【第十二話】 日々前進
「手間を掛けるが、よろしく頼む」
ネリスを見送ったのち、ロイスは辺境伯の書斎を訪れていた。
王都に暮らす三人の妹へ宛てた無事を知らせる手紙を届けてもらうためだ。
国外追放を言い渡されてからほとんど一日が過ぎた。
妹達の人生を考え、猛反発を跳ね除けててまで日頃の関りを断っている歪な関係がそこにはある。
定期的に住まいを訪ねて夕食を共にし一晩を過ごすことはあるが、人前で言葉を交わすことは一切と言っていいほどにない。
ロイスは半分兄として、半分は父として残った最後の家族を養ってきた。
偏に妹達の幸せを願い、そのために若き時分の全てを費やしてきたことを知っているからこそ妹たちにとっても掛け替えのない存在であり確かな絆がそこにはあるのだった。
ゆえに追放の憂き目に遭ったことを知れば黙ってはいないだろうと先んじて手を打ったつもりではあったが、一日という時間がどう話を拗らせるかという不安がどうにも心を離れなかった。
「そう心配することはない。急ぎで送らせる、今日のうちには王都に届くさ」
執事に受け取った手紙を預けると、憂いの表情を察したクロフォード辺境伯は微笑みを称えてその肩に手を置いた。
馬で駆ければ王都までは半日も掛からない距離だ。
国王にとって勇者パーティーの一員を追放したなどという事実を敢えて公表する利点は全くと言っていいほどに無く、かといって箝口令を敷くまでのこともない。
仮にどこかから噂を聞き付けたとしても、それが事実であると確認するには多少の時間を要するであろうことはロイスも分かってはいるが、妙なところで頑固な妹の姿を思い起こすとどうにも安心する気にはなれなかった。
「気を遣わせたか。どうにも有ること無いこと考えちまうのが癖になっているもんでな」
「気にすることはない。その慎重さ、聡明さが君なりの生き延びる方法でありなのだろうさ。ありとあらゆる要素を考慮した計画性や相手を見透かすような心理戦の強さで君を超える者を私は知らないからね」
「お褒めに預かり光栄の至り、だ。仕事の邪魔して悪かったな、これはありがたく借りていく」
「ああ、書庫の本ならば好きにしてくれて構わないよ」
「重ねて感謝する」
最後に一言言い残し、ロイスは書斎を後にする。
そして部屋に戻るとすぐにローテーブルに地図と本を広げ、知識の吸収と今後の計画の立案に没頭し始めた。
のだが、それを妨害せんとばかりにベッドの上で喚いている少女が一人。
「ね~、暇~! 何かやることないの~? ねぇロイス~」
「うるせえ。やることならあるだろ、俺の邪魔をしないように黙ってることだ」
「それ何もしてないのと一緒じゃん!!」
「どうしろってんだ」
「せっかくネリスとロイスが色々やってくれてるのにあたしだけ何もしてないのがヤなの! せめて何かやってる気分になりたいの~」
「んだよ気分って……人んちに上がり込んで何から何まで世話になってる状態でやれることなんてねぇっつーの。ここを出たら嫌でも忙しくなるだろうし、その時が来たら頑張ってもらうさ」
「ならせめて話し相手ぐらいしてよ」
「……お前の言い出したことを実現させるために必死こいて脳みそ働かせてんだぞこっちは」
「それは分かるけど~、だからこそあたしもそのために何かしたいっていうかさぁ」
「はあ……なら事前準備のために俺が知識を得るための協力をさせてやる」
「え~、それって何したらいいの?」
「後々合流するっていうお前の仲間の話を聞かせてくれ。カラ? だっけ?」
「あ~、そゆこと。カラは人狼の女の子で、元々はママの部下だったんだけど……ママがいなくなってからは何故かずっとあたしの傍に居るようになったのよね」
