第61話 ルカが信じている切り札
ルカは、まるで「私に任せて!」と言わんばかりの自信満々の顔をしていた。
――「…何か頼りにしているものでもあるのか?」
「当然あるよ!」
大きな声を出す理由があるというルカの言葉に、皆の視線は一斉にルカに集中した。
――「それって、何?」
「それはすぐには言えない…見ていれば分かるよ。それより、すぐにでも聖女さまのところへ戻ろう。」
ルカはそれ以上は言えない、と立ち上がってその場を去ろうとした。
都賢秀は、少しも休む間なく再び動こうとするルカを見て呆れたが、マシャ夫人が「どうかルカを頼みます」と視線を送るのを無下にできず、結局あとについていってしまった。
しかし……
――「何これ……?」
昼食までは誰もいなかった聖女専用の庭園が、今では聖騎士たちで埋め尽くされており、さらに最前線には斎藤を筆頭とする諜報員たちまでもが警備に加わっていた。
――「…どうしてこんなに警備が強化されたんだ? 聖女が私たちが来たって密告したのか?」
突如として増えた騎士たちに戸惑っていると、聖女が中年の男性と話している姿が見えた。会話はどうやら深刻な内容らしく、彼女の顔には影が差していた。
――「服装が似ているから教団の人っぽいけど、何を話しているのか分からないな…」
その会話から、警備が強化された理由が分かりそうだったが、距離が遠すぎて内容を聴き取ることはできなかった。
<それなら僕が出番ですね。>
突然レトムが胸を張って言った。
――「何をするつもり?」
<マイク感度を上げれば音声受信範囲が広がります。カメラの光学ズームを使えば視覚的確認も可能です。こうやって。>
レトムが手をひらひらさせると、空中にスクリーンが浮かび上がり、聖女を映し出した。
「な、何これ?!」
「あ、兄貴! 空に変なのが!!」
「分かったから落ち着け。」
都賢秀はただ年季の文明に慣れた自分の目に驚いているだけだったが、中世レベルの文明で暮らしていた子龍とルカは当然のように驚きと恐怖を隠せなかった。
「やっと少しは有能なAIっぽく見えるね。」
<…私は最初から有能なAIでした。>
「君、良心はどこに売り払ったの?」
レトムはしつこく絡んでくる都賢秀にちょっとムッとしていたが、そのとき……。
<早く言わないのか!!>
スクリーンから大声で怒鳴る声が響いた。
怒鳴っていたのは、聖女と話していた中年男性だった。
レトムが浮かべたスクリーンを通して、彼らが交わしていた会話が判明した内容は――
<早く白状しろ! 侵入者たちと何か会話したんだろ?!>
<いえ、本当に何も話していません…聖騎士を呼ぶって怒られて、追い出しただけです…>
<その点が気になってるんだ!! 疑わしい人物が侵入したのに、なんで聖騎士を呼ばずに勝手に追い出したんだ?!>
<すみません…私がうっかり…!!>
<聖女だからって甘やかしてんじゃないよ! 本当に聖女だとでも思ってんのか、お前?! こんなことして誰の面子を潰すつもりだ?!>
聖女リリカは屈辱に顔を真っ赤に染め、耐えきれず涙をこぼしかけていた。
望んでやった仕事ではないし、自分たちが勝手に聖女として祭り上げたせいで苦労させられているのに、なぜ自分がこんな言葉を浴びなければならないのか理解できなかった。
しかし、自分には力もなにもない。だから深々と頭を下げて謝った。
<す、すみません……もう二度とこんなことはありません。>
<またこんなことがあったら許さないからな!!>
去っていく中年男性の背後で、聖女は嗚咽していた。
斎藤は、聖女を哀れに思いながらも、自分が口出しできることではなく、ただ静かに視線を逸らした。
「…………」
画面の向こうでその様子を全て見ていた都賢秀と仲間たちは、誰一人として口を開かなかった。
リリカが教団に利用されていることは知っていたものの、実際にこの目で見せつけられると…いや! いっそう哀れな聖女の姿に、誰からも声が出ず、ルカは涙を流し始めた。
――「…急がなきゃ。」
すべての真実を知り、聖女が置かれた現実も見届けた今、迷う理由なんてひとつもなかった。
それに可哀そうな聖女はさておき、ルカも「急いで!」と顔を輝かせて見つめていたため、中途半端にはやめられなかった。
ただ問題は、警備があまりにも強くなりすぎて、聖女に近づけないことだった。
――「君が聖女に近づくしかない。その際、キューブを自分で割らせるか、受け取るか、説得するか…どうしよう?」
聖騎士だけでも厄介なのに、高度な武装を備えた諜報員まで聖女を護衛しているため、隙間がさらに減っていた。
レトムも子龍も特にアイデアはないようで、都賢秀の悩みに答えがなかった。
――「…私に良い考えがあるよ。」
そのときルカが前に出て「いい計画がある」と言ったので、皆の視線が彼女に集中した。
「どうするの?」
「もうすぐタンシン祭という教団最大の宗教行事があるの。遠方からも参加があるから、その日はなんと数万人もの信徒がこの村を訪れるの。」
「ああ!」
大規模な訪問者が見込まれる行事であれば、治安強化のためにも聖騎士たちが村中を巡回しているはずだった。
そうなれば必然的に、聖女を囲む護衛の人数が一時的に減ることになる。
「良い考えだと思います、兄貴。」
成功の可能性が高い作戦案を聞いた子龍は興奮したが、都賢秀はなぜか静かだった。
