺境伯邸の応接間。
ロイスや辺境伯と向かい合うダイア・メイラーは自ら何を説明するでもなくジーっと無機質な表情のまま続く言葉を待っている。
等しく勇者キャスト・ナイトブレイドが率いるパーティーに属している、或いは属していた者同士ではあったが、両者にそれ以前から面識があったことを知る者はいない。
ロイスはどこからどこまでを語るべきかと頭を働かせながら、中身を選んだ上で話を始めた。
「まず敢えて補足する必要もない前提ではあるが、俺とこのダイア・メイラーは所謂勇者パーティーってもんに所属していた。辺境伯が知らんわけはないだろうが……ユーリ」
「何でしょう?」
「あんたはこいつのことを知っていたか?」
「ええ勿論。といっても私は前線に赴く機会がほとんどなかったので名前や立場を把握しているというぐらいですが、間違いなく要警戒リストに載っていましたので。記憶している限りでは帝国の女帝や側近の始祖の大魔導士、四剣聖、バルガス王国栄光の軍団の大将、そして貴方の元お仲間キャスト・ナイトブレイド辺りは最上位に名があり、その方の名は下の方に記載があったかと」
「ふむ」
「これは必要の無い情報かもしれませんが、マロの名前はありませんでしたね。間違いなく先日初対面の時に初めて耳にしましたので」
「本当に要らない情報をありがとう。まあ、そんなわけでしばらく同じチームにいたわけだが、実際のところ偶然そうなったわけではない」
「というと?」
疑問符を浮かべるのはクロフォード辺境伯だ。
世間一般や雇用主である王国、そしてその高官と軍関係者は高名な大賢者マリオンの推薦によって派遣された弟子であると認識している。
当然クロフォード卿もその発表を信じている、否、それ以外の情報を持たない多くのうちの一人である。
「こいつは王国からの打診を拒否したマリオンの推薦でパーティーに加わった、というのは事実ではあるんだ」
「それが王室の公表した話だね。そして君を推薦したのはあの王妃様だ」
「それも事実ではあるが、今は関係無いから置いておこう。事の始まりはこの国の王家が勇者キャスト・ナイトブレイドを中心とした騎士団に属さない第二の主戦力チームを作る計画を打ち出したところからだ。言ってしまえば帝国の真似事に他ならないわけだが……俺達は直接宰相からそう聞いたし、マリオン・メイラーが聞かされた話も同じだったらしいからまあその通りなんだろうよ」
「ふむ」
「マリオンが王室から執拗に交渉と打診を受けていたのは約五年半前。本人は国や組織に属する気はないと一貫して固辞した。これもまあ、知る者はそれなりにいる話だな」
「それなりの肩書や立場を持つ者には伝わっているね。ほとんど登城することのない僕でも実際に付き合いのある侯爵にそう聞いた」
「そして俺やこいつが加わったのはその半年後だ。頑なに拒否し続け、交渉を打ち切り接触を断ったマリオンが突如弟子を送ると言い出したわけだが、ではその半年という時間差は何だって話さ」
「うーん。中々話が見えてこないが、流れから推察するに……ひょっとして君かい?」
「そういうこった。俺が盗賊……という表現を連中は避けたが、斥候としてパーティーに加わることを決めた時、マリオンは同時にこいつを俺に預けると決めた」
「つまり、王室や勇者殿ではなく君ならば弟子である彼女を預けるに足る存在であると? 君と大賢者殿とはどういう関係なんだい?」
「別に大した関係性なんてないさ。ただ俺が過去にとある依頼をしたことがあって、その件で一方的に借りがあったってだけだ。それを返すために頼まれたのがリリーを預かってくれって話だった。こいつはずっとマリオンの傍に居て、世間や世界をその目で見る機会も無かった。外の世界を知る良い機会だと判断したんだろうよ」
「なるほど……」
「ただマリオンはあの山奥で隠居状態、リリーはずっとそこで一緒に暮らしていた。だからこそその機会を得たのなら世間や周囲の人間に普通の魔法使いとして扱われることを望んだんだ。ゆえに俺との関係は秘匿すると決めて、俺もそれに同意した。ぶっちゃけこの国のお偉いさん方は俺の参加を歓迎してなかったからな。曰くコソ泥など栄誉ある王国の剣には相応しくない、ってな。そんな中で今話したような背景がバレたら俺かこいつのどっちかが放り出されるなんてことになりかねない。だから人前では必要ない限り会話はしないように徹底していたんだ。といってもこいつは基本的に自分から他の誰と話すこともないんだが……それもやめさせて最低限の会話はするように教えた。預かった時点でリリーの判断基準、行動原理においては俺の指示が最優先になっているからな。自分の主義、価値観、道徳観に背かない限りは連中の言うことを聞いて可能な範囲で協力的な態度を取るようにと指示していたわけだ」