「ネリスみたいに娘のお前に仕えることにしたってことか?」
「たぶん、だけどね。昔からあたしには懐いてたけど、そうなってからはどういうわけか一言も喋らないのよねぇ。いつも部屋の隅っこであたしを見てるだけでさ」
「変わった奴なのか? まあ、ネリスの様子を見てもお前の母ちゃんが好かれてたってことは分かるし、そのせいなのかもしれんが……」
「ママが死んじゃったショックでそうなったってこと?」
「単なる憶測の一つだよ。しかし、今更ながらそいつらは人間の俺を受け入れてくれるのか?」
「ん~、むしろカラには好かれるんじゃない?」
「なんで?」
「魔族領の大半を支配してるパパの国はさ、基本的には実力至上主義なんだけど勢力や派閥がある以上はどうしたって男社会になるのよ。本当は人懐っこい子なのに、誰にも相手にされずにいつも寂しそうにしてた。ただでさえ獣人ってだけで見下されてただけにね」
「ほう、それがなんで俺が好かれることになるんだ?」
「こうしてあたしと同じ部屋で過ごしているみたいに、あんま偏見とかなさそうじゃん?」
「一緒に過ごしているのはお互い他に仲間が居ないからだろうに。魔族の中での序列とかも知らんからどうでもいいし」
「ならその考え方のまま接してやって。きっと仲良くなれるから」
「それは構わんが、この状況で呼んでこられるのが懐いてくれるだけのペットってのが虚しい現実だな」
「言っとくけど、四人いたママの側近の一人だから戦っても普通に強いんだからね?」
「それを先に言え! 戦力として扱えるのとそうでないのとでは活動範囲が変わってくるんだぞ」
「え? 言ってなかったっけ?」
「完全に初耳だよ。こっちはペット一匹増えるぐらいにしか考えてなかったっつーの」
「ごめんごめん。ここを出る前に知っておけてよかったと思って勘弁してよ」
「そりゃその通りではあるけども」
「元々ママの一番の側近に幹部の座を捨てたネリスがいて、その下にえーっと……なんだっけ? あ、そうそうプライム・ナイツっていう四人の精鋭がいたの。ママに兵力を持たせたくないパパが部隊を取り上げちゃったからその五人が唯一の部下だったんだけど、ネリスが言うにはネリスとその四人が残っていれば十分だって」
「ふ~ん、ならいっそ全員呼んでくりゃいいんじゃね?」
「それは難しいと思う」
「なんで?」
「カラ以外の三人がママの代わりにあたしやネリスに従うかっていうと微妙だし、そもそも一人は出て行っちゃって二人はどこにいるかもよく分かってないってさ」
「ならそこまでの話だな。で? 別の三人組については?」
「グルーム・イービル?」
「それだ。そいつらは姉ちゃんの子分なんだろ?」
「そうだけど、そんなに接点も無かったんだよねぇ。勿論何も知らないってことはないけどさ」
「なら知ってることを教えてくれ。そこで喚かれるよりゃマシだ」
「えっとね~、イールは好戦的で格好付けな奴で、デュークはおっとりしてる性格だけど慎重で頭が良くて~、エフィーは無邪気でノリがいいんだけどキレたら暴走する女の子ってぐらいかな。顔は見たことないから分かんない!」
「会ったことねえのかよ! 憶測の情報要らね~」
「違う違う、三人とも悪魔みたいな仮面かぶってるから顔が隠れてるんだって」
「ああ、そういう……どういう連中なんだお前の仲間はどいつもこいつも」
「人と違って色んな種族を総称して魔族なんて呼ばれてるわけだから、その分色んな奴がいるってことじゃない?」
「誰が見た目の話をしてんだよ……中身の話だ中身の」
溜息を一つ漏らし、ロイスは別の書物へと手を伸ばしパラパラとページをめくっていく。
ただダラダラと話をしている時間に飽きたのか、クルムはやがて寝息を立て始めた。




