第68話 裏世界の医者
都賢秀は、自分の名前に一文字加わるだけで日本風の名前になってしまったことに驚いていた。
「は、はじめまして…都賢秀と申します。」
「ドウヒョンスウ?ちょっと発音が難しいな。とにかく会えて嬉しい、798番よ。」
999番の差し出した手に、都賢秀は思わずたじろいだ。
その手は体格に比例して巨大で、まるで鍋蓋と握手しているかのようだったからだ。
「うわあ~、生まれて初めて子龍よりも大きな手を見たよ。」
都賢秀の言葉に異論はなかったが…
「風采が男の価値を決めるわけではありません…」
巨大な体格が誇りだった子龍は、なんとなく悔しさが込み上げ、狭量な言葉を吐き出してしまった。
「ん?怪我か?」
999番は無表情に子龍を見つめ、その腕の傷に気づいた。
子龍は何の傷だろうと思って自分の腕を見た。113番の地球でルカとリリカを護衛し脱出中に負った傷だった。
気を取られていて傷に気づかなかったが、男としてこれくらいの傷なら話にする価値もないと思った。
「はは!これくらいの傷は傷とも言えませんよ。」
普段とは違い、虚勢を張って大したことないと言ったが…
「男らしいのは良いが、それなら尚更自分の体を大事にしなければ、真の任侠とは言えんのではないか?」
冗談めかした言葉に子龍は言葉を失い、顔が真っ赤になった。
999番の圧倒的な存在感の前に、男として完敗した都賢秀と子龍は、現実から目をそらし遠くの山並みを眺めていた。
一方レトムは、『任侠という裏社会の言葉が出てきたことで999番の過去を推測できたが、都賢秀と子龍は全く理解できていない様子だったので、深追いせず流すことにした。
「中に入れば医者がいる。治療を受けてこい。」
「はい…行ってみます…ですが…」
都賢秀と子龍はカフェの雰囲気に圧倒され、落ち着けずにいた。
999番は獣のような外見と肉体を持っていたが、趣味は少女趣味らしく、インテリアはかわいらしく丸みを帯びており、メニューも全てイギリス式紅茶や、かわいい動物が描かれたパンケーキ、生クリームを載せたワッフルなどだった。
だからか…
「マスター〜♥ アッサムティーもう一杯ちょうだい。」
「あたしはチョコシロップかけワッフル♥」
客もすべて女性ばかりだった。
「少々お待ちください。」
注文を受けた999番は料理のためエプロンを身に着けたが、そのエプロンにはウインクしているかわいい子猫が刺繍されていた。
「…俺だけ馴染めないのか?」
「私もですから、ご安心ください、兄貴。」
ピンク色でフリルが飾られたインテリア、セーラー服を着た少女たちの「キャハハハ」という笑い声で満ちたカフェ。
ここで自分たちなりに男らしいと思っている都賢秀と子龍は、どうしていいかわからず居心地が悪かった。
「ここにいるのがつらければ上で休んでいけ。今は忙しい時間帯で、君たちまで気を配れん。」
優しい999番は、カフェの雰囲気に戸惑う二人の様子に気づき、先に上に行って休むよう気遣った。
「はは!それならご厚意を断れず、営業の邪魔にもなるので、我々はこれで…」
「エッチュ!」
都賢秀が先に上に行って休むと言いかけた時、客の中で最も若い少女がくしゃみをして、その言葉が途切れてしまった。
都賢秀は室内のエアコンが強すぎるのだろうと大したことないと見ていたが…
「…なんだ、この雰囲気?」
少女がくしゃみをしただけでうるさかったのか、皆の顔色が青ざめてカチカチに硬直していた。
「子供がくしゃみぐらいして何がそんなに…」
都賢秀が不思議そうに見ていると、突然「ドーン」という音が響いた。
都賢秀と子龍は何が起きたかわからず慌てていたが、周囲の人々はまるで恐ろしい怪獣でも現れたかのように青ざめ、頭を深く下げていた。999番まで…
音の発生源はカフェ建物内にある病院の入口が強く開く音で、蹴破って出てきたのは背の低い少女だった。
医師の白衣を着ていたので医者のようだが、童顔なのか実際に若いのか、10代の少女に見えた。
しかし…
「誰だ…?」
「し、静かにして浅見君…大したことないよ…」
「くしゃみしただけで大したことないなんて誰が言った?おじさんは医者じゃないだろ?」
「も、もちろん君が医者だけど…」
病院から出てきた小さな少女を見て皆が怯え、震えていた。
「お前か、明美。体が悪ければ病院に来て診てもらわなきゃな。」
「あ、違うよ、薫ちゃん。ちょっと室内が寒くて…」
客の中で明美と呼ばれた少女は、暑いので薄着で来ていて、室内の強いエアコンの風に寒気を感じてくしゃみをしただけだった。
「室内が?確かに室内の温度が低すぎるな。」
少女のくしゃみの原因が低すぎる室温だとわかると、次にターゲットとなったのは999番だった。
「お客さん殺す気か、ヒデおじさん?なんでこんなに室温が低いんだ?」
「そ、そうだな…温度を上げるよ、浅見君。」
大柄で山のような999番も浅見と呼ばれる少女に怯え、慌てて室温を上げ始めた。
都賢秀はこの状況が全く理解できず、呆然とした顔をしていた。
