第70話 新しい装備
朝になり、席から起き上がった都賢秀と子龍は、999号が用意してくれた味噌汁とご飯、そして簡単なおかずで構成された伝統的な朝食を食べていた。
だが、二人の表情はどうにも寝不足で、顔色もどこか冴えなかった。
『……お二人とも、その顔はどうされましたか?』
999号は二人のために部屋も別々に用意し、この暑い時期を考慮してエアコンまでつけてくれたというのに、眠れず疲れ切った顔で現れた彼らの様子が理解できなかった。
しかし、都賢秀と子龍は――
「昨日の飲み会のせいだよ……」
前日の夜、999号は夕食が終わったあと「歓迎の意味だ」と言って酒席を提案し、そこに浅見 薫まで加わり、皆で楽しく杯を交わした。
ただ、問題は――999号と浅見薫の酒量だった。
底なしのように酒を飲み続ける二人に、夜通し付き合わされた都賢秀と子龍は、肝臓に負担がかかり、最後は気絶することでようやく逃げ延びることができたのだ。
「ありゃ人間じゃないだろ? 瓶ごと一気飲みとか……おえっ!」
「で、でも兄貴……この味噌仕立ての汁を飲むと、ちょっと胃が落ち着きますね……おえっ!」
会話をするたびに、二人から自然と「おえっ」という音が漏れた。
『情けない声はそのくらいにして、早く食事を終え、外出の準備をしてください。今日は装備を買いに行くのですから』
食事を終えて階下へ降りると、999号は開店の準備をしており、浅見はすでに患者を受け入れて診療していた。
「……あいつら、本当に人間なのか?」
『自分の酒の弱さを他人のせいにするのは、男のすることではありません』
「誰が酒に弱いって!? あいつらが異常なだけだろ!」
「そうです、レトム殿……飛ぶ鳥の上を行く鳥がいるだけで、我らが弱いわけではありません」
どの民族、どの時代であれ、男という生き物は拳と精力と酒量の話になると意地を曲げられないものだ。
都賢秀も子龍も、自分が酒に弱いとは絶対に認めなかった。
『まあいいでしょう。とにかく出発しますよ。昨日999号が言ったように、慎重に移動しなければなりません。なるべく目立つ行動は避けてください』
白ひげクジラ・カフェのある路地は6番街で、武器商が移転したという路地は8番街。
その間には大通りを越えなければならなかった。
人通りが多い場所であれば、当然警察の数も多く、違法移民を探す捜査員も大勢いるだろう。
だからこそ、できるだけ目立たずに往復しなければならない。
「ところで……俺はまだしも、子龍の服装は目立ちすぎじゃないか?」
都賢秀は地味なスーツ姿だったが、子龍は671番地球から着てきた服をまだそのまま着ており、かなり人目を引く。
一番いいのは着替えることだが――
「これは領主様とお嬢様から賜った大切な衣服。これを脱ぐことなどありえません」
……という頑固さで、方法はなかった。
『……ここは多種多様な種族が暮らしていますから、多少目立っても皆あまり気にしないでしょう』
「そう願いたいもんだ……とにかく行くぞ」
そうして一行は街へ出た。
白人や黒人も時折見かけたが、日本風の地区なので大半は東洋人で、建物には漢字やカタカナが並び、都賢秀はまるで東京の街を歩いているような気分になった。
しかし、ここが東京でない証拠もあった。
空には車が飛び交い、ホログラムでのビデオ通話、ロボットが街を歩き回って人々を手助けしている。
一見普通の歩道も、実はエスカレーターのように立っているだけで自動的に移動してくれる。
「馴染みがあるようで、全然馴染みのない場所だな」
「兄貴と旅をしながら色々な所を見ましたが、ここが一番不思議です」
子龍も、ここまで文明が発展した地球は初めて見るので、きょろきょろと辺りを見回していた。
ただ、観光客が多いせいか、誰も彼らを気にかける様子はなかった。
印象的な街並みだが、もう一つ目立つ特徴があった。
それは――警察の数が予想以上に多いことだった。
「治安強化はいいけど……警察、多すぎじゃないか?」
『……そうですね? これは少し妙です』
都賢秀の疑問に、レトムも同意する。
それほどまでに街には警察官が多かった。
「異世界から来た違法移民の取り締まりと関係があるんでしょうか?」
「さあな……」
子龍の問いに、都賢秀が答えあぐねていたその時――
「最近、江戸市で失踪事件が頻発しているからですよ」
中年の女性が、代わりに説明してくれた。
「失踪……ですか?」
「ええ、7歳から10歳くらいの子供が行方不明になって、市民は恐怖に震えているんです」
「そんな幼い子供が?」
「そうなんですよ。ニュースでは、すでに150人近くが消えたとか」
「そんなに多くの子供がいなくなって、警察は何をしているんです?」
「まったく……警察は何をしてるのか、5年も経つのに何の成果もないそうですよ。街で市民を睨みつけてる暇があるなら、子供を探しに行けばいいのに……」
そう吐き捨てるように言って、女性は去っていった。
『……厄介ですね。ただでさえ用心しなければならないのに、失踪事件で警察が神経を尖らせている時期に来てしまうとは』
「今は我々の安全よりも子供たちの方が――150人もの命が……」
『子龍の言いたいことは分かりますが、我々が逃亡者であることを忘れてはいけません』
レトムの言葉に、子龍は口を閉ざした。
都賢秀も子供たちのことは気がかりだったが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
「くそお餅の言う通りだ……今はただでさえ捜査員が目を光らせてる。俺たちが首を突っ込めば、余計に危険だ……目的地に行くぞ」
