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太輝の生チョコレート3 そして、少し甘い結末へ

 翌日、昼の食堂。

 普段と変わらぬざわめきが、少しだけ自分の心を落ち着かせる。

 しかし胸の奥は、緊張で張り裂けそうだった。

 手に握る包みの中には、昨夜、深夜のキッチンで汗と焦げ臭さを混ぜて作った生チョコが入っている。


「……よし、行くしかない」

 深呼吸をして、重い足取りながらも沙織さんのいるテーブルへ向かう。

 友達と楽しそうに笑い合う彼女の横顔は、昨日の香ばしいチョコの記憶よりも、ずっと尊く見えた。

 光に透ける髪、ふんわりとした笑み……思わず目を細める。


 心臓がドクンと大きく跳ねる。

 手に握る包みが、まるで生きているかのようにずっしりと重く感じる。


「こ、これ……昨日、作ってみたんだ。よかったら」

 震える手で生チョコを差し出す。沙織さんは目を大きく見開いた。


「えっ、太輝くんが? すごい!」

 名前を覚えていてくれた――その事実だけで、胸が跳ね上がる。

 言葉にできない喜びが、全身を駆け巡った。


 彼女のその手つきは、まるで宝物を受け取るようだった。

 そっと一口かじる。

 その表情を、息をひそめて見守る。

 目を丸くして……少し考え込む。

 心臓は、まるでロックコンサートのドラムのように叩き続ける。


「……うん。ちょっと甘くないけど、なんか優しい味がするね」

――甘くない? そりゃそうだ、焦げも混ざってるからな。

――でも、優しい味……? この味は、僕の情熱と、啓介の優しさと、沙織さんの笑顔が見たいって願いの味だ。

 心の中でつぶやいた。

「普段甘いものあんまり食べないって聞いていたから……」

「わぁ、気をつかってくれたんだ。嬉しいな」


 胸がいっぱいになる。たった一言で、あの深夜の修行の全てが報われた気がした。

 目の前の沙織さんが微笑むたび、心臓の鼓動が少しずつ落ち着くのを感じる。



 沙織さんは、僕が作った生チョコを頬張りながら、真剣な顔で言った。

「太輝くん、本当に頑張ったんだね」

「う、うん……焦がしたけど、頑張ったよ!」

「焦げたのも味のうちかもね」


 その言葉に、思わず笑みがこぼれる。

――ああ、もう、何て優しいんだ。

 笑いながらも、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 努力を認めてもらえたことの喜びと、沙織さんとの距離がぐっと近づいた感覚。

