千春とモンブラン3
回想シーン前半から続く
2年前の回想シーンの途中から始まります。
回想シーン前半は千春とモンブラン2です。
千春は気づいていた。
本当は、誰かに「大丈夫だ」と言ってほしくて、ここに来たのだと。
孤独に耐える強さなんて持ち合わせていない。
いままで必死に張ってきた心の鎧が、音を立てて剥がれていく。
その無防備さに気づいて、胸の奥がひりりと痛んだ。
――ああ、私はもう、この人を頼りにしているんだ。
それを認めた瞬間、少しだけ楽になったはずなのに、どうしようもなく切なかった。
寄りかかることが、弱さの証のように思えてしまうから。
けれど同時に、弱さを抱えたままでも、ここにいていいのだと囁かれているようでもあった。
俯いた千春の心の揺れなど知らぬまま、啓介はただいつもと変わらぬ調子で、モンブランの解説を続けている。
「上に散らしたクルミは、合わせる直前に軽くローストすると香ばしさが増すんですよ。手間はかかりますけど、そのぶん口に入れたときの香りが違ってくるんです」
彼にとってこれは日常の一コマに過ぎないのだろう。
その無邪気さが、千春には少し羨ましく、そしてひどく遠く感じられた。
そんな啓介が止まらないモンブラン談義の中で口にした何気ない一言――「自分の好きな物を、共感してもらえる人に届けられる仕組みがあったら面白いのに」――その発想が、今の事業の原点となったのだ。
現実のなかで疲弊しきっていた心に、ワインのほろ苦さにモンブランの温かい甘さが沁みて、自然と涙が流れてきたあの夜。
すべてはそこから始まった。
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テーブル越しに座る啓介は、あの時と同じ穏やかな顔で、グラスを持ち上げる。
「少し早いですけど……お誕生日、おめでとうございます」
千春はグラスを合わせ、その音が小さく響いた瞬間、胸に熱いものが広がった。
自分を救ったのは、この素朴なモンブランと、この青年の飾らぬ誠実さだったのだ――そう思うと、言葉にならない感情が静かに込み上げてくるのだった。




