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教室のスイートポテト

午後の日差しは、窓ガラスを通して柔らかく教室に差し込み、机や床に長く淡い影を落としていた。カーテンの隙間から漏れる光は、ほのかに温かく、ほこりをきらめかせながら、空気の揺れを静かに映し出す。太輝は教室の隅の席に腰を下ろし、窓際でひときわ目立つ啓介の様子を眺めていた。


啓介は紙袋を静かに机に置き、中から香ばしい香りのするミニスイートポテトを取り出している。

スイートポテトは、焼き色のついた表面がほんのり黄金色に輝き、ところどころに香ばしい焦げ目がついていた。小さな楕円形の形は手作り感にあふれ、指先で触れるとほのかに温かく、しっとりとした感触が伝わってくる。表面にうっすら光るバターの艶は、まるで柔らかな朝日を受けた小さな丘のようで、見るだけで甘い幸福感が胸に広がる。


「太輝、見てくれ。今日のスイートポテト、少しだけクリームチーズを混ぜてみたんだ」


啓介は周囲の目など気にせず、ひとつひとつ丁寧に同級生へ手渡していった。その動作は、まるで地域の子どもたちにお菓子を分ける世話好きなおばちゃんのようで、渡すたびに「あ、これマジで美味しいから!ほら、一個どう?」と小さな声を添える。少しお節介だけれど、受け取る側が嬉しくなる気配を、彼はいつも先に感じ取っているようだった。


声は穏やかで落ち着いており、小野にも笑顔で一つ差し出す。

「ほら、小野も一つどうだい」

「ありがとう……でも、甘いの苦手で」

小野が戸惑うと、啓介は眉をひそめることもなく軽く笑い、肩をすくめる。

「えー、もったいないな! 食べてみなきゃわかんないだろ、ほらほら、ちょっとだけでも!」


彼は、相手の喜びを先取りしようとする傾向があり、楽しんでもらいたいという純粋な気持ちだけで動いている。遠慮のなさは温かみを帯びる一方で、時に押しの強さとして受け止められることもあった。


「……また、あの人は何考えてるのか全然わからない」

一方で、紗良は教室の隅で少し距離を置きながら、内心で苛立ちを募らせていた。啓介の目立つ行動は、やはりしゃくに障る。あの無邪気さと押しの強さに、思わず舌打ちをしたくなる瞬間さえある。


けれど、太輝や小野が笑顔で食べている様子を見れば、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。スマホを握りしめた手に力がこもり、視線を逸らすように画面をスクロールした。


そんな様子に気付いた太輝は苦笑しながら、手元のスイートポテトを見つめる。温かい香りが鼻先をくすぐり、口に入れるとしっとりとした甘さが広がった。

(迷惑がるヤツがいても当然か。でも悪気ないんだよな……。本人は自慢したいわけじゃなくて、ただ誰かが笑顔になる瞬間を楽しみたいだけなんだ)


教室には小さな笑い声が広がり、スイーツを受け取った同級生たちが楽しそうに話している。その輪を眺めながら、啓介はただにこりと微笑む。まるで、食べたときの小さな驚きや笑顔こそが、ご褒美であり目的のように。



やがて先生が入ってくると、啓介は袋を片付けながら、太輝や小野、他の同級生たちにさりげなく声をかける。

「ありがとう。みんな喜んでくれて、今日は楽しかったよ」

啓介がそう言うと、先生もつい顔をほころばせ、口元に小さな笑みを浮かべた。ちらりと机の上のスイートポテトに目をやる仕草が、なんとなく心惹かれていることを物語っていた。


啓介は今日も、自分の楽しみをみんなに分け合っている。その姿は、無邪気さを通じて周囲に穏やかな温かさを広げていた。太輝は小さく息を吐き、自然と笑みを返す。迷惑がられることもあるけれど、啓介の静かな熱意と純粋さに触れると、安心感すら覚えるのだった。


啓介の無邪気さは午後の光のように、柔らかく教室に広がっていた。





後日談


翌日の放課後、教室の窓際にはまだ昨日の甘い香りが残っているような気がした。

太輝は鞄を机にかけながら、ふと窓の外を見る。秋の光は昨日と同じように柔らかいのに、心の中に残る余韻が微妙に違っていた。


――あのスイートポテト。

みんなで笑い合って食べた時間は、ほんの十数分だったはずなのに、不思議と記憶に鮮やかに焼き付いている。


啓介はというと、もう次の試作品を考えているらしく、ノートにレシピのような落書きを並べていた。

「今度はリンゴを少し煮詰めて入れてみようかな。酸味と甘みのバランスって、大事だと思うんだ」

ひとり言のように語る声は真剣そのもので、傍から見ればまるで小さな研究者のようだった。


その様子に小野が苦笑し、

「……お前、将来は菓子職人になるんじゃないか?」

とぼそりと呟くと、啓介は目を輝かせて首を横に振った。

「いやいや、ただのみんなのおやつ係だよ」


そのとき、廊下から先生の声が響いた。

「昨日のお菓子、まだ余ってたりしない?」

思わず啓介が顔を上げ、照れたように笑う。

「残念ながら完売です! でもまた作ってきますね」


教室に小さな笑いが広がった瞬間、太輝は気付く。

――この空気を作っているのは、やっぱり啓介だ。


温かい光は一瞬のものかもしれない。けれど、誰かの心に残れば、それは次の日にも続いていく。

太輝は窓の外に目をやり、秋空を仰いだ。

昨日よりも少しだけ澄んで見えるのは、自分の気持ちのせいだろう。

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