第67話 飛鳥たちの国
ドローンは正式に自己紹介を始めた。
「ピピッ!私は阪神海上保安庁の海難事故調査AI、コードネームNASAKOです。ナサコと呼んでください。」
「阪神海上保安庁…?」
「その通りです。ピピッ!沿岸で発生した事故の救助を担当する機関です。お二人は現在遭難状態でしょうか?」
「そうだ。」
「確認完了。間もなく救助艇を呼びます。到着予定時間は35分です。」
ナサコと名乗ったこのドローンは、遭難者の捜索を任されたAIドローンらしかった。
「でも、『阪神』って何のことだ?」
都賢秀が海上保安庁の前に付く『阪神』という名称に疑問を持つと、すぐにレトム…いや、ナサコが答え始めた。
「ピピッ!阪神とは阪神共和国の国名を指します。東方に位置する国で、言語はアスカ語、通貨は円、島々からなる地形のため豊かな水産資源に恵まれています。」
説明を聞くと、都賢秀が知っていた日本と同じ文化圏であることがわかった。
しかし…
自分より速い速度で返答するナサコを見て、レトムは妙な競争心を抱いていた。
〈…旧世代AIにしてはなかなかやるな。〉
「ピピッ!新世代AIなのに返答が遅すぎます。RAMの交換が必要と判断されます。」
〈その「ピピッ」という語尾は意思に関係なく出るんですか?旧世代らしいですね。〉
「新世代AIならデザインももっとカッコよくすべきです。あんな餅みたいな形じゃなくて。」
二体のAIの火花散る応酬に、都賢秀と子龍は興味津々で見物していた。
激しい言い合いが続く中、海上保安庁のボートが近づいてきた。
「無事ですか!!」
日本文化圏に似た文化圏らしく、救助に来た乗組員も皆東洋人だった。
「ナサコから連絡を受けて参りました。ご無事で何よりです。」
海上救助隊は足場をかけ、都賢秀と子龍を乗せて救助を完了させた。
「しかし…どうしてこんな遠い海の…孤島に立っていたのですか?」
核心を突く質問だった。
陸地からも遠く離れ、何の装備もなしに漂流していたのだから疑問は当然だった。
「えっと…それは…」
〈誰がどこまで泳げるか競争していたらここまで来てしまいました。〉
都賢秀が答えようとしたところ、レトムが言葉を遮り代わりに答えた。
「うわあ…正装と運動着を着てこんな遠くまで来ようとは…海には変わり者が多いですが、これは歴代級ですね。」
レトムは都賢秀と子龍をバカにするような言い回しで言葉を濁し、都賢秀の表情は鬼のように険しくなった。
「ともかく到着しました。次はこんなことがないように勝負はほどほどにしてください。」
救助隊は泳いで来たという言葉に、海水浴客だと思ったのか海水浴場で降ろし、そのまま去って行った。
〈…お元気で、旧世代。〉
「…健康で、 新世代。」
同じAI同士、なかなか愛着が湧いたのか、お互い見もせずに挨拶を交わした。
海水浴場を通り過ぎて市街へ向かうと、やはり日本風の人々と街中には日本語が溢れていた。
「この文字は何ですか?私の故郷の文字に似ていますが、少し違いますね。」
子龍の故郷である671番地球と999番地球の文字は同じ漢字だが表記法が少し異なり、子龍は全く読めない様子だった。
〈さっきは旧世代AIに邪魔されてちゃんと説明できませんでしたが、ここは阪神共和国で、お二人と同じ東洋圏の文化を持ち、宗教は仏教、道教、民俗信仰を信じています。食事は米、味噌、海産物が基本です。〉
確かに都賢秀が知っている日本と似た文化圏だが、やはり違うところもあった。
文明の発達度合いだった。
人々は機械の義手をつけ、街には人工知能ロボットが行き交い、空には車型の飛行体が飛んでいた。
「文明の発達度はなかなか高いようだな。」
〈そうです。ここは1番地球ほどではありませんが、全次元の中でも指折りの文明発達度を誇る地球です。〉
まるで東京のような最先端の都市で、人口も軽く1000万人はいると思われる巨大都市で、どうやってキューブを探すか悩んだ。
「それにしても、こんなに建物も多く人も多い場所でどうやってキューブを探すんだ…!!」
〈その必要はありません。〉
都賢秀が広い都市でどう捜索するか悩んでいると、レトムが必要ないと言った。
「必要ないって?どうして?」
〈999番地球の次元は閉じていません。キューブのない地球です。〉
「えっ?!じゃあ、ここに来た意味は?」
〈物資補充のためです。これからの旅はさらに危険で激しくなる可能性が高いので、新しい装備と物資を補充しようと思います。〉
確かに前回の113番地球でルカとリリカを連れて暴徒から逃げる時、都賢秀は弾薬が足りず危険だったし、子龍は防具がなく大小の傷を負った。
だから一度物資を補充して旅に出るのは悪くない選択だと考えた。
〈ただしここは先ほど言った通り次元が閉じていない地球なので、エージェントが存在します。あそこにある建物をご覧ください。〉
レトムが指さした先を見ると、100階は優に超えそうな巨大なビルがそびえていた。
〈次元移動管理連盟999番支部の本部ビルです。〉
「…単なる支部があんなに大きければ…エージェントの数も半端ないな。」
〈そうです。この阪神国だけで約50万人、この都市だけで12万人いると見てください。〉
「50万人?」
普通の国の正規軍規模のエージェントがいると言われて、都賢秀と子龍はため息をついた。
