【第十四話】 グルーム・イービル
「おおお!?」
今にも眠りに落ちようとする最中。
ふと視線を向けた窓の外から三つの顔が自身を見ていることに気付き、ロイスは飛び起きた。
その全てが顔全体を、或いは目元を含む顔の上半分を被り物で隠しているため人間であるかどうかも見た目からは判断出来ない。
静けさに包まれた室内に響いた大きな声に、隣で寝息を立てていたクルムが釣られて目を覚ました。
ネリスはロイスが驚きの声を上げるのとほとんど同時に何らかの気配に気付いて体を起こしており、ベッドの脇で眠るカラに至ってはそれよりも先に察知し上体を持ち上げていたもののこれといって警戒や敵襲への備えを行動に移していないことを把握する余裕はロイスにはなかった。
「なに~もう……急に大きな声出して~」
「いや、あれ!! 何かいる!!」
慌てて指差すロイスを見てようやく二人もその何かに気が付いた。
それでいて対照的に慌てる様子は微塵も無い。
「あ、エフィーだ!」
「直接ここに来たのですね」
「なに!? 知り合い!?」
「先程話していた私の部下というか弟子というか、そういう三人ですよマロ」
「あれが何とかイービル? なんであんなとこから覗き込んでんだよ。ホラー過ぎるだろ」
「……あ」
取り敢えず身の危険は無いらしいと大きく息を吐くロイス。
その横でクルムが何か思い出したような声を上げた。
「なに?」
「ごめんごめん、あたしの結界のせいで入れないんだ」
この部屋に入った時点でクルムは部屋の広さと同様の結界を展開している。
完全なる侵入不可という高度な結界を広範囲に作り出すのは困難なため外側にのみその効果を適用し、出入口である扉側には接触反応の効果を施しているのだ。
「ネリス、入れてあげてもいいよね?」
「はい、お願いします」
ベッドから降りるネリスは結界が消えると同時に窓を開き、三人を招き入れる。
揃って黒いマントでほとんど全身を隠しているため風体は分からない。
それでいて三人が三人とも奇妙な仮面で顔を隠していた。
一人は細身の男で、赤い布地に口元には無数の牙、頭部には二本の黒い角といった意匠が施されている仮面を着けており目元も網で隠れているため後頭部の長髪以外の全てが隠れている。
もう一人はドワーフに似た背丈の低い男だ。
同様に笑顔に見えるように目と口が描かれている道化師さながらの白い仮面で顔を隠しており薄茶色い頭髪以外に見た目から得られる情報はない。
そして最後の一人。
こちらはクルムと同程度の小柄な背丈の女で、顔の上半分は狐を模していると思われる仮面で隠しているが唯一目元がはっきりと空いているため若さ、或いは幼さだけは見て取れるものの、それ以外では頭頂部で縛られている金色の毛髪の他に外見を見極める要素は無く、結局はその正体は一切不明であった。
「師よ、御下命に従い馳せ参じた」
「ご無沙汰しております師匠。お変わりないようで何より」
細身の男、背の低い男が順に膝を折る。
王族であるクルムよりもその従者であるネリスへの挨拶が優先されている様を不思議に思いつつも黙っていることしか出来ないロイスへと、狐面の女がふらふらと体を左右に揺らしながら近付いて行った。
「ていうか~、な~んで人間が一緒にいるのかな~? しかもししょーやクルム様と同衾してたよね~? それって~、殺す理由には十分だよね~?」
「やめなさいエフィー」
「えー? ししょーが人間の味方するなんて珍しー」
「事情はちゃんと説明します、だから三人ともひとまず座りなさい。クルム様、お休みになられていたところ申し訳ありませんが少し時間をいただいてよろしいでしょうか」
「勿論いいよー。なんかみんな久しぶりだし、エフィーも全然顔見せてくれなかったしさ」
「ごめんね王女様~。あんまりお城に出入りするのもどうかと思ってさ~」
