4.
この作品は8話で完結します。
銃声に驚いて赤ちゃんは泣き止み、バスのなかに静けさが戻った。
「早くしろ」
犯人の静かな、しかし有無を言わせない命令に、運転手はギアを入れ、震える手でハンドルを回そうとして誤ってクラクションを鳴らした。
ようやくバスは動き始め、中連方面に方向転換して走り出した。
このとき、バスの背後を確認した由芽は、追尾しているクルマがあることに気付いた。
この運転士、おそらくもう非常ボタンを押している。たぶん最初の急ブレーキのときだ。だとするとビビってるのは演技で、意外に冷静なのかもしれない。あんなぎりぎりまで停まってたのは、きっと時間稼ぎだ。さっきのクラクションも、もしかすると周囲の注目を集めるためだったのかも……。
首都高に乗ったところで、犯人が、運転手に「マイクをよこせ」と命令した。
犯人は、もたもたする運転士の首からマイクがもぎ取ったのはいいが、勢い余って引き千切ってしまった。チっと舌打ちした犯人が、後部座席に向かって大声で叫んだ。
「いいか、弾は充分にあるんだ」そう言って着ていたシャツをまくると、ジーンズに挟んだオートマチックのスペアマガジンを示した。三本あった。
「あとはこれ」
そう言ってウエストポーチから手りゅう弾を出して安全ピンを抜いた。そして、すぐさま運転席にのしかかり、開いている窓から手りゅう弾を放り出した。
おいおい、とんでもないおばちゃんだ。
幸い、すでに規制が敷かれた首都高には他の車は走っていない。百メートルほど離れた後方を走っているSUVは、たぶん警察車両だ。手りゅう弾は、そのSUVの手前で爆発した。
ピンを抜いてから爆発まで六秒。比較的長いタイプだ。
SUVは大きくハンドルを切ったものの何とか立て直して事故を回避した。でも直撃していれば良くて横転、ガソリンタンクの直下で爆発したら炎上させるくらいの威力はある。このおばちゃん、何する気か知らないけど、本気だ。
「今のも、まだ一発残ってるからな」
そう言って、犯人はウエストポーチから手りゅう弾を出して見せた。自爆用だとしたら……、狂ってる。
犯人はジーンズの尻ポケットから携帯を取り出すと、どこかに電話を架け始めた。
最初は大人しくしゃべっていたので内容まで聞き取れなかったが、最後は大声になった。
「おい、人質取ってるってこと忘れるな。見ただろう、武器もあるんだ。繰り返す。中連刑務所に服役してる猿島美津子をムショの表まで連れてこい。心配するな、逃がそうってんじゃない。お前ら生ぬるいから、あたしが処刑してやるんだ。いいか、今から十分で準備しろ!」
おばちゃんは一方的に叫ぶと、親指がディスプレイにめり込む勢いで電話を切った。