「それだけの数なら物資を買うために街を移動するだけでも一苦労だろう。」
子龍の質問にレトムは頷いた。
〈そうです。だから私たちは裏路地中心に動く必要があります。〉
レトムの提案に都賢秀と子龍は頷き同意した。
そして建物の間の裏路地へと入った。
華やかな大通りを過ぎ、裏路地に入ると景色が一変した。
ホームレスや麻薬中毒者が道端に無造作に座り込み、不良たちが人々に暴力を振るい暴れ回り、ヤクザの事務所が軒を連ねる…典型的なスラム街の風景だった。
南スーダンでもよく見てきた慣れ親しんだスラム街に入ると、都賢秀は眉をひそめた。
「はあ〜明るい世界でしか生きてこなかった俺が、何でこんな暗い場所ばかり行かなきゃならないんだ…」
レトムに会ってからはエージェントの追跡を避けるため、裏路地しか通れず都賢秀は愚痴をこぼしたが、レトムは聞こえないふりをして案内だけ続けた。
しかし、巡回している警察やエージェントを避けて大通りと裏路地を行き来すると思っていたが、レトムはさらに深い裏路地へと進んでいった。
「目的地はどこですか?こんな奥まったところに入る理由は?」
子龍も気になったらしくレトムに聞いた。
〈阪神国は武器を買うのに免許が必要です。だから免許不要な裏路地の違法武器商で購入する必要があります。〉
「なるほど…」
高度な文明を持つ地球らしく、武器を買うには免許が必要だった。
だから違法武器商へ行くのは当然の選択だった。
「ところで、どんな武器を補充するつもりだ?小銃でも買うのか?」
〈それは大きすぎて旅の邪魔になります。私が買おうとしているのは…あれ?〉
購入しようとしていた武器を説明しながら、行くはずだった違法武器商へ向かっている途中で…
〈ない…全部。〉
「何だって?何がないって?」
〈以前見ていた武器商…あの店だったのですが…〉
レトムは以前見ていた武器商がなくなってしまったと言った。
最初の目的地が消えて、皆呆然とした顔をしていた。
「こ、こいつ…どうしていつもこんなに仕事がデタラメなんだ?!」
〈私は悪くないのに…言い過ぎじゃないですか。〉
「うるさい!今後どうするんだ?裏路地に他の武器商は?」
〈違法武器商がそんなに多いはずがありません…〉
違法武器商が多ければスラムに武器が溢れ、まともな治安活動ができず国家機能が停止してしまう。
だから警察の取り締まりも厳しく、犯罪で生計を立てる裏路地のギャングも違法武器商はあまりやらないらしい。
「もう次元を開いてすぐ移動もできず…ここで動けずに足止めされるなんて。」
目的を達成できず、エージェントだらけのよくわからない場所で一週間過ごすと思うと三人とも深いため息をついた。
〈仕方ありませんね…まずはシロナガスクジラに行きましょう。〉
「え?それどこ?」
〈これまで行っていたホエールカフェです。〉
「日本ではシロナガスクジラって言うんだな。」
〈そうです。ついてきてください。もし場所が変わっていなければ、あそこにあるはずです。〉
レトムについて行くと、幸いにも『白長須鯨』という看板がかかったカフェが見えた。
「ここは無くなっていないみたいだな。」
〈そうですね…ひと安心です。〉
レトムは隠れる場所も消えたらどうしようかとかなり心配していたらしく、カフェを見て珍しく大きく安堵した。
〈では入りましょう。〉
シロナガスクジラカフェは2階建てで、1階は片側がカフェ、もう片側が医院になっていた。
ただ入り口は同じで、まず正面から入らなければならなかった。
1階に入ると、医院側は『アサミ医院』という看板がかかっており、壁やドアもちゃんとあったが、カフェ側は丸見えだった。
正確には、カフェの待合ロビーの一角に作られたカフェのようだった。
「今まで見てきたホエールカフェはみんな大家さんだったけど、ここは借りてるのか?」
〈違います。以前来た時に聞きましたが、あそこにいるアサミという医者が医院を追い出されて、場所を一つ提供してもらいそこに入ったそうです。〉
「場所を確保するって…医者じゃなくてギャングじゃないのか?」
医者を装って実は麻薬などの違法薬物を扱うカルトじゃないかと思ったが、まあ関係ない話だった。
都賢秀は999番地球の都賢秀に会いに行った。
〈お久しぶりです、都築マサヒデ様。〉
レトムの挨拶に、カフェのカウンターに座って新聞を読んでいた男が新聞を下ろすと、彼の顔が見えた。
その顔を見ると、都賢秀と子龍は緊張してすぐにでも武器を抜く準備をした。
少なくとも50cmは超える腕、顔には大きな傷跡があり、子龍より背が高い。
威圧的な風貌に二人は無意識に緊張していたのだ。
〈落ち着いてください、お二人。こちらの方は999番地球の都賢秀、この地での名は都築 賢秀様です。〉
巨漢の男の正体が999番地球の都賢秀だと聞き、子龍と都賢秀は驚いた。
よく見ると顔は確かに似ているが…あまりにも険しい顔つきで、別の次元の自分だとは全く思えなかったのだ。
「…久しぶりだな、レトム。」
しかも性格も大胆なのか、武器に手を伸ばし威嚇する都賢秀と子龍を見ても一瞬も怯まず、レトムに話しかけていた。
都賢秀と子龍は気まずくなって武器から手を離し、わざと咳払いをした。
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