第73話 子供たちの行方
斎藤は夏美を連れて本部へ戻っていた。
しかし、子どもが車に乗った途端、涙を止める様子もなく、あやすだけで汗だくになっていた。
「ひくひく… 行きたくないよぉ…」
「し、落ち着きなさい、坊や… ご両親のところに戻るだけだから…」
斎藤は夏美をあやしながらも、子どもの様子を観察していた。
夏美は、見た目にも間違いなく阪神共和国の子どもだった。
どんなに別の次元で似た文化や言語圏から来たとしても、行動や口調に微妙な違いが出るものだが、この子はまぎれもなく阪神共和国で生まれた子だと思えた。
「あの女の言うことは正しいのだろうか… 自分の目にも…」
斎藤は、いまだに浅見を女性だと思い込んでいたため、彼女の言うことが正しいのではと一瞬考えたが、すぐに思い直した。
「そんなはずはない… ジャファル支部長が行ったことに間違いがあるはずがない。あの女が俺を騙しているんだ。」
ジャファルに完全に心を奪われていた斎藤は、彼女の言葉であればどんな疑いも抱かなかった。
疑いは一旦脇に置き、早く子どもをジャファルに引き渡すために本部へ急ぐことにした。
「ただいま戻りました、支部長。」
頬をわずかに赤くした斎藤は、ジャファルに帰還報告をした。
業務中のジャファルは、驚いた顔で斎藤を見ていた。
「もう戻ったのですか?早いですね。」
「この場所は私の故郷でもありますので、裏路地まで熟知しています。お任せください。」
「頼もしいですね。今後の次元接続者の捜索でも、大いに活躍を期待しています。」
「ありがとうございます。」
斎藤のしっかりとした返答に、ジャファルは満足そうな笑みを浮かべ、インターフォンを押して人を呼んだ。
「中に入ってください。」
「承知しました、支部長!」
ジャファルの呼びかけに応じて、日焼けした肌に全身が筋肉で覆われた東洋人の男性が入ってきた。
「呼ばれましたか、支部長。」
「よく来ました、金仁桓隊員。」
「キ、金仁桓だと?!!」
男性を金仁桓と呼ぶジャファルの言葉に、斎藤はあまりの驚きで大声を上げてしまい、二人も驚いて斎藤を見つめた。
先輩たちの前で大声を出す失態に、斎藤は顔を真っ赤にした。
「せ、先ほどは失礼しました… 申し訳ありません。」
「謝ることはありません… それより、金仁桓隊員をご存知ですか?」
「知っているのが当然でしょう!! これまで反乱鎮圧26回、無断次元移動者逮捕89件、今年の隊員に8回連続選出!!まさに隊員たちの間で伝説的存在ですよ!」
まるで憧れのスーパースターに出会ったかのように、目を輝かせて金仁桓の経歴を説明していた。
「はははは!!!」
金仁桓の笑い声に、斎藤は自分がまた失敗したことに気付き、すぐに謝った。
「す、すみません、金隊員!」
若い隊員が恥ずかしそうに顔を赤くしている様子に、ジャファルと金仁桓は楽しそうに微笑んでいた。
「ははは!謝ることはない、斎藤隊員。私を好意的に見てくれてありがとうな。」
「ふふっ!男たちがヒーローを好きだということは知っていましたが、こんなに興奮するとは思いませんでした。」
斎藤は照れて頭をかきながら苦笑した。
「さて!楽しい話は後の飲み会でしましょう。金仁桓隊員を呼んだ理由は、この脱走少女を連れて行けということです。」
夏美を連れて行けと言われ、金仁桓は驚きの表情を浮かべた。
「脱走少女ですって?どうしてこんなに早く… まさか斎藤君が逮捕してきたのか?」
「そ、そうです!」
「今朝来たばかりで当日中に逮捕するとは。未来が最も期待される隊員というのは本当だな。素晴らしい。」
斎藤は憧れの隊員に認められ、天にも昇る気分になった。
「光栄です!もっと頑張ります!」
「ははは!期待してるぞ。」
金仁桓は斎藤の肩を叩き励まし、夏美を連れて行こうとした。
「いやぁ… 行きたくないもん…」
うっとりしていた斎藤は、夏美の声を聞いてハッと我に返った。
