千春とパエリア4 その夜、語られたイチゴ
できるだけソフトに書きましたが、内容が刺激的です。R15自主規制をしておりますのでご理解ください。
少し大人の雰囲気があるため、恋愛感情に敏感な読者の皆様はご注意を。
(千春のとったとんでもないアプローチの話です。それさえわかれば飛ばしても大丈夫)
啓介の天然っぷりが炸裂します。
私は、彼との時間が欲しかった。
私は、彼との生活が欲しかった。
私は、彼との家族が欲しかった。
そんな思いの中、
啓介の二の腕に触れた瞬間、一緒になりたいという思いが胸の中で一段と強くなった。
「私、啓介と付き合いたいとずっと思ってた」
「食事とか買い物に付き合ったりしてるじゃないですか、今度は何をしましょうか?なんでも言って下さい。」
「そうじゃないの、男と女として付き合いたい。ずっと一緒にいたいと思っているのよ」
「それは、どういう…」
私の中で何かがはじけた。
この人と一緒になるためには、これしかない、そんな思いが私の中を埋め尽くした。
体を寄せると、彼は後ずさった。そして後ろのベッドに背中から倒れ込み、私はためらいながらも、そっと体を近づけた。距離が縮まるたび、胸の奥で鼓動が跳ねた。
私の肺を満たしていたのは、安心させる彼の匂いだった。
彼からじんわり伝わってくるのは、少し高めの温もりだった。
いつもの柔らかな物腰とは裏腹に、がっしりとしていて力強かった。
でも怖くはない――不思議と安心できた。
そして
そして
…彼の顔が、近い。
「あなたと分かち合いたい…」
ゴクリと唾を飲み込み、私はそのまま唇を近づけた。
唇に触れた瞬間、彼は一瞬だけ緊張したが、すぐに脱力し、為すがままとなった。
私を拒絶するつもりはない――そう言う確信があった。
時間にして数秒だっただろう。でも私にはそれが数時間にも感じられた。
唇の柔らかさ、暖かさ、それから、それから、彼の全てをずっと感じたい――その思いは確かだった。
彼は、そんな私を受け入れてくれたのだ、そう言う確信があった。
唇を離しても彼は動かなかった。私は彼から、柔らかい笑顔を読み取っていた。
彼は、今とてもしあわせな気持ちでいるのだろう、そう言う確信があった。
「二人の初めての口づけはどうだった?」
彼はしばらく黙っていたが、小さく自分の唇を舐めるのが見えた。
それは、それは、とても甘美な仕草で、私の思いが伝わった、そう言う確信があった。
「うん、これめっちゃ美味しいです」
料理の好きな彼らしい答えだった。
もう彼との甘い未来は約束されたも同然だ。そう言う確信があった。
…………
…………
…………
「とっても美味しいイチゴですね。甘さも香りもすごくいいです。…シャンパンとの相性も最高ですね。お互いの香りと味を高めている。…あ、こういう味わい方は初めてなんで、ちょっと戸惑っちゃいましたけど、うん、これめっちゃ美味しいです」
…………
…………
…………
………えっ?……どういうこと?……この人は………なにを………言って………いるんだ???
………何かの、たとえ話のようなものか? 私がイチゴで、彼がシャンパンとか???
…………
…………
…………
しばしの思考の後、私が直前まで口にしていた、イチゴとシャンパンのことを言っているのだと気付いた。
…………
…………
…………
んっ、私との口づけの感想は???
どういうこと???
二人にとって初めてのキスなのに、感想はイチゴとシャンパンの方???
私は、食事以下の存在なの!!?
