第6話 都賢秀が発見した事
8月3日までは毎日12時と20時の1日2回更新となります。
都賢秀が思わず口をあんぐりと開けてしまうほど驚いた光景――
「さあ、安いよ安いよ!今日はたまたま質の良い野菜が入ったんだ!今日を逃したら次はないよ!」
「水一杯で12万ルートだ!!」
「おい、この野郎!! それは俺の物だぞ!」
「持ち主のいない物は、先に取った方が勝ちだろ、バカ野郎!!」
「泥棒だ!あの野郎を捕まえろ!!」
「お恵みを…お願いです、ほんの一文でも…」
それはまさに「市場」だった。
治安はお世辞にも良いとは言えず、所々で争いが起き、スリが横行し、物乞いの子供たちも目に入るが、それでも確かに商業活動が営まれている市場だった。
何もかもが滅び、すべてが失われた世界だと思っていた 都賢秀は、その市場の存在に本気で面食らっていた。
「文明が…残ってたんだな…」
<この地球にはかつて核戦争以前、約40億人が住んでいたとされていましたが、現在では1000万人しか生き残っていないと推測されています。全人口の99.8%が消滅したということですね。>
「ほとんどの人が戦争で消えたってことか…」
かつての40億もの命が、悲惨な戦争によって消えてしまったという事実に、 都賢秀の胸は締めつけられる思いだった。
<この地球は特に極端な状況に陥っていますが… 連盟によって次元が閉ざされた他の地球も、似たような運命にあります。もしも彼らが何の支援も受けられなければ、次元の崩壊を待たずして滅びるかもしれません。>
レトムは以前、砂漠を横断していたときと同じように、再び目の前の危機に手を貸してほしいと懇願していた。
都賢秀も彼らの事情に胸が痛まないわけではなかったが――
「悪いけど、俺はやらない。」
<……なんて冷たい方なのでしょう。あれだけの惨状を見て、そう言えるんですか?>
人を助けながら生きるという使命感は、誰もが持てるものではない。
レトムもそのことはよく理解していたが、それでも目の前の惨状に心を動かされない都賢秀の冷淡さには呆れるしかなかった。
「何を言われようが構わない。でも俺は、もう人助けをして生きる気はない。」
<酔っ払いの分際でよく言いますね……そもそも、誰かを助けたことがあるんですか?>
茫然と歩いていた都賢秀は、これにはカチンときてレトムをにらみつけた。
「この野郎!お前、俺を何だと思ってるんだ!」
<どう思っているかって?知識はない、意志も弱い、性格は冷たい、要するにおバカな 都賢秀ですよ。>
「このクソAIめぇえええ!!」
都賢秀はまたしても怒りにまかせて拳を振り回したが……
<扇風機ですか?涼しいですね。>
レトムはホログラムであり、物理的な力は一切通じない。都賢秀の拳は虚空を舞うだけだった。
そしてさらに追い討ちをかけるように――
「暑さで頭やられた連中が暴れ回ってやがるな……」
周囲の人々は空に向かって拳を振り回している都賢秀を完全に狂人扱いし、目も合わせずに通り過ぎていった。都賢秀の羞恥心は限界を迎えた。
都賢秀が息を切らしながら座り込んでいると、レトムが何かに気づいたようだった。
「はぁ、はぁ……どうしたんだ?」
<あの屋台を見てください。>
レトムの指示した方を見ると、そこでは商人が様々な武器を並べて売っていた。
「さあ、これを見てください!一振りで人を切り倒せる剣から、何でも貫く銃まで、防衛用から暗殺用まで何でも揃ってるよ!」
少し過激な宣伝文句ではあったが、普通に商売をしている露天商にしか見えなかった。
「で、その人が何だって?」
<屋台の真ん中にある武器をよく見てください。>
「真ん中?」
都賢秀が視線を集中させると、そこにはかつて旅の途中で彼が「1番の自分」に渡したプラズマピストルと高周波ナイフ、そしてマガジンを収納できるショルダーホルスターがあった。
すべて、あの少女に奪われた装備だ。
「ん?あれ、俺たちの装備じゃねぇ?」
<その通りです!>
武器類だけで、他の荷物は見当たらなかったが、少しでも回収できたのは幸運だった。
「よし、まずはあの商人に装備を返してもらって、ついでにあの少女の行方を聞こう。」
<は?何を言って――>
レトムが何か言おうとしたが、都賢秀は聞く耳を持たず、そのまま商人の元へと駆け寄った。
「ちょっとおっさん!その銃とナイフ、俺のだから返してくれ!」
都賢秀にとっては当然の要求だったが、商人の返事は――
「なんだい、ラクダのケツに米粒がくっついたような寝言を言いやがって。頭がどうかしてるなら家帰って寝てろ。」
まったく相手にされなかった。
<自分の物だからって、素直に返してくれると思いましたか?ほんと、甘いですね。>
「うるせぇな!でもな、俺にはちゃんと手があるんだ!」
<手?何か策があるんですか?>
レトムが希望を込めて尋ねたが、都賢秀は自信満々に叫んだ。
