太輝とミネストローネ6
食事が終わり、太輝が皿を置くと、啓介はすぐに手を伸ばし、鍋や皿を洗い始めた。
「さて、食べ終わったらすぐ片付けだ。料理は科学だから、食後の管理も大事なんだよ。例えばこの皿、油の膜を放置すると――」
説明の勢いは止まらず、スポンジを握る手もリズミカルに動く。
太輝は心の中で苦笑しつつ聞き流す。
「……あのさ、啓介」
つい声をかけた太輝。
「皿洗いくらい俺がやろうか?」
「え?」と啓介は目を丸くして、一瞬の間の後、静かに話し始めた。
「自分のやり方が決まってるから違うやり方みると落ち着かなくてさ。洗い方も拭き方も微妙に違ってストレスが――」
「前に、この鋳物のフライパン貸したらタワシと洗剤で洗われて、折角いい感じに育っていたのに台無しに――」
そのまま手を止めることなく、スポンジで皿をこすりつけながら延々と説明が続く。
(……なるほどな。そういう人間だよな啓介は。てかフライパン洗っちゃダメなのか?)
そんな話をききながら、太輝はふと気になったことを口にした。
「なあ、啓介……彼女とかいるのか?」
啓介は洗ったお皿を拭きながら、眉ひとつ動かさず答えた。
「彼女? って誰の事?」
太輝は一瞬、言葉が止まる。
「……いや、そういう意味じゃなくてさ、デートとか、恋愛とか、そういう話だよ?」
啓介はフライパンを片付けながら、涼しい顔で続ける。
「うーん、俺には必要ないかな。なんか正直面倒くさい」
太輝の頭の中で、矢印がぐるぐる回る。
(いや待て、料理ではあれだけ喋るくせに、面倒くさいで終わるのか? それどころか、それって健全な男子大学生なら誰でも興味を持っていることじゃないのか……?)
「……じゃあ、別に女の子に惹かれたりとか、ないのか?」
啓介は一瞬考える素振りを見せるが、目線は片付け中の食器に向いたまま。
「うーん……ないな。全然。むしろ、料理とか科学とか文化の話をしてもかみ合わないことも多いし」
それを聞いて思わず口にしてみる。
「なあ、啓介。女の子とか、興味ないってことは……その、男の方に――」
啓介は一瞬だけ手を止めて、太輝をちらりと見た。
「ん? ああ、いや、別にそういうことでもないな」
太輝は眉をひそめる。
「……じゃあ、どういうこと?」
啓介はフライパンをこすりながら、軽く笑って答えた。
「正直、男とか女とか、そんなのどうでもいいんだ。自分にとって大事なのは、一緒に楽しめる人かどうかだけ」
太輝は少し考えてから、ぽつりと聞いた。
「じゃあ、ここにご飯食べに来る人って、女の子もいるんだ?」
「うん、何人か女の人も来るよ。もちろん男もね。でも、誰が来ても同じ。料理を楽しんで、話ができればそれで十分」
(なるほど、これはもう自分とはまったく違う感性を持っているのは判った。一緒に食事と会話ができるだけで十分か……、会話というより、一方的に喋っているだけだよな……)
片付けをしながらも、啓介は料理の話が止まらない。
太輝は、笑いをこらえつつ啓介を理解することを諦めた。
こうして今日も、啓介は料理とうんちくの世界に全力投球。
同年代の男子と一線を画す、恋愛にも女性にも興味すらない、その孤高の哲学を静かに受け止め、「まあ、本人が良けりゃそれでいいや」と太輝は笑いながら受け流したのだった。




