【第十六話】 真夜中の来客
コンコン、と。
二度響いた乾いた音が室内を静寂で染める。
部屋の面積に沿ってクルムの結界が張られているものの境界が壁であるため本人もその音を聞く以前に来訪者の存在に気付くことはない。
直前に察知していたのは咄嗟に右手でロイスの口を塞ぎ、左手で三人の部下へ身を隠すようにサインを送っていたネリスと聴覚や嗅覚が優れるカラのみだ。
その甲斐あってイール、デューク、エフィーは扉が叩かれる寸前にそれぞれがベッドやソファーの影に身を隠している。
何事かと戸惑いながらも反射的に口を閉ざすクルム、緊迫した状況に慣れており即座に沈黙と警戒の必要性を理解したロイスが揃って扉を見つめる静かな空間で、その沈黙を破ったのは訪問者の方だった。
「ロイス君、私だ。まだ起きているかね?」
聞こえてくるのはクロフォード辺境伯の声だ。
すぐにロイスはネリスと目を見合わせ、問題無しと判断したことを確認し合って問いかけに応える。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
立ち上がり扉に向かうと、ロイスはゆっくりと扉を開いた。
そこに居たのは予想の通り就寝用の部屋着姿に変わっているクロフォード卿一人だ。
「夜半に済まないね、起きていてくれてよかった……って、狼? いや、魔物か」
「あ、ああ。明日にでも報告しようと思っていたんだが、今日合流したクルムのペットみたいなもんだ。事後になって申し訳ないが」
「僕やこの屋敷に住まう者に危険が無いのなら構わないけど……大丈夫だよね?」
「大人しいし、人懐っこいし、大丈夫なはずだ」
「そこは断言して欲しかったよ」
「問題ありません。指示があるか自身や主君を守るためでもない限り自発的に敵対行動を取るタイプではありませんので」
いつの間にか背後に立っているネリスの補足もあってクロフォード卿も納得した風な反応を示した。
そこでようやくロイスが当初の疑問を口にする。
「それで、何かあったのか?」
「ああ、そうだ。君にお客さんだよ」
「客? こんな時間に?」
「うむ、君に合わせろと言って聞かないものでね。今応接間に居るが、一応お伺いを立ててからと思って確認に来た次第だよ」
「いやいやいや、簡単に俺の所在を明かされると困るぞ。説明したと思うけど、俺達は……」
「そう失望しないでくれたまえ我が友よ、僕だって相手は選ぶさ。本来ならばしっかりとしらばっくれていたとも。ただ相手が相手だったものでね」
「ならいいけど……いや、よくはないけど。結局誰なのさその客は」
「僕の知識と自称が正しければ、君の元お仲間ダイア・メイラーだ。それでも刺客として現れた可能性があれば家に上げたりはしないけど、君についていくために来たと言われてしまってはね」
「マジかよ……何やってんだあいつ」
「君に会う気がないのなら僕の方でお引き取り願うけど、どうする? どちらの選択をしようとこんな時間に女性を放り出すわけにはいかないので一泊してもらったのちということになるだろうけどね」
「いや……あいつは大丈夫だ。基本的には俺と敵対することはない、俺を騙したり貶めたりすることもな」
「ほう、君らしからぬ信頼のお言葉じゃないか。深い仲だったのかい?」
「そういうのじゃない。その辺もある程度説明はするから、クロフォード卿も同席してくれるか? この様子じゃ帰れつって聞き入れてくれるかどうかも分からん、そうなりゃまた一人居候が増えちまうからな。ペットのワンちゃんはともかく、俺の判断一つで勝手は出来ないだろう?」
「そんなに器の小さい男に見えるかい? 数日後には発つんだろうに、何人と何匹増えても僕は食事を提供しつつ見なかったことにするだけさ」
「気の利く友を持って幸せだよ。クルム、ユーリ、二人は一緒に来てくれ」
「え? いいの?」
「私達に引き合わせても問題ない人物、そう判断したということでいいのですねマロ」
「ああ」
「ではクルム様、参りましょう。少し待っていてください」
敢えて個人名を出さず、ネリスはカラを含む四人に指示を伝えた。