「当然!それはな……俺の華麗なる話術だ!」
まさかの“話術”頼み。レトムは「それどこの国の冗談ですか?」という顔で見ていたが、都賢秀は真剣だった。
「おい、おっさん!さっきも言ったけど、あれは俺のもんだ。昨日、ある女の子に盗まれたんだよ!」
「はぁ?そんなこと俺の知ったこっちゃねぇよ。正規のルートで買ったんだ。欲しけりゃ買え。」
「盗品売ったら罪に問われるぞ!」
「どこから湧いたんだお前は。法律がなくなってどれだけ経つと思ってんだ。」
“法律が存在しない”という一言で、都賢秀の口が止まった。
確かにこの終末世界に国家も政府も法も存在するわけがなかった。
結局、都賢秀の華麗なるトーク術は完全なる敗北で幕を閉じた。
<やっぱり都賢秀に期待したのが間違いでした。>
「うるせぇ、まだ手はある!」
<手?今度は何ですか?>
レトムが最後の希望をかけて尋ねると、都賢秀は――
「こういう時、信じられるのは一つだけ……拳だ!」
まさかの力業。あまりに浅はかな最終手段にレトムは顔を背けた。
「おい、おっさん!痛い目見たくなかったら、さっさと返せよ!」
「返さなかったら?」
「ぐっ……だったら俺の拳が怒るぞ……!」
カチャッ。
「……話し合いましょう。」
商人が銃を突きつけた瞬間、都賢秀の“拳による解決”はあっけなく終了。
「黙ってその装備が欲しけりゃ金出して買え。嫌ならとっとと消えな。」「……いくらっすか?」
ようやく商人も納得して、銃を下ろした。
「リン。あの娘が水一杯と引き換えにこれを俺に売った。だから水一本分よこせばいい。」
この砂漠では、水は通貨の代わりになるほど貴重な資源だった。
「でもさ、ずっと気になってたんだけど、この砂漠の真ん中で一体どこから水を調達してるんだ?」
「本当に何も知らないんだな。東に約30キロ歩けば井戸がある。みんなそこから水を汲んできて俺らに売ってるんだ。お前も試してみるか?」
レトムは驚きの声をあげた。
<30キロですか?往復で半日ほど歩ける距離ですが、問題はその間砂漠を横断しなければならないことです。>
砂漠を横断するということは、何も知らない初心者が準備もなしに足を踏み入れれば、たった4時間で命を落とす危険がある。
だからレトムは都賢秀に止めるように言おうとしたが…
<ダメです。拒否しないでください、都賢秀さん?>
都賢秀は顔を覆い悩んでいる様子で、レトムは不思議に思った。
「たった30キロ先に井戸があるなら、水脈も生きてるってことだ。これなら簡単に解決できる。」
<はい?>
レトムは意味が分からず疑問を浮かべているが、都賢秀は自信満々の表情で商人を見返した。
「じゃあ、水一本くれれば装備を返すって話は本当だな?」
「そうだ。」
「じゃあ水を取りに行くから、そこの空の瓶だけはタダでくれよ。」
「ふん!何を企んでるか知らんが、はいよ!」
初めて見事なトークで空の瓶をただで手に入れた都賢秀は、残った持ち物の野戦用シャベルとビニール袋を持って砂漠に向かった。
シャベルで地面を掘り、その上に水瓶を置き、ビニール袋で覆い、小石をビニールの上に置いた。
「さあ、あとは待つだけだ。」
都賢秀はにこにこしながら座っていたが、レトムは何をやっているのか全く理解できなかった。
<これで本当に水ができるんですか?>
「そんなことも知らないのか?本当に馬鹿なAIだな。」
レトムは都賢秀の冷やかしに腹を立てたが、彼の意図がどうしても分からず言葉を失った。
「一日待てばいいんだ。黙ってろ。」
のんびりした都賢秀を信じて、レトムも静かに見守った。
*****
一夜が明けて眠っていた都賢秀は伸びをして起きた。
「うぐぐ…砂漠で寝るのも久しぶりだな…」
<…砂漠で寝たことがあるのですか?>
「…昔な。とにかく、うまくいったか見てみるか。」
都賢秀がビニールをめくり中を覗くと、レトムも我慢できず中をのぞいた。
<え、本当に水が?!>
水瓶の中に確かに水が入っていた。
訳が分からないレトムは掘った穴も調べたが、昨日まで乾いていた穴は湿気で満たされていた。
<まさか…砂漠の蒸留法ですか?>
いくら乾燥した砂漠でも地下に地下水脈が存在する地形はある。
そのような場所で膝まで掘った穴にビニールをかぶせると、砂漠の熱気で水蒸気が発生するが湿気はビニールを通れず溜まっていく。そこに石などを置いて傾斜を作れば水滴が集まり、集められた水は“砂漠の蒸留法”と呼ばれ、生存術の基本でもある。
「やっと気づいたか。まったく、馬鹿なAIだな。」
都賢秀の嫌味にレトムは腹を立てたが、気づかなかった自分も悪いので言い返せなかった。
「さあ、それじゃあ俺の持ち物を取り戻しに行くか。」
都賢秀は水瓶を持って商人の元へ戻った。
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