「それは裏を返せば、そうであったからこそ君を追い掛けて来たというわけか」
「そうらしい。で、もうその関係性は無くなったようなもんだからマリオンの所に帰るべきなんだが、たった今それを拒否されたわけだな」
「ちなみにだけど、リリーという呼び名にはどういった意味が?」
「意味なんて知らん、マリオンがそう呼んでたから俺も真似してるだけだ。勿論人前で使ったのは今が初めてだけどな、もう繕う必要の無い場とはいえ俺のミスだよ」
「なるほどなるほど、よ~く分かったよ。きっとその話を知っているのは大賢者を除けば僕だけということになるんだろうね」
「ま、人間でという意味ならその通りだろう」
「いやはや、信頼されているみたいで嬉しくなってくるじゃないか」
「理由も話さないまま勝手に居候を増やしていくのはさすがに気が引けるし、あんたも良い気がしないだろう。それに……」
「それに?」
「あんたしか知らないということは他の誰かがこの情報を持っていた時、それを漏らしたのがあんただと断定できるってことだ」
「なるほど、こりゃ一本取られた」
「さて、と。こっちの説明はこの辺りにしておこう。リリー、ひとまず今俺が置かれている状況を説明する。まずは聞いてくれ」
「聞く」
短い返事を受けて、ロイスは順を追ってここに至るまでの経緯を語っていく。
共に王都を追い出されたクルムと行く末について話したこと。
大罪を犯した者として周知されればロイスが生きる手段は限られ、クルム自身も魔族領に戻るつもりはなく、自分達でその場所や未来を手に入れるという結論に達したこと。
国を作り、自分達を不要な者として扱った王国や魔王の勢力を敵と見なし、人間にも魔族にも属さない新たな国を作ろうとしていること。
そのためには世界をも敵に回すつもりでいること。
そしてその後の相談、説得によって側役であり元幹部のネリスやカラが加わっていること。
頼る先に困ったロイスがクロフォード辺境伯を頼り、居候をさせてもらいつつ数日の内には譲渡されたこの領にある孤島を拠点とするべく移住する予定であること。
まず語られたのはその辺りだ。
「マリオン個人を標的にするようなことはまあないだろうが、俺達はこの国と魔族領を第一目標に世界に喧嘩売る気満々のヤケクソ自爆人生を歩むことになる。どうせ散るなら華々しくってな、だからやっぱりお前は帰った方がいい。こんなもんに付き合う筋合いもないだろう」
「駄目、行く。それを決める権利はマスターから与えられてる」
「はぁぁ……お前って奴はたまーにそうやって頑固になるよなぁ。預かった身で放り出すとマリオンに何を言われるか分からんし、お前が望むのならそれでいい。そん代わり無駄飯食らいを養う余裕はないから働いてもらうからな、きっちり戦力として計算するぞ? いいんだな?」
「まかせとけ」
「無表情のまま言われても説得力ねえけど、お前は最初からそういう奴だわな。ってわけだクルム、ユーリ、俺の仲間を一人加えたい。異論があれば聞く」
「ま、さっきあんたが言ってたように魔族ばっかで構成されてる面子じゃ意味無いんだろうし、いいんじゃない? ロイスが信用してるなら」
「クルム様と同じく、マロが信頼出来ると判断し問題が無いと考えているなら異論はありません」
「俺の指示には忠実だし、何より現状この国では一、二を争う魔法使いだ。戦力の上乗せ効果は計り知れない。俺の個人的な見解では巻き込む後ろめたさを除けばかなりありがたい人員だな」
「じゃ、異議なーし」
「同じく」
「リリー、この二人はその目的を共にする仲間だ。種族の違いなんてもんはもう俺にとっては何の理由にもならない。なぜなら人間こそが俺の敵になったからだ。ある意味じゃ逆とも言えるが……それでもいいんだな?」
「ロイスの仲間なら文句ない。あいつらとは違う、ロイスはあいつ等のことは信用してなかった」
「それは俺の人間性や性根の腐り具合のせいではあるが、そもそも誰も信用なんてしてなかったのは事実だな。お前がついてくるならマリオンに説明しに行ってもいいが……」
「わざわざそのために訪ねていく必要はない。会った時に説明すればいい、別に反対も憤慨もしない。本当にどうしようもなくなったら帰ってこいと言うぐらい」
「ま、そういう奴だな。あいつもあいつで」
静けさの広がる真っ暗な闇夜の下、こうして話は纏まった。
ロイスとクルムの元にこの王国で一、二を争う魔法使いが仲間として加わる形で。