…………
…………
…………
いろんな思いがあふれてくるが、どれもこれも思い描いていたものとは正反対だ。
口づけは美味しかったと言ったが、私に対してではなく、私がさっき食べたイチゴに対してだ。
…………
…………
…………
啓介の反応は、私の予想とはまったく違った。
喜んだり、慌てたり、動揺したりすることもなく、あまりにもいつも通りで、何事もなかったかのように、私のことなど無関心なのかもしれないと感じてしまう態度。
これまでの優しさや笑顔と同じでも、私は今まで感じた事のない絶望的な距離感を、啓介から感じていた。
そして私は、一つの結論に達した。
つまり、啓介は私のことを、女性としては見ていない。
甘いのは私の未来ではなく、私の認識だったのだ。
愕然とした結論が、頭の中を、胸の内を埋め尽くした。
私はその場で立ちすくみ、息をつくこともできず、ただ唖然とするしかなかった。
――そうか、ただ勘違いしていただけなんだ。
啓介から感じていた温かさは、恋人としての感情とは、まったく別のものだったのだ。
彼にとっては当然の考えと行動なのだろう。
料理に例えるのも、何でも食に結びつけて考えるのも、昔からの彼らしさだった。
そこを「彼らしい愛情表現なのかもしれない」と思いたかった。
けれど、その希望はすぐに霧散した。
私の胸を満たしていた「色鮮やかに咲き誇る薔薇の世界」は幻。すべて私の思い込みだったのだ。
私は、自分の心が一気に色を失っていくのを感じた。
それは決して彼を嫌う気持ちではなく、むしろ諦めきれない思いが、色彩を失って灰色に沈んでいくような感覚だった。
まるで、永遠だと信じていた花びらの色が少しずつ褪せ、やがて土に還るように、静かに、しかし確かに私の世界を枯らしていった。
心臓の奥で、小さな喪失感が押し寄せる。
私が抱いていた恋心は、完全に一方通行だった。
こうして私は、自分の感情が、あまりに純粋で、あまりに重く、そして空回りしていたことを、初めて知った。
現実の彼は、何も変わらず、優しく微笑むだけで、私の心の激しい波には気づきもしない。
――それだけなのに、胸の奥にぽつんと落ちた孤独と悔しさが、薔薇の小さな棘のように刺さり痛みとなっていった。
心の中で幻想の花びらがひとひらと、またひとひらと色を失いながら散るのを、ただ眺めるしかなく全く動くことができなかった。
私がうごけないでいると、彼は台所にあるフライパンに目が向いていた。
「……あれ? これ、僕のフライパン?」
手に取ると、表面はピカピカに磨かれている。
啓介の眉が軽くひそめられた。
「……すすぎだけでよかったのに、なんでこんなになっているんですか」
落胆と少しの苛立ちが混ざった声に、私は思わず息を飲む。
私は心の中で焦りながらも、彼への恋心はすでに冷めている。
焦がしてしまったのを謝りたい気持ちはあるものの、素直には言えない。
むしろ、なぜ怒るのかが理解できず、逆に声を荒げた。
「ちゃんとキレイにしたのに! 何でそれで怒るの?」
啓介は困惑の表情を浮かべ、深くため息をつく。
「だめなんですよ、こんなになにしちゃ。このフライパンは、すすぎだけで十分だったんですよ。そうしたら自分でお手入れできたんです」
言葉は柔らかいが、確固たる意思を含んでいる。
言い争いは次第に熱を帯び、二人の間に微妙な距離が生まれる。
私は「どうして理解してもらえない」と思い、啓介は「譲れない」と言う。
結局、啓介はフライパンを手に取り、静かに立ち上がった。
「じゃあ、持ち帰りますね。」
私はその背中を見送りながら、胸の奥で複雑な感情を抱える。
確かに、啓介はお湯ですすいでくれればいいといっていた。焦がしてしまって丁寧に洗ったのは私だ。
でも綺麗にしたのに、怒られるのも納得いかない。
彼に謝るべきか、怒るべきか、わからないまま、私だけが部屋に残った。
キッチンに漂う香りも、シャンパンの余韻も、彼の温かさも、今は遠い思い出のように感じられた。
場違いなので、以下は読まないでも良いです。(でも書かずにはいられない……)
「R15だから、イチゴ……ではないですよ」
口にしてから、自分でもその言葉の滑稽さに頬が熱くなる。
冗談のつもりだった。けれど、声に出した瞬間、空気の温度がわずかに変わった気がした。
軽く笑ってごまかす。
笑いの音が、部屋の壁に柔らかくぶつかって、静かに消えていく。
その余韻のなかで、恥ずかしさという名の光が胸の奥で小さく揺れた。
──イチゴ。
その語感の甘さと、無邪気な響き。
幼い頃に知っていた純粋な甘味と、大人になってから感じる照れくささが、ひとつの果実の中で混ざり合う。
「……自分で言ってて恥ずかしいです」
視線を落とすと、赤い果実のような頬がぼんやりと浮かんでいた。




