3.
この作品は8話で完結します。
そのとき、中ドアのすぐ後ろのシートに座っていた保坂由芽は、通路を挟んだシートで背中を丸めているジイジに向かって大きく口を動かした。
う ご い て い い ?
ジイジはゆっくりと首を横に振った。
何でだよぉ、と中学の制服に身を包んだ由芽は不満そうに頬を膨らませる。でもジイジの指示は外れたことがない。
『すべては初動で決する』
もう百回は聞かされているこれは、バトルの真理らしい。
ジイジは、よくソンシノヘーホーの話をする。
『戦わずして勝て』とか『野戦では陣地が重要』とか。
でも今どきのバトルはせいので始まるわけじゃないから陣地なんて選べない。その替わり、動き出すタイミングを待つ。そういうことらしい。
でもな、こんなバスのなかで赤ちゃんの人質まで取られちゃって、遅くなればなるほど不利になるような気がするんですけどー、と由芽は若干不満気味なのだがジイジの指示は絶対だ。
背後に動きがあった。
さっきの母親だ。
果敢に、というか無謀にもベビーカーに向かって歩き出している。
犯人は運転士を説得するのに必死でまだ気付いていないが、ここは早く気付いた方がいい。こういう場合、発見が遅れれば遅れるほど、人は合理的な判断ができなくなる。このケースだと発砲だ。まだ、モデルガンだと決まったわけではない。
ジイジがわざとらしい咳ばらいをした。
犯人のおばさんが車内を振り返った。
ベビーカーまであと一歩というところまで近付いている母親が視界に入ったはずだ。
「近くにいさせてください」
慌てた犯人は、懇願する母親を非情にも蹴り飛ばした。母親が中ドア付近まで転がったのを見届けると犯人は運転士に向き直った。
「だから、早く中連刑務所に行けっつってんだろ」
運転士は恐怖で動けない。
赤ちゃんは前にも増して泣き喚き、犯人の精神状態を逆なでしている。
「いいから行け! さっさとバスを出せよぉ!」
犯人が、拳銃のグリップで料金箱をがんがんと叩き始めた。それでも動かない運転士に業を煮やした犯人は、ついに、運転席の天井に向けて発砲した。
耳をつんざく銃声が車内にとどろき運転席の天井に穴が開いた。そこからぱらぱらと何かの屑が落ち、電気コードが垂れてきた。
チキショー、あれモデルガンじゃない。




