【第十一話】 始動
「ほぉ、これが転移魔法陣か。ちゃんと見るのは初めてだな」
翌日、朝食を済ませた三人は再び貸し与えられた客室へと戻っていた。
しばしの打ち合わせののち、クルムが部屋の端に魔法陣を作り出すとロイスは感心した声を漏らしながらそれを眺めている。
「初めてって、人間の基準は分からないけど魔法使いなら転移魔法ぐらい扱えるんじゃないの?」
「どの種族を基準にしても簡単に到達出来る域ではないことは間違いないだろうよ。仲間の魔法使いなら転移魔法も使えたが、お前のと違って他人が単独で転移するなんて出来なかったしな。やっぱ、どう考えてもその能力は異常だよ」
「何かしらの特出した力を持って生まれる一族だからね、こればっかりは素直に褒められたもんでもないけど役に立つに越したことはないって感じ? ていうか、そこは元仲間じゃないんだね自虐のロイス♪」
「しれっと嫌な二つ名付けんな。ま、あいつは特殊な奴だからなあ……」
「特殊って?」
「何年も経った今でも勇者を含め連中の誰すらも仲間と思ってないと断言出来る、そういう奴なのさ」
「嫌な奴ってこと?」
「いいや、単に絶望的なまでに他人に興味が無いだけだ。数値化するなら自主性、主体性、協調性、全部ゼロなんだよ。それでいて無口で感情も乏しいのが難点でな、こっちが話し掛けなきゃ一年でも十年でも一言も発さないまま平気で過ごすだろうよ」
「うへぇ、変な奴」
「魔法の腕は確かだったけどな。それより、二人が首に掛けてる魔法石さえあれば俺もそれを使って転移出来るってことだよな?」
「そ、これが鍵の代わりになってるからね。転移門も結界も鍵を持ってれば基本的には通れるけど、逆に鍵が複数あってもその中で特定の物だけを有効にすることも出来るよ」
「改めて聞くとすげえ便利っつーか、用途盛沢山だな。何ならこの少人数で事を成すにあたって俺の小賢しい頭やスキルであったりネリ……じゃない、ユーリのバケモンみたいな戦闘力よりも重要な要素になると言ってもいい」
「まじ? あたしってば有能?」
「その得意げな顔は普通にイラつくが、否定する理由はない。自分達の身を守る上でも、敵を欺く意味でも可能性は無限大だ」
「何でイラつくのよ! 役に立てることに喜んだだけなのにっ」
「冗談、というよりは意趣返しってやつだ。選択肢も選択権も無かったとはいえ元帥に指名されちまったからにはそうそう口で負けてるわけにもいかんからな」
「ぶ~、意地悪してる時だけ楽しそうなのがムカつく! 変態ロイス!」
「どこに変態要素があったんだよ……まあ何でもいいが、それって俺の分も作れないわけ? そこが一番重要なんだけど」
「魔石があれば勿論作れるけど、なにぶん手元に無いから何とも。最近は触ってなかったから確かなことは言えないけど、部屋に戻ればいっぱい残ってたはずなのよね」
「てことはユーリに頼んでおけばいいか」
「は、了解致しました。では私は一度戻ろうと思います。マロ、クルム様のことを頼みましたよ」
「ああ、屋敷を出なければ特別危険も無いだろうし心配は要らんさ。俺も今のところ出歩く予定はないしな」
「そうなの? 無駄にしていい時間は無いとか言ってたのに」
「無駄にするつもりはねえっての。妹に手紙を出した後は辺境伯に借りた地図や歴史書と睨めっこだ」
テーブルには数冊の本と羊皮紙が置かれている。
クロフォード卿に何かを借り受けていたことこそ把握しつつも特に関心を持っていなかった二人はそこで初めてその正体を知った。
それでいてかねてより勉学の時間を嫌うネリスは白けた目を向けるだけだ。
「地図ぅ? 歴史書ぉ? そんなもん読んでどうすんの?」
「あのなぁ、これから俺達が何をしようとしてるかは理解してんだろ? なら今最も必要な物は何だと思う?」
「あたし達の国を作って、気に食わない連中をぶっ潰して、新しい世界を作るためにってことでしょ? 何が必要って言われても、それこそ足りない物は山ほどあるって話だったじゃん」
「それは間違いないけどな、現実的に優先度が高い物って意味だ」
「戦うための強さとか兵力?」
「違う」
「国であるための領地?」
「それも違う」
「……お金!」
「はずれ」
「じゃあもう分かんない!」
「不要って話じゃないんだけどな、お前が挙げた物はどれをとってもあればあるだけいいだろうし、あって困る物でもない。が、欲しがれば湧いて出る物でもなければ集めようとして簡単に集められる物でもない。戦の勝敗が金や兵力だけで決まるなら元より俺達に希望なんてないって話になるしな。だがそうじゃないからこそ歴史から戦が無くることはなく、何かを求めて戦おうとする誰かがいつどこにだって存在するわけだ」
「う、うん……何か難しいけど」
「金はともかく、兵力も頭数も持ち合わせていない俺達が戦いに勝ち、のし上がるために何が必要か……いや、なんだったらそれらが手に入ったとしても俺の考えは変わらないだろう。勝つために最も重要なのは、情報と戦略だ」
「へぇ~」
「反応薄っ」
「だってあたしの専門外っていうか? そういうのはロイスの担当じゃん? なら任せておくしかないっていうか」
「せめて理解する努力はしてくれ。まあ分からないことを分からないと素直に言えるだけ上等だけどな。丸投げするのはいいけど、今後も分からなければ逐一質問するように。一緒に考えろとは言わんから何故そうするのか、どういう理由で行動するのかを理解だけはして、おかしいだとか間違っていると思えば遠慮なく指摘してくれ」
「はい先生!」
「元帥じゃなかったんかい」
「あ、そうだった」
「何でもいいが、そんなわけで俺は知識を得ることに時間を充てる。譲渡される島とて海を挟むとはいえこの国、ここの領地の一部だ。周辺がどういう地形かを把握しておけば何が利点で何が欠点かを理解出来る。どういう歴史があるかを知れば余計な問題や厄介事を回避する術を模索出来る、何を利用出来るか利用すべきかを考察出来る。持っている知識が多ければ多いだけ『そんなことは知らなかった』って言い訳をしなきゃならない状況が減るんだからな」
「「なるほど……」」
ネリスを含め、二人は素直に感心している。
今聞いた話の一端すらもこれまでの人生で考えたこともなかった。
「てことでユーリ、そっちは任せたぞ。くれぐれもヘマはしないように慎重にな」
「承知しています。私は城に戻り、不在を不審に思われぬよう適度に周囲へ姿を見せて回り、半日ほどの滞在を経てクルム様の私物とカラを連れて戻る。でしたね?」
「ああ、それでいい。間違ってもクルムの存在は悟られないように、今言った理屈で情報を与えないことも何にも勝るアドバンテージだからな」
「肝に銘じておきましょう。それではクルム様、しばしお傍を離れます」
「うん、気を付けてね。魔法石の持ち出しもよろしく」
「は」
そこでネリスは一礼し、薄っすらと輝く魔法陣の上へと移動する。
そして首から下げた魔法石に魔力を込めると、これといって詠唱や魔法の発動を要せずにその場から姿を消した。




