美咲と松茸9
朝のやわらかな光がカーテンの隙間から差し込み、閉じたまぶたをそっと撫でる。
外からは「チュン、チュン」と雀のさえずりが聞こえ、静かな目覚めを告げていた。
いつもとは違う、でもなぜか心を落ち着かせてくれる匂いの中で、美咲はゆっくりと目を開け、まだぼんやりとした頭で伸びをした。
――あれ、ここ……?
枕や布団の肌触りが、目に映るカーテンや家具の感じが、いつもとは明らかに違っていた。窓やドア、壁、天井はいつもと変わりがないのに……。眠い頭をフル回転させて、慌てて思い返す。
昨晩は確か、自分の部屋で寝たはず……。
いや、でもあれは本当に自分の部屋だったのだろうか、酔いと眠気で意識がぼやけていたせいで、帰宅途中の記憶も飛んでいる。
松茸の香りと日本酒の残り香に包まれ、無意識に寝ぼけながらも寝室に移動してきて……。
そして――あの瞬間のことが鮮明に蘇った。
あっ、わかった。自分は鈴木さんの部屋でうたた寝してしまい、間取りが同じだから、寝ぼけて自分の部屋だと錯覚して、なんの迷いもなく鈴木さんの寝室に入ってしまったのだ。
「……やっぱり、鈴木さんの部屋だったんだ」
小さく呟き、思わず赤面する。
続けて寝ぼけて「鈴木さんがよかったな」なんて口走ったことまで思い出し、顔が熱くなる。
自分の服装や感覚から、寝ている間に啓介に触れられたり襲われたりしたわけではないとわかり、ひとまず安堵する。
でも、なぜか心の奥で、ほんの少し残念に思ってしまう自分もいる。
――なんでだろう……なんで残念なんて気持ちが出てくるの?
朝の光の中で、自分の状況に戸惑いながら、美咲は悶々としたままベッドから身を起こした。
そして静かなリビングに向かうと、啓介はいなかった。テーブルの上には一枚のメモ。
「用事ができたんで出てくるから、鍵は玄関のポストに入れておいてください」
静まり返った部屋に、松茸の香りだけがふわりと残っていた。美咲は深呼吸し、まだざわつく心を抱えながら、そっとメモに目を落とした。