ある交差点の横断歩道で
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俺は貴樹。17歳、どこにでもいるごく普通の男子高校生だ。あ、ちょっとだけ普通の高校生と違うのは、過去に戻れるってこと。もう少しこの能力について説明すると、なんのことはない。戻ろう、と思えば、思った時点に戻れる。まずい事態が起これば、その原因となる過去の出来事を正してもう一度、同じ時系列を辿る。
カーナビで例えるならば、予定のルートに事故による渋滞が発生したのならば、過去に戻り事故の原因を取り除いて、同じルートを事故のない状態で辿る、とでも言えば良いのか。
ただし、遡れるのはせいぜい一日。しかも二度目はない。次にこの能力が使えるのは、過去に遡る前の時間が過去になってからだ。つまり今日から昨日に遡った場合、その世界線で今日を超えないと能力は使えない。更に言えばやり直した世界線ではもう一度、昨日に戻ることはできない。
あまり大きく現在の世界線を変えるのは怖いので、これまでは自分の忘れ物やミスをリカバリーする程度にしか使っていない。
最近は、まあ、なんと言うか・・・古都葉って幼馴染がいて・・・そいつが俺以上にそそっかしく、放っておけなくって。だからもっぱら古都葉のお世話係をしている。事ある度に俺が過去に戻り、それとなくアドバイスをして古都葉に降りかかる些細な災いを回避してあげている訳だ。ま、当の本人はそれに気がつくことはないのだけれど。
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ワタシは古都葉。17歳の女子高生。それなりに高校生活を楽しんでいる。何かと運がいい方で、大概のことは何とかなる!目立ったトラブルなどは皆無だ。
いや、運がいい、と言うのはちょっと違う。実はぼんやりと未来が見える。断片的なビジョンなんだけど。だから自分にとって良くない感じがしたら行動を変える。そうするとまた違う未来のビジョンが見える。だから「予知」ではなくて「予測」に近いのかも知れない。
カーナビで例えるならば、ルート設定した後に、例えばそこに事故の情報などがあれば、横道に逸れたり、高速道路に乗ったりして、事故を回避する新しいルートを設定していくって感じかな。
ワタシにはそんなちょっとした能力があるから放っておいて欲しいんだけど、幼馴染の貴樹って奴が色々とウザい。何かにつけてこうした方がいい、コレはやめておけって。
お前はワタシの母親か!って感じ。気にかけてくれるのはありがたいんだけど、ハッキリ言ってありがた迷惑。ワタシは未来を予測できるのだから自分でなんとかなるっつーの!
今日は土曜日。学校は休みだけど、午後からクラスメイトの優菜とカラオケに行く約束がある。ワタシには朝から横断歩道でトラックが接近してくるビジョンが見えている。ちょっと良くない感じ。優菜とは隣駅で待ち合わせだ。なのでワタシは最寄りの駅まで歩き一駅電車に乗ることになる。ひょっとして横断歩道を渡る時、何か危険が迫るのかも。だから今日、どんな短い横断歩道も信号無視なんかはしない様に注意しなきゃと思っている。
信号をしっかりと確認して、青になったら渡る。歩道を歩く時も、なるべく車道から離れて歩く。でも、なんでかなぁ、こんなに気をつけているのに、なかなかトラックのビジョンは消えない。いつもならこのぐらい対処すればビジョンは変わっていくのに。
駅前の最後の交差点に着いた。横断歩道の前で立ち止まり、青信号を確認して横断歩道を渡り始めた。その時ーーー信号無視をしたトラックが突っ込んできた!!
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俺が古都葉の事故を知ったのは土曜の昼過ぎだった。
優菜から「古都葉と待ち合わせなんだけど既読つかない〜」ってLINEが来て。なんで俺に?と思って「知らん」と返した。
そのうち何やら駅前で事故があったらしいとSNSが騒がしくなって嫌な予感がした。色々と検索したら、駅前の交差点で信号無視のトラックが事故を起こした、女子高校生と幼児が巻き込まれた、と知った。
古都葉に連絡が取れないから嫌な予感がして、急いで古都葉の家に向かった。するとーーー古都葉のお母さんが顔面蒼白で。一目で普通でないとわかった。そして、消え入りそうな声で「古都葉が事故で亡くなった」と。
過去に戻ろう、と俺は思った。
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今日は午後から優菜とカラオケだ。それはいいんだけど、相変わらず貴樹の奴がウザい。駅まではバスで行けよ、とLINEを送ってくる。大きなお世話だ。ワタシも今、良くないビジョンが見えているから、言われなくてもバスにしようかなぁと思っていたところだ。いや、これは負け惜しみか。LINEを見て、そっか、バスって手もあるか、と思ったのは事実だ。
あいつの言う通りにすることに不満はあるけど、仕方ない。嫌なビジョンを断ち切る為にバスを選択した。バス停に向かうと、トラックのビジョンは段々と薄れていったけど、それでもなんか嫌な感じが消えない。なんだろうなぁ、これ。
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ああ、俺、絶対ウザいと思われるんだろうなぁ。いや、でも俺はその為に過去に戻ったんだろ、と自分に言い聞かせ、古都葉にLINEを送る。駅まではバスで行けよ、と。しばらくするとバスに乗る事にしたと古都葉から返信が来て、ホッと一安心した。よし、これで何事も起こらずに済むな、と思ったが・・・。
待てよ、原因はトラックの信号無視だ。古都葉が横断歩道にいても、いなくてもトラックは信号を無視する。あ!確か女子高生と幼児が事故に巻き込まれたってニュースは言っていたっけ?つまり古都葉がいなくても幼児が巻き込まれる!?ヤバい!幼児を助けてあげなくては!
