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千春とモンブラン4

モンブランを一口含んだ瞬間、舌に広がる栗の甘さとクルミの香ばしさに、千春の胸の奥がきゅっと熱くなった。

「……やっぱり、すごいわね。啓介くん。あの時も、これを食べて、救われたの」


視線を落としながら、ぽつりとこぼす。

「もう何も見えなくて、投げ出すしかないって思ってたのに……あなたが笑って“こういうのがあったら面白いのに”って言ってくれた。その言葉が、灯りみたいに胸に残ったの」


彼女の言葉に、啓介は肩をすくめ、静かに首を振った。

「たいしたことじゃないですよ。ただの思いつきでしたし」


その淡白な返事に、千春は苦笑を浮かべる。

(……本当に、昔から変わらないな)


モンブランとワインを挟んで向かい合う自分たちは、まるで恋人同士のようにも見えるかもしれない。けれど、啓介には“恋愛”という発想自体が存在しない。

かつて、勢いで気持ちを伝えたことがあった。けれど返ってきたのは、のれんに腕押し、糠に釘、豆腐にかすがい。何ひとつ揺るがず、彼はただ真面目に、自分らしくそこに立っているだけだった。


そんなことがあり、千春は悟ったのだ。彼を異性として追いかけても、答えは返ってこないのだと。

だから今は、弟のように接している。年月を超えても、不思議と噛み合う誠実さと素直さに触れながら。気負わないその距離感は、思いのほか居心地がよく、互いに良好な関係を築けるようになっていた。


千春はグラスを傾け、再び啓介に視線を戻す。彼は、夢中でモンブランについて講釈を垂れている最中だった。

「栗の渋皮煮は甘さを抑えて、クルミの苦みを引き立てるようにすると、ワインと合わせたときにちょうどよくなるんです。市販のものだと、どうしても甘さが勝っちゃうんですよね」


啓介は話すのが止まらず、千春は微笑みながら「そこまで詳しく説明しなくても大丈夫よ」と小さく口を挟む。

昔から彼は周りの様子をあまり気にせず、話に夢中になる癖があるのだ。


その穏やかな声を、千春は静かに聞きながら、心の奥で小さく微笑んでいた。

――これでいいのだ、と。

恋人ではない、けれど特別な距離。秋の夜は、そんな二人をやさしく包み込んでいた。


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