太輝とミネストローネ1
夕方のキャンパスを出ると、太輝は背伸びを一つした。講義の疲れよりも、空腹が彼の足を自然と早めていた。財布の中身は心もとない。今日も昼はパンひとつで済ませたばかりだ。
「また啓介のご厄介になるか」
思わず口に出し、小さく笑う。友人の啓介は料理好きで、しかも惜しげもなくふるまってくれる。懐も胃袋も空っぽの太輝にとっては、まさに救世主のような存在だった。
通学路から少し外れた商店街を抜け、アパートのある住宅街に足を踏み入れる。夕暮れの光がアスファルトを赤く染め、近所の子供たちが鬼ごっこをしてはしゃいでいる声が遠くで響いていた。古びた八百屋の前を通ると、店先に並ぶトマトが夕日に照らされて鮮やかに光り、思わず足が止まる。
「……トマト、か」
トマトを見ると、どうしても啓介の顔が浮かぶ。どうせ今日も、トマトの品種だの旨味の違いだの、延々とうんちくを聞かされるのだろう。しかめっ面をしながらも、太輝の足はしっかりアパートの方へ向かっている。
なぜなら――うんちくはどうでもいいが、啓介の作る料理は独創性があふれているが絶対に外れがないからだ。
細い路地を抜け、錆びた階段のある二階建てアパートが見えてくる。外壁はところどころ色あせ、隙間からは草が伸びている。だが太輝にとっては、そこが安心できる「食堂」のような場所だった。
階段を上がりながら、彼は腹の虫をなだめるようにお腹をさする。
「……今日もきっと、なんか余計な話を聞かされるんだろうな」
そうぼやきつつも、口元には自然と笑みが浮かんでいた。