泣きながら拒む夏美の姿を見て、再び疑念が心に浮かんだ。
「しかし、支部長。」
「ん?どうしたのですか、斎藤隊員。」
「子どもを発見した場所で聞いたところ… この子は別次元から不法移動してきた子ではなく、ここ999番地球の子だそうです…」
「え?そんなはずはありません。すでにこの子の両親も逮捕され、418番地球から来たと自白しています。」
「そ、そうですか…」
浅見に騙されたことに気付いた斎藤は、自分が恥ずかしくて顔を上げられなかった。
「隊員が虚偽情報に踊らされるとは… 何とも言えませんね。」
「ほほ!まだ経験が不足しているのです。同じ失敗を繰り返さないことが一流と二流の違いです。」
「肝に銘じます。」
一流かどうかは、同じ失敗を繰り返さない点に差が出る。
斎藤はこの言葉を胸に深く刻むことにした。
「では中に入って休みなさい、宿舎を用意してお…!」
「あ!エドシは私の本家があるので、そこから通勤します。」
「そうですか?では追跡部隊が到着次第、私たちも出発します。その前までご家族と良い時間を過ごしてください。」
「ありがとうございます!」
優しく配慮に溢れる上司・ジャファルを見て、斎藤もこういう素敵な上司になろうと決意した。
*****
退勤した斎藤は、自分が生まれ育った本家を無表情で見つめていた。
隊員になる決心をして故郷を離れ、1番地球に定住し、ここに戻ってきたのはほぼ3年ぶりだったが、故郷の家に戻った喜びはどこにも感じられなかった。
ジャファルは久しぶりの帰郷なので「家族と楽しい夕食をとるように」と特別ボーナスをくれたが、そのお金は斎藤の財布にそのまま入っていた。
理由は…
「ただいま。」
帰ってきたと言っても、返事はなかった。
家は誰もいないかのように静まり返っていた。
斎藤はすぐに仏壇のある部屋へ行き、位牌に線香を立てて合掌した。
そこには斎藤の両親の位牌があった。
「ただいま、父さん… 母さん。」
両親が事故で亡くなり、一人で生きてきた斎藤は、この静けさと孤独が嫌で、本家を離れ二度と戻らないと決めたこともあった。
しかし運命の悪戯か、連盟の決定で999番地球に戻ることになってしまった。
支部本部の宿舎で過ごすことも考えたが、やはり両親の位牌に挨拶をしなければと思い、戻ってきたのだった。
「さて!食事の前にでも掃除でも…」
久しぶりに帰ってきたら、家のあちこちが埃だらけだったので、サイトウは掃除をしようと席を立ちかけたその時――
ドン!!
玄関のほうから何かが壊れる音が聞こえてきて、思わず驚いてしまった。
ヤクザや犯罪者がはびこるとはいえ、ある程度治安の安定した江戸で、しかも自分の家でこんなことが起きるとは、斎藤の普段の冷静さはどこへやら、呆然とした顔になった。
「な、何だ…?」
斎藤はすぐに玄関へ駆けつけた。
「夏美はどこだ、この野郎!」
浅見 薫が金剛のような威圧感で玄関前に堂々と立っていた。
「あ、さっき診療所で見かけたあの方?!一体何ですか?!なぜ人の家に…うっ!」
「夏美はどこだ、この野郎!!!」
稲妻のごとく飛んできた浅見の蹴りが腹部に入り、斎藤の体はくの字に折れ、倒れてしまった。
「踏みつぶす前に早く言わないのか!!」
「く、くっ…!」
腹を蹴られて言葉が出ないのに、言わないからと怒られる斎藤は理不尽さに死にそうだった。
「おい!!やめろ!!この野郎、ほんとに気性が稲妻みたいだな。」
今度は自分の家に次元接続者である都賢秀が現れ、浅見を止めようとしていたため、斎藤は驚いたが、息が詰まって言葉は出なかった。
「離せ!この野郎、殺すぞ!!」
「やめろ…小さいくせに力が強すぎるぞ!とにかくやめろ、まず話を聞かないと。」
浅見が斎藤を踏みつけて殺そうと暴れていたため、都賢秀と子龍は必死に止め、汗だくになっていた。
どうにか浅見を押しのけ、都賢秀は斎藤と話を始めた。
「ゴホッ、ゴホッ!で、でも次元接続者…ここにいたのか…足元が暗かったな…ゴホッ!」