「何だ?この女の子は誰で皆があんなに萎縮しているんだ?」
自分を女の子だと言う都賢秀の言葉に、浅見は診察を止めてぴたりと手を止め、鬼のような顔でゆっくりと首を回して都賢秀を睨みつけた。
「誰が…女の子だと?」
「え?ああ…医者だから大人かと思ったけど、女の子って言うのは失礼だったな…すみません、女医さん。」
都賢秀はそれなりに謝ろうとしたが、999番や客の少女たちは手を振って口を塞ぐジェスチャーをしていた。
だが、鈍感な都賢秀はなぜそうしているのか分からず戸惑った。
浅見という少女は都賢秀をしばらく睨みつけてからため息をつき、心を落ち着けた。
「初めて来て何も知らないから一度は見逃してやる。次からは気をつけろよ。」
「気をつけろって?何にだよ?」
「私は男だ。女じゃない。」
自分を男だと言う浅見を見て、都賢秀、子龍、レトムは同時に驚きの目を見開き、言葉を失った。
身長は157〜158cm程度で華奢な体つき、何より顔が…どう見ても女だった。
まつげは長く目は大きく、顔は細くとても可愛らしい印象の女性だ。
それなのに男だというのだ。
「…ああ!トランスジェンダーってことか?自分を男だと思ってる…!!」
「違うって言ったろ!俺は生物学的に男だ!!」
都賢秀は自分なりに結論を出そうとしたが、浅見はすぐに訂正した。
「…もしかして、生まれつき性の特徴が混ざっているインターセックス?」
「バカに見えるのにそんな医学用語をよく知ってるな。でもそれも違う。俺はXY染色体をはっきり持つ紛れもない男だ。だからこれからは言葉に気をつけろ…!!」
「うわっ!気持ち悪い!なんで男がこんな顔してるんだ?!」
浅見は言葉で諭そうとしたが、都賢秀の失礼な発言に再び鬼のような顔に変わり怒りを露わにした。
「俺が…言葉…気をつけろ…って…言わなかったか?」
小声で呟きながらはっきり話す浅見は、漫画的表現のように闘気の炎が燃え上がっているかのように激怒していた。
レトムと子龍は小柄な浅見から放たれる闘気と殺気に驚いたが、他の人々は何かを知っているのかカフェの隅に逃げ込んでいた。
だが、あまりの驚きに都賢秀は気づいていなかった。
「いや!考えてみろよ!どう見ても幼い美少女に見える子が来て『俺は男だ』なんて言ったら誰だって驚くに決まってるだろ!」
自分の命を自ら危うくする言葉を止められなかった。
そして…時は既に遅かった。
「この野郎ぉぉぉ!!!」
浅見は空中に飛び上がり、そのまま空中で180度回転しながら足をまっすぐ伸ばして蹴りを放った。
その蹴りは…見事に都賢秀の鼻の下に命中した。
それが都賢秀の最後の記憶だった。
*****
斎藤は重い気持ちでゲートを越え、999番地区に足を踏み入れた。
故郷に戻ったが任務は失敗し、さらには連盟の最重要逮捕対象を助けてしまい、チーム長からも失脚し、今はただ任命状を届けに来ただけの自分の姿を故郷の人々に見せる勇気がなかった。
「はあ〜」
斎藤の周りには、直接選び任命したチームメンバーはもういなかった。
チーム長から降ろされると共にメンバーは全て他のチームに送られたのだ。
それでも唯一の慰めは、次元の連結者追跡スペシャルチームの一員としては残れたことだったが…
新しいチーム長の指示を受けなければならない新人時代に戻り、さらに新チーム長も一夜にして支部長からチーム長に格下げされた人物なので、イライラが溜まっているのは明らかで、その怒りを受け止めなければならないのも自分だった。
その怒りを受け止めることを考えただけで、既に頭が痛く憂鬱になっていた斎藤だった。
「…ここも久しぶりだな。」
500メートルは優に超えそうな高さで100階建ての超高層ビルが、斎藤の目の前で威容を誇っていた。
それは次元移動管理連盟999番支部本部だった。
阪神共和国の首都江戸は999番地区でも屈指の高層ビルが多い都市だが、本部の建物は摩天楼の中でも存在感を放っていた。
斎藤はこの建物を見て育ち、自分もエージェントになる夢を抱き、エージェント養成学校に首席で入学し、夢を叶え故郷の人々に歓声を浴びて旅立ったのだった。
だが今の自分の境遇は…
「余計な感傷に浸ってる場合じゃない…早く任命状を届けねば。」
斎藤は考えれば考えるほど悲しくなり、建物の中に入った。
案内係の誘導で本部の最上階に移動し、緊張の心で中に入った。
「お目にかかれて光栄です、支部長殿。連盟の任命状をお届けに参りました…」
支部長の執務室に入り、礼儀正しく挨拶した斎藤は、中の光景を見て呆然とし言葉を失った。
「連絡は受けていた。あなたが斎藤 蘭ですよね。私は999番支部の支部長ジャファル・イブン・ナーシルです。」
正確にはオフィスの光景ではなく、支部長のジャファルを見て呆然としたのだった。
支部長と言えば中年の男性だと思っていたが、20代後半くらいに見える美しい女性だったのだから。
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