そんなやりとりを経て、六人と一匹はテーブルを挟んで向かい合う。
何故か黒狼のカラだけがロイスの足元で寛いでいたが、特にそれに触れる者はいない。
エフィーと呼ばれた狐面のせいか未だ警戒心を維持しているロイスを横目に、ネリスはここに至るまでの経緯や今後の目的や目標、計画などを話して聞かせた。
やがて凡その説明が終わると、三人は揃ってロイスに目を向ける。
クルム、そして一様に師匠と呼ばれているネリスがいる限り危険は無いだろうと思ってはいても、やはりロイスは微塵も信用や安心など出来ないままだ。
「つまりは、貴様が我々を従えると?」
細身の男はどこか懐疑的な声音だ。
続く狐面の女も表情こそにこやかであったが、明確に殺気が漏れている。
「この人間なら~、フィーちゃん指一本で殺せると思うな~」
「確かに俺は戦闘に長けているわけじゃない。だが好む好まざるに関わらずお前達の意思を捻じ曲げる方法ぐらいあるんだぜ?」
「ほう、面白いことを言う。是非お聞かせ願いたいものだな」
「ふっ、簡単な話だ。お前達の師匠に言い付ける!」
「……は?」
「なんですと?」
「何言ってるの~?」
表情こそ見えていないものの、明らかに面食らっている三人。
すかさずロイスはネリスの肩を揺すった。
「聞いてくれよユーリ~、あいつらが俺をいじめるんだ~」
「イール、デューク、エフィー、私の弟に威圧的な態度は許しませんよ」
もはやユーリと呼ばれただけで何でも許してしまう勢いのネリスだった。
言わずもがな三人には困惑しかない。
「「「えぇぇ……」」」
「というのは冗談ですが、クルム様が自由を手に入れ世界を牛耳るために総指揮を託した男です。私もクルム様も彼を受け入れ、一蓮托生を決めた。ですが道半ばで朽ちたとて本望と始めた途方もない野望の一歩目に至るかどうかという話、無理強いをするのは私の主義にも彼の意思にも反します。従えないと思ったなら今日ここでの話は無かったことにしてください」
「む……師匠がその男に付き従う価値があると言うのであれば、我もひとまず異論はない」
「勿論吾輩も従いますとも」
「そうだね~。師匠と一緒に居れるならフィーちゃんは何でもいいし~、世界征服とかすんごい楽しそうだし~」
「言っておくが、いずれは魔王軍とも明確に敵対することになるんだぞ?」
「そもそも我等は魔王の麾下に加わったつもりはない。元より師と、その師が忠誠を誓った王女殿下や王妃様にのみ従う闇の部隊だ。少なくともそれに関しては何ら躊躇う理由はない」
その程度のことで怖気づくかと言わんばかりに、三人が揃ってロイスに詰め寄り顔を近付ける。
値踏みのつもりか、薄暗い上に視界が悪いため顔をしっかりと目に焼き付けるためか。
当然その真意など分かるはずもないロイスは再び仰け反った。
「怖い怖い怖い、そんな近付くなって頼むから」
「何故だ? 既に我々に敵意は無いと思うが」
「敵意とかじゃなくて単純に絵面が怖いって言ってんだよ! この薄暗い部屋でそんな仮面の奴等に詰め寄られてみ? 夢に出て来るわ」
「そうは言われてもな。そればかりは慣れてくれとしか言えぬ」
「いや仮面取ればいいだろ。なんか理由あんの?」
「特にはないな。ただ素顔を知られていない方が師の指令を遂行するのに都合がいいだけだ」
「ちなみに~、今のテーマは原点回帰って意味で『悪魔っぽさ』なんだよ~?」
「……テーマって何? ちょいちょいデザイン変わるわけ?」
「そうなの、大体二、三十年ごとに趣向が変わるから面白いんだよ? これの前はトランプのキング、クイーン、ジャックの仮面で、その前は何か自分達で狩ってきた猪とか熊とか大鷲を剥製にしてそれを被ってたんだから」
「旅芸人かよ……」
何が面白いというのか。
魔族の感性が謎過ぎる、と。
そんなクルムの説明にも、呆れる以外に反応のしようがないロイスだった。




