千春とモンブラン6
その夜は、モンブランの甘みとワインの余韻を感じながら、二人は新しい事業について話し続けた。
具体的な細かい事ではなく、ただ可能性を想像しながら、アイデアを交換するだけでも十分だった。
「えっと、今のアイデア、もう少し詳しく聞かせてください。順番に話してもらえますか?」
啓介は真剣そのものだが、順序にこだわりすぎて少し不器用に見えることもある。
千春はそれも含めて、彼の魅力なのだとわかっていた。
気づけば時計の針が深夜に差し掛かっていた。千春はため息をつき、肩を緩める。
「そろそろ……寝ないとね」
長い一日の終わり、ほっとひと息つく瞬間だった。
啓介は静かに頷き、ベッドの端を指さした。
「千春さん、ベッド使ってください。僕はリビングで寝袋を敷きますから」
淡々とした言葉に、不思議と安心感が広がる。
彼の穏やかな気遣いは特別な演出ではなく、日常の延長として自然に存在している。それが千春には居心地のよさとして感じられた。
普通なら、恋人でもない大人の女性が、男子大学生の部屋に泊まるなど考えられないことだろう。しかし、千春にはわかっていた――啓介は変なことは絶対にしない。
彼は恋愛や異性に興味がなく、女性としてどう扱うかなど、頭にないのだ。
何度か、こうして泊まったこともある。仕事で遅くなった夜、アイデアを温める夜、あるいはただ気持ちを落ち着けたい夜。
そのたび、啓介は変わらず穏やかで、彼女の存在を特別視することもなく、でも無意識に安心感を与えてくれる。
千春は毛布にくるまりながら、静かに目を閉じる。
この安心感と、彼と共有した温かい時間が、胸の奥でじんわりと広がるのを感じながら。
リビングの寝袋からは、啓介の呼吸がかすかに聞こえていた。




