啓介と無垢な愛
啓介と無垢な愛
啓介にとって、花はただの「植物」だった。
色と形はわかる。香りも区別できる。だが――そこに“生の価値”を見いだすことは、できなかった。
「花って、どうしてみんな好きなんだろうね」
そう言って首をかしげる啓介の声には、興味でも、否定でもなく、ただ純粋な疑問だけがあった。
ロマンチックな気分になれないというより、そもそも“実感”がないのだ。
花は、誰かに見せるために咲く。
誘い、触れ、命を渡しあうために咲く。
その“目的”が、啓介にはどうしても遠くの出来事のように思えた。
中学の頃、男子同士で盛り上がる話題にも加わらなかった。
「男ってさ、そういうもんだろ?」と肩を叩かれても、啓介にはピンとこなかった。
代わりに、淡々と理屈を返す。
「脳内物質のドーパミンとテストステロンの話だよね。……生物的な反応で説明できることじゃないの?」
その瞬間、笑いが引き、空気が静まる……
啓介は、その瞬間の教室の空気が理科室のように冷え込むのを、不思議そうに眺めていた。
彼にとって“性”とは、衝動でも欲望でもなく、ただの生理的現象。
教科書の中の一項目にすぎない。
花を見ても、まず理屈が先に立つ。
「繁殖戦略として理にかなっている」――そう思う。
だが、そこで終わってしまう。
美しさを“情熱”に変換する回路が、どこかで断線しているのだ。
そんな啓介が、なぜ人のために料理を作るのか。
なぜ、恋愛感情をまったく抜きにしても、誰かの「おいしい」の一言に微笑むのか。
――それは彼の“愛”が、形のない場所に咲いているからだ。
そんな啓介にも――心を動かされたものがあった。
それは、ある春の日、北陸の日本庭園を訪れたときのことだった。
友人に誘われ、半ば気乗りしないままついていったその庭には、広大な池と、手入れの行き届いた松の木々が並んでいた。
枝ぶりはどれも見事で、緑の影が静かに水面を揺らしている。
枝の一本一本が計算されたように伸び、幹の曲がり方までもが、まるで誰かの意志で形づくられたかのようだった。
風雪に耐え、枝を折られ、それでも新しい芽を伸ばしてきた結果が、いま目の前にある姿なのだと知ったとき、啓介の胸の奥に、これまでにない感情が生まれた。
――この松は、生きてきた時間をそのまま“形”にしている。
幹の皺も、ねじれも、欠けた枝も、そのまま“生”の記録だった。
それは人が装飾する花とは違う。咲く瞬間にすべてを燃やし尽くす命ではなく、ただ生き延びることそのものが、彼の中では“美”そのものであった。
その姿に、啓介は言葉を失った。
「……すごいな。あの姿には“意志”を感じる。生きてきた時間が、枝や幹に刻まれているみたいだ。まるで巨大な盆栽のようだ。」
傍らの友人が笑って、「盆栽って言うなよ」と返したが、啓介の目は真剣だった。
あの松は、ただ“生きてきた”のだ。
誰かに見せるためでも、評価されるためでもない。
風を受け、雪に押され、日差しに焼かれながら、それでも幹を太くし、枝を広げてきた。
その生の積み重ねが、何よりも雄弁だった。
そのとき、彼は初めて“命の美しさ”というものを実感したのかもしれない。
花のように一瞬で咲き、散る儚さではなく――
時間を内に抱き、長い歳月を生き抜くことで形を得る尊さ。
それは、彼自身のあり方ともどこか重なっていた。
一人を強く愛することも、燃えるような情熱に突き動かされることも理解できない。
けれど、確かに誰かの笑顔を支え、少しずつ日々を積み重ねていく。
啓介は、その松の前に立ちながら、自分の中の何かが静かに呼吸を始めるのを感じていた。
――花のように散ることはなくても、長く生きることで美しくなれるのかもしれない。
この感覚が、後の啓介にとって、料理を作る意味を少しだけ変えた。
それから啓介の料理には、あの松のような静かな“時間”の温度が、ほんのりと宿るようになっていった。
あの日、そんな思いを語る啓介に――「あなたも、育ててみたら?」と千春が言ったのは、冗談半分の一言だった。
それがまさか、彼の生活の一部になるとは、千春自身も思っていなかっただろう。
「何十年かしたら……千春さん、見てくれますか?」
そう言ったとき、千春は一瞬だけ、何か言いかけてやめた。
千春の表情は柔らかかったが、かすかな切なさが混じっていたことに、啓介は気付くことはなかった。
盆栽が“立派になる”その何十年後に、一緒に見てほしい――その言葉がどんな意味を持つのか。
それが遠い未来を共に過ごしたいという願いを含む――ほとんど“プロポーズ”に等しい言葉だとは、啓介は気づいていなかった。
周囲の人間と違い、彼にとって時間とは、誰かと共有するものではなく、静かに積み重ねていくものだった。
彼が感じる“愛”は、情熱ではなく、忍耐の形をしている。
それから啓介は、小さな鉢で松を種から育てた。
種は園芸店では売っていなかったので、松ぼっくりから採取した。
最初は、ただの観察対象だった。
水をやり、陽に当て、乾燥しすぎないよう気を配る。その単純な行為の中に、啓介はなぜか静かな安心を見出した。
生きものを愛でるのではなく、その“時間”を見守ること――それこそが、美の形だと思うようになった。
朝、霧吹きで鉢の土を軽く湿らせる。
日光の量、風通しなど居心地のよい環境を用意する。
根の張り具合を確かめ、少しずつ鉢を替える。
そのひとつひとつに、淡々とした優しさが宿っている。
その成長の遅さが、彼には心地よかった。
その枝の伸び、土の湿り、すべてが息づくかのように――盆栽が静かに呼吸している。
そんな錯覚すら覚えるほど、啓介はその小さな命を見守った。
花のように一瞬で咲くこともない。
恋のように燃え上がることもない。
ただ、季節を越え、少しずつ枝を伸ばし、根を張らせ、幹を太らせていく。
その過程が、啓介にはたまらなく愛おしかった。
「育てる」という行為に、彼は“時間と共にある幸福”を見ていたのだ。
恋愛の意味は、相変わらず啓介の理解を超えていた。
けれど――愛情に似た忍耐を、誰よりも誠実に続けている。
それが、啓介という人間だった。
千春がその意味に気づいていることも、啓介がまったく気づいていないことも――
きっと、鉢の中でゆっくりと時を刻むあの松だけが、静かに見守っている。
まるで彼の“知らない愛”の形を知っているかのように、――静かに、変わらぬ呼吸のままで。