「……はい、兄貴」
子龍は理解はしているが、行方不明の子供たちを助けに行けない状況に、表情は暗かった。
*****
8番街の路地は、6番街と大きくは変わらなかった。
暗く、汚れ、犯罪者や怪しげな店が立ち並ぶ通り。
「ここもヤクザが仕切ってる通りか?」
『そう見えますね』
「……治安は悪くなさそうなのに、なんでこんな危険な通りが多いんだ?」
『そこまでは調べられませんでしたが、ちょっと妙な点がありまして』
「妙?」
『普通、ヤクザやマフィア、ギャングが支配する場所は危険で、人々は恐怖に怯えています。しかしここでは、なぜか互いに助け合い、むしろヤクザの保護を求めてわざわざ移住してくる人もいるそうです』
「……本当に妙だな」
通常、犯罪組織が支配する地域では、住民を恐怖で支配し、警察への通報を封じるのが常だ。
それなのに、守ってもらうために自らやって来るとは、まったく理解しがたい場所だった。
『あそこですね』
目的地の武器商に到着したかと思えば――
「……両替所?」
999号が書いてくれた住所は間違いなくここなのだが、そこにあったのはなぜか両替所だった。
「ここで合ってるのか?」
『住所通りなら、間違いありません』
「なのに、なんで両替所が?」
「違法な武器商だから、外からは別の業種に見せかけてるんじゃないですか、兄貴?」
言われてみれば、江戸市も798番地球の東京のように銃器や刀剣の所持が禁止されている。
そんな場所で堂々と武器を売っていれば、それこそ不自然だ。
「とにかく入ってみよう」
中に入ると、普通の両替所のように鉄格子越しに店員が座っている、ありふれた事務室があった。
「いらっしゃい。観光客かい? 両替か?」
二十歳そこそこの若い女性らしいが、可愛らしい顔立ちとは裏腹に、なぜか妙に年寄りくさい口調だった。
「どこの通貨? で、いくら両替……」
『雁が鳴くのを聞けば、秋が来たと知る』
レトムが999号に教わった合言葉を口にすると、女性の表情が一瞬で固まり、警戒の色を浮かべた。
「……あんたら、何者?」
『白ひげクジラの都築氏に紹介されて来ました』
「ああ、そうなの?」
999号は裏社会ではそれなりに顔が利くらしく、その紹介だと知ると、彼女の警戒もすぐに解けた。
「都築のオヤジの紹介なら話は別だ。入りな、入りな」
年寄りくさい話し方はやや気になったが、ともかく案内されるまま中へ。
秘密の扉を抜け、店主を紹介されるのかと思いきや――
「私が武器商の店主、涼宮一護だよ。気軽に一護って呼んでくれ。よろしくな」
この幼い少女こそが、違法武器商の店主だという。
「……二代目か三代目か?」
「お、分かるじゃない。うちのじいさんがこの前あの世に行っちまってね。だから私が三代目の店主ってわけさ」
都賢秀は冗談半分で言ったが、本当に代々武器を商ってきた家系らしい。
「本来なら三代目はうちのオヤジがやるはずだったんだけど、やりたくないって逃げちまってさ。だから私がやる羽目になったのさ」
普通の感覚なら、違法武器商などやりたくないという父親の判断は正しい。
だが、娘を連れずに一人で逃げたのは、あまりにも無責任だった。
話しながら長い階段を下りると、地下には信じられないほど広い空間が広がっていた。
「それで……今日は何が欲しくて来たんだい? ショットガンかい? マシンガンかい? それとも爆薬? 最近は上物のグレネード弾が入ってるんだけどね」
地下には、あらゆる種類の銃器、短剣、爆薬――危険な品々がずらりと並んでいた。
『我々は旅をしているので、重いライフル類は不要です。太陽光充電パネルとスタンガン用カートリッジ、閃光弾、煙幕弾を購入したい。そして後ろにいる彼の防弾ベストと新しい剣も欲しいのです』
レトムは、なんと太陽光充電パネルを買うと言う。
「充電パネル?」
都賢秀が驚くと、レトムは頷いて答えた。
『そうです。電気のない地球へ行った場合、プラズマ銃が使えないことが多い。ですから今回、充電パネルを購入するのが賢明だと判断しました』
弾丸を補充するのではなく、電気でカートリッジを充電する都賢秀の拳銃は、電気を使わない文明の地では無用の長物になる。
だが、太陽光充電パネルがあれば、その心配はなくなる。
「なるほどな。ところで、そのスタンガンカートリッジって?」
『文字通り、電撃を与えるカートリッジです。従来の殺傷用カートリッジではなく、このカートリッジを装填して引き金を引けば、スタン用の電流が発生し、相手を気絶させます。射程は短いですが』
マガジンを替えるだけで、普通の銃がテーザーガンになるとは……さすが未来の世界だ。
「で、煙幕弾と閃光弾はどこだ?」
煙幕弾と閃光弾も買うと言ったのに、机の上にはなぜかボールペンが二本置かれているだけ。
「ははっ! あんた、別の地球から来たんだろ? これが煙幕弾と閃光弾さ」
一護はボールペンを手に取り、これが閃光弾だと紹介した。
「ここを押すと、中の弾が飛び出して爆発する仕組み。全部で十二発入っていて、補充はできないよ」
それは、671番地球でエージェントたちが使っていた煙幕弾と同じタイプだった。
煙幕弾と閃光弾を、それぞれ十二発も携帯できるとは実に便利だ。
殺傷武器ばかりを持ち歩くことに抵抗のあった都賢秀は、スタンガンカートリッジや煙幕弾、閃光弾といった非殺傷武器の購入で、これからの旅がさらにやりやすくなると感じていた。
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