表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すきま時間の短編【バスジャック】  作者: 伊藤宏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/8

1.

この作品は8話で完結します。

 急ブレーキだ!


 伊乃川茉莉(いのかわまり)は、咄嗟に、右手で前のシートの背を掴んでつんのめりそうになる身体を固定し、左手で、一歳になったばかりの娘、若菜をしっかりと抱きかかえた。

 横に停めてあった空っぽのベビーカーは前方に吹っ飛び、銀色のポールに掴まっていた高校生の男の子にぶつかって止まった。

 若菜は濡れた瞳を目いっぱい開いて母親の顔を見ていた。


 バスが停止して『よかった、無事だ』と思ったのも束の間、後ろの車が鳴らしたクラクションに暴力的なニュアンスを感じ取った若菜が思い出したように泣き始めた。

 茉莉(まり)は、『よしよし』、と若菜を揺すりながら状況分析を開始した。

 バスの前方に衝突した形跡はない。

 側方にも。


 車内は? と見ると、最後部のシートには高校生と思しき男子生徒が四人、たっぷりと間隔を取って座っている。どの顔からも表情は読み取れない。

 そのひとつ前のシートには主婦と高齢の女性が不安そうに身を寄せ合っている。そして、通路を挟んだ斜め手前には制服を着た幼い感じの女子学生。この制服はたしか、栄和中学だ。隣には七十がらみの男性。関係性は……、午後二時という時間帯が微妙だがジイジと孫娘だろうか。


 視線を前方に戻すと、小太りのおばさんが運転士に詰め寄っていた。

 こんなときに文句を言ったところでどうしようもないだろうに、と思っていたら、突然、おばさんが乗客を振り向いて叫んだ。


 「§φΠθΨだ! 全員後ろに移動しろ! 今すぐだ!〉

 興奮しているのだろう。半分は聞き取れなかったが、命令は間違いなく乗客に向けて発せられている。

 そして信じたくないが、おばさんの手には拳銃。きっとあれで運転士を脅したのだ。拳銃を見た運転士が反射的にブレーキを踏んで急停止……、どうやらバスジャックに巻き込まれたらしい。

 犯人のおばさんは改めて見ると、ぽっちゃりじゃない。鍛え上げたプロレスラーのような逞しい身体をしていた。


 「おいぃ! 聞こえないのか、全員後ろだ」

 犯人が拳銃を握った右手を後方に向かって振ると、前方の乗客が一斉に動き始めた。


 最後部で大股を広げていた高校生が、殊勝にも、窓際に詰めてスペースを作り始めた。その動作に会わせるように、乗客が後部に移動し始めた。

 茉莉もまた幼い若菜を抱いて後ろに移動しかけたのだが、ふとベビーカーのことを思い出した。

 ベビーカーの背中には若菜のお菓子と飲み物、それにおしめを入れたリックが掛けてある。あれはどうしても必要だ、と思い直してベビーカーのところまで戻ったそのとき、

 「何してんだおまえ!」という大声と共に犯人が大股で近寄ってきた。茉莉が「あの、ベビーカーを」と訴えるのも聞かず、犯人は、銃を持っていない方の左手で、若菜が着ているロンパースの襟首を掴んだ。

 「だめー!」と叫んで我が子を抱き締めるが、引っ張り合うほどに若菜の首が閉まるので抵抗にも限界がある。

 茉莉(まり)が、娘の、苦しそうな呻き声に耐えられずに手を緩めると、犯人に襟首を掴まれた若菜は宙に浮いた。


 「若菜―!!!!」

 襟首を掴まれた若菜は「ぎゃーーーーー!」と叫んで空中で手足をばたつかせている。

 「うるさい!」と犯人に一喝された若菜は、恐怖が限界を超えたのか、ぴたっと泣き止んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