「私が聖女さまを説得しに近づくには、君たちが聖騎士を食い止めてくれないといけない。」
ルカが聖女へ近づくために都賢秀と子龍に道を開いてほしいと頼むと、子龍は喜んで提案に応じた。
――「困っている女性を助けるのは武士として喜んでやることだ。心配はいらないよ、ルカ公。」
子龍は意気込みを語り、自ら道を開こうとしたが、都賢秀はすぐには前に出ようとしなかった。
聖女の事情を知り、彼女を助けたいと一番熱意を示していた都賢秀がなぜか言葉少なだったため、皆は首を傾げながら彼を見つめた。
――「どうした? 他に心配なことでもあるのか?」
ルカの問いに、都賢秀はついに口を開いた。
――「僕と子龍が道を開けたとしても、すぐに警備隊と諜報員が駆けつけるだろう。だから鍵は、どれだけ早く聖女を説得できるかにかかっている…失敗すれば、僕と子龍はもちろん君も命が危ないかもしれない。」
都賢秀の現実的な懸念に、子龍もレトムも、もちろんルカまでもが喉をゴクリと鳴らした。
――「だから聞いてるんだよ…君は一体どうやって聖女を説得するつもりなんだ?」
聖女に近づくだけで「方法はある」と言うルカだが、都賢秀は簡単には信じられず、命を賭ける作戦に足を踏み出せなかった。
子龍も同じように、「無条件で助ける」とは言えず、レトムもなかなか出られなかった。
すべての選択はルカに任されていたが、ルカはしばらくためらった末、口を開いた。
「心配しないで。聖女さまがどんなに聖物を大事に思っていても、私の正体を知れば、絶対にキューブを諦めて、私たちのところへ来てくれるよ。」
「何言ってるの…一体あなたと聖女はどんな関係なの?」
「それは…」
ルカは少し躊躇した後、結局口をつぐんでしまった。
「やっぱり言えない…どうせ聖女さまの前で話すから、それまでは知らない振りしてて。」
第一に、ルカの正体を知っただけで聖女が彼女の望むように動いてくれるのかという疑問…
第二に、たとえキューブを破壊できたとしても、教団や諜報員の追及をかわしきれるかどうか。
自分たちは次元の門を開いてどこかへ逃げれば済むことだが、ここに残るルカと聖女は命の危険にさらされる可能性があった。
第一の問題よりも第二の方が深刻で、みな顔を曇らせて考え込んだ。
そのときルカが前に踏み出した。
「仕方ないね…それは私が引き受けるよ。」
「え? 何か良い方法でもあるのか?」
「兄を呼ぶつもりなんだ。」
「君のお兄さん? どういう人なの?」
「それは言えないよ…とにかく助けになる人なんだって思ってて。…でも…間に合うかどうかは分からないけど…」
ルカはせっかくの頼みも、はっきりとは言ってくれなかったので、都賢秀は深く悩んだ。
このままルカを信じて危険な場所へ飛び込むべきか…それともルカは信じられないから別の策を立てるべきか…
悩み深く揺れる都賢秀の様子を見て、レトムと子龍までもが緊張しながら彼の決断を待っていた。
都賢秀はそわそわしているルカを見つめながら考えた。
とても信頼できる「切り札」に見えないし、秘密も何も言ってくれそうにない……
でも、ルカは確実に何か切り札を持っているはずだった。
「…よし。それならこのまま計画を実行しよう。」
長く悩んだ末、都賢秀がルカを信じて計画を進めることに決めると、ルカは大喜びで歓声を上げた。
「ありがとう、おじさん! 本当にありがとう。」
「挨拶はもういいから…それより、君のお兄さん、本当に来るのか?」
「それは心配しないで! まさか大事な妹を無視する兄なんていると思う?」
「大切な妹を無視する兄なんていないよね?」という言葉に、なぜか都賢秀の顔が固まった。
「…うん。そんな兄はいないよね…」
急に妙なことを言い出す都賢秀に皆は唖然としたが、計画を実行するにはもう悠長にはしていられなかった。
レトムは急いでルカのお兄さんを探しに向かい、都賢秀と子龍は行事会場へ行き、周囲を見渡しつつ最終確認をした。
ルカは「どうか聖女さまに救いを」と祈りながら、胸の中で決意を固めていた。
――「主・ブリティアンよ…どうか私の大切な人を守り給え…」
それぞれの想いを胸に迎えた一週間――ついに決行の日がやってきた。
――「気をつけて行ってきてね、みなさん。」
行事会場へ向かおうとしている都賢秀とルカを、マシャ夫人が見送りに来た。
「心配しないで。今回は本当にうまくいくから。」
「そうだよ、ママ。今度は私もいるから、あんまり心配しないで。」
都賢秀のことはさておき、ルカまでもが「心配しないで」と言うと、マシャ夫人はすっごく怒った顔でルカの頬をつねった。
「君が心配だからそうしてるのよ!」
「あ、痛いよ、ママ!」
痛がってすねるルカを見て、マシャ夫人は思わずため息をつき、彼女を優しく抱きしめながら言った。
「あまり危ないことはしちゃだめよ…分かった?」
「…わかった、ママ。」
血が一滴も混じっていない娘を、こんなにも心配してくれるマシャ夫人の気持ちに、ルカはぎゅっと抱かれたまま頷いた。彼女の目にはすぐに涙が浮かんだ。
――「そろそろ行かなくちゃね。戻ってきたら絶対に聖女さまと一緒に帰るよ。」
ルカは手を振りながら都賢秀と共に広場へ向かい、マシャ夫人は「あの善良な人たちがどうか無事でありますように」と願いながら一緒に手を振った。
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