第72話 夏美が経験しなければならなかった事
「新薬の実験だって? 生体実験ってことか?」
「そう見ていいだろうね。」
浅見の答えに、都賢秀と子龍、レトムは言葉を失い、ぼうっとした表情で立ち尽くした。
〈そんな恐ろしいことが起きているなんて…999番地球で子供を対象にした臨床実験は違法のはずなのに…〉
「俺が知る限りでもそうだ…一体何が起きているんだ…」
「やっぱり警察を呼ばなきゃだめだな…」
「警察だと…?」
浅見はその言葉を聞くと突然表情を硬くした。
「俺たちは警察には行けない。だからお前が行って通報してくれ…」
「警察はダメだ。」
都賢秀の言葉を遮りながら、警察はダメだと言い放つ浅見の言葉に、皆は戸惑いの表情を浮かべた。
「警察がダメって…なぜ?」
「お前はおかしいと思わないか? もう5年間で150人もの子供たちが消えているのに、警察の捜査は一向に進んでいない。これは単に警察が無能だからだと思うか?」
「…つまり警察がグルだってことか?」
「分からない…でも昔、似たようなことがあったんだ。」
過去に何かあったのか、浅見は警察を信用していないようだった。
「…夏美は何て言ってる?」
「ただ学校から帰る途中に連れ去られたってだけ。目隠しされてどこに連れて行かれたか分からないって。」
「連れて行かれた先で何があったかは言わないのか?」
「怖がって何も言わない…今は眠っている。」
何も情報を得られず残念だが、あんな小さな子が体験したことを思い出すのは相当怖いだろうと考えた。
「…やっぱり直接調査に行くしかないな。」
「それがいい。じゃあ行って調べてこい。」
都賢秀は何気なく聞いていたが、浅見に「お前が行け」と言われて慌てて顔を向けた。
「…なぜ俺が行くんだ?」
「じゃあ誰が行く?」
「お前が行けよ。俺は指名手配中だ。」
「俺が出かけたら夏美の治療はお前がやるのか?」
夏美は変な薬を飲んで軽い中毒症状が出ているため、解毒剤を打って経過観察をしなければならなかった。
「…くそ、わかったよ。俺が行ってくる。だがこの広い街でどこを調べればいいんだ?」
江戸市という人口2千万人を超える超巨大都市らしいが、こんなところで情報を探すには1ヶ月以上かかるだろうと思った。
「心配するな。お前が今日行った8番街に情報屋がいる。」
「情報屋?」
「そう。この街の全ての情報を握っている人物だ。値段は高いが、欲しい情報を正確に教えてくれる。」
情報屋がいるなら話は別だ。
「じゃあ情報を持って帰るから、しっかり面倒を見ておけよ。」
都賢秀と子龍は情報を得るため再び外出した。
浅見は夏美の状態をもう一度診るため診療室へ向かった。
*****
都賢秀の帰りを待ちながら、いつも通り怪我人を手当てして時間を過ごしていた浅見のところに、誰かが診療所に入ってきた。新しい患者か、都賢秀たちかと思ったが…
「お偉い連盟の皆さんがなぜここに?治療が必要なのか?」
診療所に押し入ってきたのは、斎藤 蘭と999番地支部の連盟要員たちだった。
「治療のためではありません。通報を受けて来ました。」
「通報?」
「はい。ここに不法滞在者が逃げ込んだという通報がありました。」
斎藤は不法滞在者が逃げ込んだと言うが、浅見はあまり驚かなかった。
阪神国は経済が非常に良いため、他国から金儲けに来る不法入国者が多く、そういう人たちは合法的に治療を受けられず、この場所で治療を受ける途中で捕まることも多かった。
しかし奇妙なことに…
「でも移民取締局じゃなくて、なぜ連盟が不法移民を探しているんだ?」
「我々が探しているのは、999番地内の不法入国者ではなく、不法に次元を越えてきた者たちだからです。」
「は?」
浅見は自分の診療所で治療を受けている患者たちを見回した。
ヤクザ、ハングレ、浮浪者、アルコールや薬物中毒者など様々な人間がいたが、今日は外国人はいなくて全員阪神共和国の人々だった。
なのに他の次元から来た人だと?浅見には理解できなかった。
「それはどういうことだ?ここには阪神共和国の人間しかいないのに?」
「そんなはずは…」
斎藤は診療所の中を探して一緒に見て回ったが…
「あそこにいます。なぜいないと言うのですか?」
「え?誰のことを…」
斎藤が指差した人物は驚くことに…
「…あの子か?」
…夏美だった。
「目はどうなっているんだ?あの子はどう見ても阪神共和国の子供だろう。」
「次元を行き来すれば、同じ人種で言語も文化も同じ人に何度も会うことがある。あの子もそのケースだ。」
「俺だって他の次元の人間と会ったことはある!でもあの子は明らかに阪神共和国の子だ!」
浅見が引かずに夏美を弁護すると、斎藤は困った顔をした。
「何か誤りがあれば治安局で再調査しますが、リストに載っている以上、我々は連れて行くしかありません。引き下がってください。」
「できなければ?」
「公務執行妨害で共に逮捕します。」
「そんな脅しで引き下がると思うか?」
要員たちが公権力を振りかざすが、浅見は引くどころか凶暴な顔で対抗した。
「おい!今うちの医者を脅しているのか?」
「この連中、命惜しくないのか…」
「俺たちが連盟だからってビビると思うか!」
治療を受けていたヤクザたちも刀や拳銃を取り出し浅見に加勢した…