「俺の位置が重要なのではなく…夏美はどこだ?まだ無事か?」
「無事って…それなら連盟が子どもを殺すというのか…!!」
「この野郎、ほんとに死ぬつもりか!!早く言え!!」
浅見が再び暴走し、子龍が急いで止めなければならなかった。
「お、お互い円滑に話し合うためにも、少し落ち着いたほうがいいでしょう、 浅見殿。」
「離せ、デカブツ!こういうクソ野郎は殺さなきゃ口を割らないんだよ!!」
「人間は死んだら喋れません。」
結局、子龍は浅見を抱え上げて部屋の外へ出す必要があった。
浅見の威嚇にすっかり縮こまっていた 斎藤は、 浅見がいなくなると、まるで何事もなかったかのようにすぼめていた肩を伸ばし、きちんと座り直した。
「 浅見はもう出て行ったんだから、そんなにビクビクする必要はないんだ。」
「だ、誰がビクビクしたっていうんだ、無礼者!あの娘は一体どうしてあんなに興奮していたんだ?」
「夏美が心配だからだよ。他に理由があるか?」
「夏美というのは、俺が診療所で連れ出した少女のことだよな?まさか俺たちがそんな幼い子をどうすると、そんなに心配しているのか?」
理解できずにいる斎藤を、都賢秀は哀れそうに見てため息をついた。
「君も別の地球を回っていて、事情を知らなかったのだな。」
「…何のことだ?」
「最近、子どもたちが行方不明になっているのは知っているだろう?」
「それくらいは知っている。それが何だ…!!」
「その子たちは江戸湾の前海で遺体として発見されることが続いているんだ。」
「な、なんだと?!」
斎藤は都賢秀の言うことを信じられず、反論した。
「そんな話は聞いたことがない!どこで嘘をついているんだ!」
「情報は統制されていたそうだ…警察によってね。」
斎藤は信じがたい話だったが、それより重要なことは…
「いいか、拉致されていた子どもたちが、連盟と何の関係があるっていうんだ?」
「…遺体で発見された子どもたちは、連盟が不法移民として連れて行った子たちだそうだ。」
「な、何だって?!」
斎藤は自分が所属する組織がそんなことをしているとは、どうしても信じられなかった。
「信じられない… その情報はどこから得たんだ?」
「裏社会の情報屋からだ。」
裏社会の情報屋なら、捜査官である斎藤でも無関係ではなかった。
金をもらって情報を売るためなら、どんな手段も惜しまないが、信頼できない情報は商売に致命的なため、決して売らない人物もいる。
そんな者から得た情報なら…間違いないと考えるべきだった。
しかし、それでも斎藤は信じられなかった。
「信じられない…連盟がなぜ幼い子どもを…」
「我々も間違った情報を望んでいるわけではない!だから確認するために調べるのだ。…不法移民は皆どこへ送られるのか?」
連盟の重要情報を持つ都賢秀に伝えるべきか迷ったが、心の奥で、先ほどからの疑念が再び浮かんできた。
「江戸湾の6番埠頭に、不法移民を集めた施設がある。そこへ連れて行かれたはずだ。」
位置を確認した都賢秀は、すぐに捜索へ向かう準備を始めた。
斎藤は、自分の人生の目的である連盟がそんなことをするはずがないと信じたかった。しかし、すべての状況が…
斎藤は出発する都賢秀を見つめながら、葛藤を続けていた。
その時、外に出ていた 浅見が再び中へ入ってきて、 斎藤は驚いてソファの後ろに隠れてしまった。
「な、なぜまた来たんですか?」
斎藤がどうしてまた来たのかと抗議したが、 浅見は気にする様子もなく封筒を一つ差し出した。
斎藤は何を渡されたのかと思い、中を開けてみると、封筒の中には打撲に塗る軟膏が入っていた。
「ちゃんと塗れ!」
そう言って、 浅見は去っていった。
病気を作って薬を与えるあの娘はいったい何者なのかと、 斎藤は呆れた顔で見送っていた。
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