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バスに乗ったらトラックのビジョンは消えたけど。なんだろう、この嫌な感じは。なんか凄く悲しい感じがする。具体的なビジョンはないんだけど、灰色っていうか、何か冷たい感じっていうか。とにかく到底、ハッピーな未来とは思えない。
バスが駅のロータリーに着いた。きっとワタシが歩いてくるはずだった道で何かあるはずだ。ワタシはバスを駆け降りる。運転手さんが何かを叫んでいるが構っている暇はない!思いっきり無視して交差点に向かった。
ロータリーの向こうの駅前の交差点に目をやると、あれ?横断歩道の向こう側に貴樹が見える。周囲をキョロキョロしながら近づいてきている。
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ヤバい。間に合うか?なんとか幼児を救ってあげなくては。恐らくは幼児が一人で出かけることはないだろう。母親か父親と一緒にいるに違いない。親は紙一重で助かるのだろう。どの子だ?どこにいる?もし横断歩道の駅側にいるのだとしとら、俺の反対側だ。仮にそうであったなら極めて状況は良くない。
◇◇
あ、なんか凄く嫌な感じ。次の瞬間、ビジョンが脳裏に浮かぶ。貴樹がトラックにかき消されていくビジョンだ!ワタシはあまりの衝撃に言葉を失った。恐らくこのままでは貴樹が事故に巻き込まれる!貴樹は周囲を見回して何かを探している。何を探しているの?ワタシが何をすればこの未来を変えられるの?何か手掛かりは?意識をビジョンに集中させてみる。他に何が見える?集中しろ、もっと具体的なビジョンを描け!どうすればいいのか、答えを探せ!
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いた!
俺は、母親と3歳ぐらいの子供が手を繋いで横断歩道の向こう側を歩いているのを見つけた!だがヤバい。このままでは救えない。まだ信号は赤だが、それは俺が向こう側に行けないと言う事だ!どうしよう!
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ビジョンが見えた!トラックと子供!子供が巻き込まれる!まさかそれを救う為に貴樹が!どの子なの?どこにいるの?どうすれば良いの?ワタシはパニックになった!
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横断歩道の信号が青になった。俺は横断歩道に向かって全速力で走り出した。トラックが突っ込んでくる前に向こう側に行き、あの子を止めなくては!
◇◇
あ!見つけた!きっとこの子だわ!母親と手を繋いだ3歳ぐらいの女の子がワタシの10mほど前を歩いている。横断歩道の信号が青になった。トラックはどこ?何が起こるの?向こう側で父親と思しき人が子供に向かって手を振っているのが見える。子供が走り出した!
あっ!!トラックが走ってきた!止まる感じのスピードとは思えない!貴樹が向こう側から走って来る!このトラックが信号を無視して横断歩道に突っ込んでくるってこと!?この子と貴樹が巻き込まれるってこと!?ようやくワタシは事態を把握した。
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ヤバい、間に合わない!と俺は思った。
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貴樹ごめん!状況を理解するのが遅すぎた!間に合わない!と思いながらもワタシは子供を引き止めようと交差点に向かって走り出した。
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その時、耳を引き裂く轟音が響いた。見るとロータリーを出てきたバスが、信号を無視して交差点に入ろうとしたトラックとぶつかっている。バスは空車で誰も乗っていない様だ。ぶつかったのはバスの中央付近で運転手も無事の様だ。自力でバスから降りてきて、すぐさまトラックの運転手の救出に向かう。
周囲の人が救急車を呼べ!と叫びスマホで電話をしている。
た、助かったぁ、と俺は横断歩道に座り込んだ。幼児と母親は横断歩道を渡り始めたところで立ち止まって呆然としている。
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貴樹、大丈夫!?とワタシは駆け寄る。ごめん、貴樹を救ってあげられなかった!でも良かった、巻き込まれなくて良かった、とワタシは泣きながら謝る。貴樹は、何言ってんの?俺は事故に巻き込まれる予定ではなかったんだよ、と良くわからないことを言っている。もっとも、貴樹にとってもワタシが言っていることは訳がわからないのだろうけど。
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やれやれ、なんとか最悪の事態は回避した。僕の知っている世界線では子供と父親、そして彼らを救う為に横断歩道に突っ込んできた高校生二人、この四人とも帰らぬ人になってしまうのだから。
なんとか最悪の事態は避けようと、バスを降りる女子高生に向けて、お嬢ちゃん横断歩道に行ってはいけないよ!って僕は運転席から叫んだんだけど、全く聞いてもらえなかったからなぁ〜。最後の手段として僕がバスでトラックを止めるしかなかった。
バスは大破したけど、僕も高校生たちも親子もトラックの運転手も皆無事だ。よかった。よかったけど、はぁ〜、疲れた。
(終わり)