千春とモンブラン1
十月の夕暮れは、思いのほか早く訪れる。
薄紫に沈んだ空を切り裂くように、冷たい風が通り抜け、街路樹の葉をかすかに揺らした。福山千春は、スーツの上から軽いコートを羽織り、足早に歩いていた。
商店街の角を曲がると、ふわりと漂ってきた甘い香りに、千春は一瞬だけ足を止める。焼き芋を売る屋台の軽トラック。煙突から立ちのぼる香ばしい匂いが、夕方の空気と混ざり合い、歩く人々の鼻をくすぐっていた。
鼻先に触れるその香りは、都会で過ごす忙しい日々の中でふと胸に差し込む、小さな郷愁のようだった。
彼女の姿は人混みの中でもよく目を引いた。背筋を伸ばし、細身ながら女性らしいしなやかさをまとったシルエット。暗めの茶髪は白い花を模した髪留めで一つにまとめられ、アンダーリムの眼鏡がその横顔に知的な鋭さを添えている。
その眼差しの奥には、仕事で積み重ねてきた自信と責任感の光が宿っていた。二年前に始めたスマホのサービスが思わぬ成功を呼び、今や大企業からの買収話も舞い込む身。世間の注目を浴びながらも、千春は常に先を見据え、歩みを止めない。
けれど今宵は、仕事から少しだけ離れる約束があった。
一週間後に迎える誕生日を前に、鈴木啓介――大学三年生の青年が、自分のアパートに招いてくれるという。
独創的な料理の腕前を持ち、穏やかで、恋愛にも生活にも欲を見せない不思議な青年。
千春にとっては年の離れた後輩のようであり、またどこか、油断ならぬ静けさをまとった存在でもある。
焼き芋の香りを背に、千春は再び歩き出した。
秋の風は冷たさを増し、しかしその胸の奥には、これから待つささやかな食卓の温もりを思い描く期待が、じんわりと広がっていた。