 甘さと苦さが入り混じるこの瞬間――これこそが、恋の味なのかもしれない。


「今度、一緒に作らない? 私も最近スイーツ作りに興味あって」

 その言葉に、驚きと同時に、心の中に小さな光が差し込む。

 話を聞いてみると、沙織さんは、甘いものを我慢していたけど、自分でも作ってみたかったと言っていた。


 砂糖の甘さよりも、心が温まるようなやり取り。

 二人の笑顔が交錯するたび、昼の光が窓から差し込み、沙織さんの笑顔を優しく照らす。

 その光は、僕の心も少しずつ溶かしていくようだった。


――やったな、俺

 心の中で小さくつぶやき、拳を握りしめる。

「……じゃあ、一緒に作ろうな」

「うん、楽しみ!」



 以前見かけた彼女の顔とはまた違う、自然な笑顔。

 柔らかく、無防備で、そして僕にだけ見せてくれる特別な表情。

 昨日の深夜、焦げたチョコと戦った経験が、まるで報われる瞬間だ。


 啓介も、遠くで微笑んでいる。

 彼にとっても、僕の告白は「焦げ生チョコ事件」と並ぶ一大イベントだったのだろう。

 目が合った瞬間、わずかにうなずかれ、心の中で「ありがとう」とつぶやいた。


 窓の光が、彼女の笑顔と重なり、部屋中が柔らかく満たされる。

 昼食のざわめきが、二人だけの静かな時間に変わったように感じる。

 甘くて少し苦い、初めての恋の告白スイーツ――その味は、ただのチョコレートの味ではなく、二人の心が重なった証の味だった。


 包み紙の中の生チョコは、これからも二人の小さな勇気と努力の象徴だ。

 焦げても、粉まみれになっても、二人で笑い合える。

 そう思うと、胸の奥に柔らかい暖かさが広がっていく。


 甘くて、少し苦い、初めてのスイーツと同じように――この瞬間は、永遠に忘れられない、特別な時間として心に刻まれるのだった。




エピローグ「隠し味」


 昼の食堂は、いつも通りのざわめきに包まれていた。

 窓際の席に座る啓介は、箸を手に取りながらも、目だけは太輝のテーブルに向けていた。

 周囲の学生たちの笑い声や、トレーのぶつかる音が混ざり合う中、啓介の視線は静かに一点を見据えていた。

 太輝が恥ずかしそうにチョコを差し出し、沙織さんの笑顔を受け取る――その一部始終を、彼は静かに見守っていた。


「……おお、これは成功なのか……?」

 心の中でつぶやく。

 太輝が差し出したチョコを見て、沙織さんの表情が少し柔らかくなるのを確認する。

 実際、啓介自身に告白イベントの面白みはよく判らない。

 胸が高鳴ることも、胸が温かくなることもない。

 だが、太輝の必死の努力が、目に見える形で結果を出した。

――少なくとも、プロセスとしては興味深い。

 努力と行動は、必ずしも結果に直結するわけではない。

 それでも、ここには確かに、太輝の手がけたものが現実として成立している瞬間があった。


 昼食を終えた啓介は、自宅に帰ると、手慣れた動作でスマホを取り出した。

 検索バーに指を滑らせ、「恋愛 成功 方法」と打ち込む。

 表示された文章を、眉をひそめながらも真面目に読んでいく。


――必要な物は、強い気持ちやエネルギーです。そのプランには、アレンジや工夫が必要です。

――相手を喜ばせたいという表現です。相手の好きな物を把握して、丁寧に準備をすることが大切になります。

――努力を惜しまず、時間を掛けることが大事です。

――相手が喜んでくれることが、最高の喜びであり、次も大切にしようという気持ちになります。

――満足度は、相手の好みに依存します。また、相手との相性やその時の状況などで変わってきます。


 啓介は画面をじっと見つめ、首をかしげる。

 文字を追う目は真剣そのものだ。


「……なんだ、料理と変わりないじゃん」

 思わず、独り言が口をつく。


 正直、太輝の告白をみて、恋愛の工程は料理よりもずっと複雑だと感じた。

 料理なら、材料の量も、火加減も、手順も明確に決まっている。

 だが、恋愛にはレシピも計量もない。

 感情の火加減を間違えれば、簡単に焦げるかもしれないし、味が合わなければすぐに落胆してしまう。

――だが、今の検索結果は、太輝の努力をそのまま肯定している。

 料理のスキルは絶望的だったが……


 啓介は、深く息をつき、机の上に置かれたタルト生地を手に取る。

 明日の仕込み用に整えられた冷蔵庫の中の材料たち。

 バターの香り、粉のほのかな甘さ、果物の瑞々しい匂いが、静かに彼の周囲を満たす。

 オーブンを温めながら、軽く笑った。


「それなら、これからも料理を頑張ろうかな」


 心の中で小さく呟く声に、日常の静けさが溶け込む。

 恋の喜びを目の当たりにした啓介は、特別な気持ちを抱くわけではない。


「太輝は、頑張ったんだな……」

 独り言はさらに小さくなる。

 彼の目は、昨日の太輝の焦った表情や、散らかった台所を思い出す。

 焦げたチョコ、粉まみれの指、そして、最後に見せた誇らしげな笑顔。

 それらの光景が鮮明に心に浮かぶ。


 今日も啓介は、いつも通り自分のやるべきことを、ただ淡々とこなす。

 それでも、心の片隅でじんわりと温かく残っているのを感じていた。


 オーブンの予熱が終わる頃、啓介は型にそっと生地を入れる。

 平らに整えながら、彼の指先は無意識に力を込めていた。


 最後に、彼はキッチンの片付けを始める。

 焦げた鍋はない。

 散らかった粉もない。

 ただ、静かに並んだ道具と、明日のために準備された材料があるだけだ。

 その光景に、啓介は満足げにうなずく。


「さて……明日も頑張ろうか」

 そうつぶやき、静かに立ち上がる。

 窓の外に広がる街並み、家々の灯りがぽつぽつと輝いていた。

本編は続きます。

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