「マザーの意志に従う連盟の要員に逆らうとは!皆連行されたいのか?!!」
要員たちも銃を構えて威嚇し、瞬く間に雰囲気は険悪になった。
「み、みんな!落ち着け!こんなことする場合じゃない!」
あまりに険悪になりすぎて、結局斎藤が仲裁に入った。
「皆、武器を下ろせ!」
「でも先輩要員!この連中は…」
「わかってる!下ろせ!ここで銃撃戦をやるつもりか?」
裏通りの特性上、周囲に犯罪者やヤクザ、ギャングがたくさんいるため銃声が鳴ればまさに戦争になりかねなかった。
「皆も武器を下ろせ。我々は確かに連盟の正式な捜査で来た者だ。子供を傷つけに来たわけではない。」
「言いたいことはわかるけど…あの子は他の次元から来た不法移民じゃない!誘拐被害者だ!」
「誘拐?最近騒がれてるあの事件の子か?」
「そう!!」
斎藤は事件の展開が自分の想像と違うので頭を抱えた。
「警察にも捜査協力を求めるつもりだ。しかしそうなるほど、あの子は早く親のもとへ戻すべきではないか。」
子供を親に返す…その点では浅見も同じ考えだった。
警察は信用できない存在だったが、連盟はどうか浅見は判断できなかった。
「何を疑っているのかわからないが、我々は正式に令状を発行され、不法移民を摘発しに来た要員だ。」
阪神共和国の印章が押された令状を見せられ、浅見もこれ以上反論できなかった。
「…嘘なら許さない。」
「ご安心ください。子供は必ず親のもとに返します。」
浅見がヤクザたちに下がるよう合図すると、彼らは特に抵抗せず道を開けた。
斎藤はこの女性が誰で、なぜ荒っぽい男たちが従うのか気になった。
「…ご協力ありがとうございます。それでは子供を…」
「キャアアッ!!」
夏美の悲鳴が響き、要員たちも驚いた。
鎮静剤を飲んで眠っていた夏美は騒ぎで目を覚ましたが、大人に遮られ何が起きているかわからず静かにしていた。
しかしヤクザたちが道を開けると要員たちを見て、なぜか悲鳴を上げたのだ。
「嫌だ…行きたくない…」
女性を怖がっていたのに今度は要員たちを見て怖がっている…
浅見は本当にこの子を彼らに任せていいのか確信が持てなかった。
「お前たち、一体何者だ…?なんで子供が怖がっているんだ?」
「え、ええと、我々も事情が…」
不法移民の場合、連盟の摘発で本国に強制送還されるため恐れてはいるが、この少女の反応は度を越しているように見えた。
「…ともかく連れて行く。」
「ふざけるな!お前たちはどう見ても怪しい。子供に手を出すな!」
「先ほど説明した通り、我々は令状を持ち正式に摘発に来た要員だ。連盟の決定に反抗すれば皆に良いことはない。」
浅見もどんなに気性が荒くても、この言葉には反論できなかった。
犯罪者や各種法違反者が溢れるこの街が無事でいられるのも、警察や連盟の無関心があってこそだった。
そんな中で要員たちに手を出せば、6番街全体が危険になるかもしれなかった。
それに彼らは確かに令状を持っている。何の証拠もなく疑うこともできなかった。
「…本当にお前を信じていいのか?」
「もちろんだ。私が責任を持って子供を親のもとに返す。子供を渡してくれ。」
浅見は説明し難い不安を感じていたが、断ることはできなかった。
浅見が下がると、斎藤の指示で要員たちは夏美を連れて行った。
「お兄ちゃん…行きたくないよ…お願い…」
夏美は浅見にしがみつき行きたくないと懇願したが仕方がなかった。
子供の反応に不安を覚えるのは斎藤も同じだったが、連盟の要員として任務を全うしなければならなかった。
夏美が連れて行かれ、浅見は沈んだ気持ちで座り込んだ。
何かあるに違いないが、自分には夏美を助けられない。
「俺が考えすぎなのか…まさか大したことはないだろう…」
浅見がため息をついて気持ちを落ち着けていると、都賢秀と子龍が帰ってきた。
「…帰ったか?」
「ああ…思っていた以上に大変なことだった。」
情報屋から何か聞いてきた都賢秀が話そうとしたが、すでに夏美がいない状況で浅見は関心を持たなかった。
しかし…
「お前の言う通り警察が何かを隠しているようだ。」
「えっ?!」
関心を持たないつもりだった浅見は、都賢秀の口から「警察」という言葉が出て驚いて彼を見つめた。
「情報屋の話によると、すでに数年もの間エド湾の沖合に子供たちの遺体が次々と漂着しているらしい。その数は少なくとも数十人に及ぶという。」
「なに?!そんな話は聞いたことがないぞ?」
数年間に数十人もの子供の遺体が漂着するような事件ならニュースに出ないはずがないが、そんな話は聞いたことがなかった。
「お前の言う通り、ある組織が情報を統制していたということだ。」
「…警察が?!」
「ああ。」
事件が起きれば市民の不安を煽らないために情報を統制することはあるが、数年も続く事件を警察がここまで統制するのはおかしい。
「クソ警察どもが子供たちを使って一体何を企んでいるんだ?」
浅見は警察を思い浮かべて怒りがこみ上げ、全身が震えた。
「残念だが違う。」
「え?違うって?」
「警察は情報を統制していただけだ…事件を起こしているのは別の連中だ。」
「別の連中?一体どこなんだ?」
「…それは連盟だ。」
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