太輝とミネストローネ5
啓介の声は、それからも止むことを知らなかった。
「でな、このミネストローネの語源はミニストラーレっていう給仕するっていう言葉から来ていて――」
太輝は相槌すら打たない。ただ黙々と、フォークを巻きつけて口へ運ぶ。
麺にまとわりついたスープは、熱を含んで舌を包み、煮込まれた玉ねぎと人参の甘みがじんわりと広がる。噛みしめるたび、セロリのほのかな香りが鼻に抜け、そこにトマトの酸味がきゅっと引き締め役を果たす。
「さらにだな、イタリアでは『マンマの味』って言葉があるくらいで、家庭ごとに味が違うんだよ。つまり今日のこれも俺の“マンマの味”ってわけで――」
しかしそんな啓介の"うんちく"にも慣れたものである。聴覚と思考を切り離す術を覚えた今の太輝にとっては、もはや環境音のひとつ。耳に入る啓介の声は、換気扇の回る音や、スープの湯気が立ちのぼる音と同じく、ただの“BGM”として流れていく。結局なにも聞いていない。
太輝はひと口ごとに小さなため息を漏らす。
「……あー、沁みる」
啓介は気づかず、相変わらず身振り手振りで解説を続けている。だが太輝は意識を食べることに全集中し、口の中に広がる旨味の層を丁寧に味わっていく。
野菜の繊維がほろりとほどける。スープのとろみがを舌に長く留める。ごくりと飲み込むたび、腹の底から安堵が広がっていく。
「……やっぱ、啓介の飯は最高だな」
その言葉は、うんちくの隙間にぽつりと落ちた。
しかし啓介は、まるで気づかぬまま「スープパスタの位置づけについては――」と続けていた。
太輝は小さく笑い、またフォークを巻きつける。
(うんちくなんざどうでもいい。こいつの作る美味い飯が食えりゃ、それで十分だ)
そして皿の底が見えるまで、啓介の声をBGMにしながら、太輝はひたすら幸福そうに食べ続けた。