当のカラは特に反応を示すことなくクルムとロイスをジッと見ているだけであったがクロフォード卿に目に映っていない誰かの存在に気付く様子はなく、そのまま四人で客室を後にする。
階段を降り、応接間に入るとそこには先客であり来客でもある件の人物が一人ちょこんとソファーに腰掛けていた。
えんじ色のローブで身を包んだ小柄な少女は侍女が用意した紅茶に手を付けることもなく、両手を膝の上で揃えてジッと開いた扉に視線を向けている。
否、正確にはロイス一人を見ている。
背後に魔族が控えていることを気にする様子もなく、常日頃の無表情を崩すこともなく、それでいて態度に見合わない感情の声と共に片手を挙げた。
「よっ」
「よっ、じゃないだろう……リリー、お前何やってんだ」
呆れた風に溜息を漏らし、ロイスがメイラーの正面に腰を下ろすとクロフォード卿とクルムがその両脇に座る。
唯一警戒心を覗かせるネリスは迷わずクルムの後ろに移動していたが、メイラーの名など知らないクルムはロイスのかつての仲間と聞いて胡散臭そうにしているもののクロフォード卿は『リリー?』と聞きなれない呼称に首を傾げているだけだ。
「追い掛けてきちゃった」
「やめろ、その取り敢えずどっかの小説にあったシーンを引用して誤魔化すやつ! 棒読みだから余計に腹立つんだよ」
「誤魔化してない。ロイス居なくなったらあそこにいる理由はない、だから来た」
「来たって……あの腐れ勇者はまだしもラッキーやモニカにはちゃんと言って来たのか?」
「手紙は残してきた。行き先は記してない、ばれたらロイス困る」
「その配慮には感謝したいところだが……そもそも何でここが分かった?」
「過去の行動から導き出した憶測。ロイス、あいつら以外の友達ほとんどいない。あの女以外に匿ってくれる相手も居ない」
「事実だが余計なお世話だっつの。つーか勇者パーティー抜ける気か?」
「さっきも言った。ロイスが抜けるならリリーもそうする、一人で残ってまであいつらと一緒にいる意味ない」
「意味ないってことはないだろうに。あの一味にいりゃ良い暮らしも出来るし、少なくともこの国じゃ英雄扱いだ。鼻高々の生活じゃないか、その分こき使われるだろうけどな」
「興味ない。マスターはロイスについていって、外の世界をこの目で見てくるようにと言った。それは英雄を演じることでもない、国や政治に利用される時間を享受することとも違う。伝聞や歴史書では知り得ない人間の意思や生き様を学ぶ機会だと」
「それはそうだけど……俺はもうこの国から追放された身だ。こうなった以上はマリオンとの約束を継続する意味もないだろう。俺からの指示ももう破棄してもらっても構わない、お前の自由にしていいんだ」
「マスターは言った、もしもリリーの判断でロイスの傍にいることに価値が無くなったと判断した時は帰って来ていいと。だからリリーは判断する、ロイスと一緒に行くと」
「はぁぁ……」
ロイスは大きな溜息と共に、天井を見上げる。
常日頃感情を声や表情に出すこともなく、言われたことを実行するか拒否するか。
それ以外の意思表示は無いに等しく、また話し掛けられない限りは自ら口を開くこともほとんど無い。
ダイア・メイラーと接したことのある人物の大半が抱く印象であり、揺らぐこと無き人物像である。
それ以外の一面や性質を知るロイスにとって、感情ではなく自らの中に存在しそこから導き出される理屈で判断を下したメイラーは簡単に説得することの出来ないことを知っているのだ。
ゆえに、どう説明したものかと頭を悩ませている。
「ねえロイス~、二人で話してないでちゃんとこっちにも分かるようにしてよ~。流れ的にこの人間も仲間にする気なんでしょ?」
「僕も同感だね。ま、僕の場合は単なる興味本位だけど、大賢者の名前が出て来たのはどういうことなんだい? 君はかのマリオン・メイラーと接点が?」
「分かった分かった、ちゃんと説明するから。あんた等にも、こいつにもな」
出来ることなら元居た場所に帰って欲しいと願う気持ちはあれど、こうなっては話は簡単ではない。
そう判断し、ロイスはまずはここに至るまでの経緯を不都合のない範疇で語ることにした。




