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すきま時間の短編【バスジャック】  作者: 伊藤宏


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6/8

6.

この作品は8話で完結します。

 犯人は、跳ねるようにして料金箱のところまで移動すると屈み込んで手りゅう弾を拾い、鬼のような形相で運転席の窓から放り出した。

 人間、命が懸かったときの動きには無駄がない。

 窓から投げ出された手りゅう弾は一、二数秒後に爆発した。


 追尾していた警察車両がどうなったか確かめる余裕はないが、ミラーで爆炎を見た運転士が、今度こそ本ものの恐怖でハンドル操作を誤りガードレールに接触した。金属をこする耳障りな音が車内に入り込んだ。

 この騒ぎの間に、ジイジは、犯人が一時的に床に置いた銃を拾っていた。


 手りゅう弾を六秒以内に投げるには利き腕が必要になる。その手が右手であることは先ほどの発砲と投擲(とうてき)で確認済みだ。犯人が手りゅう弾を拾いにいくときに拳銃を手放す、そのタイミングを利用して攻守逆転する、というのがこの作戦の趣旨だった。


 間近で改めて確認したら、拳銃はトカレフだった。

 この銃には、最初から安全装置が付いていない。あのおばちゃん、さっきこれで料金ボックスを叩いたのか。今考えるとぞっとするが、その銃をくるくる回しているジイジもまたオソロシイ。


 「おいやめろ、本物だぞ」

 本気で叫ぶ犯人の目の前で、ジイジはマガジンを抜いて弾を確認すると再びセットした。その間一、二秒。素人でないことは犯人にも伝わったはずだ。

 続けてジイジは、

 「猿島って女は、何をやったんだ」

 と犯人に訊ねた。


 おばちゃんは、じっと、ジイジの顔を見た。

 敵か味方かを判断しているのだ。


 そして、敵ではないと断じたのか、静かに言った。


 「子供と、夫を、惨殺された。なのに、十七年で出てくるなんて。んなの、赦せない」


 ふ~、とジイジは長い息を吐き、

 「それじゃあお前さんも辛いよなあ。わかった、協力しよう。さっきの交渉相手に電話して、繋がったら孫に代わってくれ」

 と言った。


 こっから先は聞いてない。

 由芽はジイジの意図を読んだ。

 協力する、といってもジイジが殺人に手を貸すはずはないし、だとすると……、



 犯人が、誰かに電話が繋がったスマホを由芽に差し出した。

 由芽は軽く咳ばらいをして、スマホを受け取った。

 「お願いです、この人本気です。うっう、殺されます、助けて。猿島って人を、うっぐ、表玄関に出して、すぐ出して待っててください。必ずです、でないと、あぁやめて、痛、あぁぁぁ」

 演技力満点の涙声で交渉相手の警察官に訴え、最後は、犯人に電話を奪われたように装って電話を切った。


 ジイジは犯人のおばちゃんに告げた。

 「悪いこた言わん、一発ぶん殴って終わりにしとけ。そいつを殺したってあんたの旦那や子供は帰ってこない。あんたが長期背負って刑務所に入りゃあ、一番笑うのは誰だ。猿島ってろくでなしだけだ。そうだろ」


 おばちゃんが納得したのかどうかはわからない。だが、今、主導権は拳銃を握っているジイジにある。



 バスは中連のインターを降りると、幹線道路を中連刑務所に向かった。道路の両側にはパトカーや白バイが並び、バスはその真ん中を、スピードを落として走った。まるでパレードだ。


 刑務所が見える距離に到着した。入り口の周囲には何台ものパトカーが集結している。バスが停まったのはその外側だ。ここだと刑務所の入り口から遠すぎる。

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