第55話 急がねばならないようだ
突然、自分の左腕に現れた魔法陣を見て、都賢秀は思わず息をのんだ。
「こ、これは何だ…?」
まるで、最初に子龍を見たときのようだった。プラズマガンのようなエネルギー弾が飛んできて、それも岩を貫くほどの威力だったのに、彼らは片腕だけで弾を受け止めていた。まさに現実離れした光景。その時、白龍が目を覚ました。
「むにゃ…我こそは以前申したではないか…力を分散せよ、と…子龍には戦闘能力を…汝には防御能力を…むにゃ…」
白龍は力を温存するため、また眠気に襲われたのか、言葉を中断し再び寝入ってしまった。
都賢秀は「いつも通りなトカゲだな」と思いながらも、今回だけは助けになったと内心で思っていた。
「問題はだな…子龍のように飛び来る銃弾を、反射的に片腕で防ぐだけの神経が、自分にもあるかどうか、ってことだ…」
子龍を初めて見たとき、都賢秀は思わず目を疑った。プラズマピストルを片腕で受け止めたあの反射神経は、人間離れした武術というよりも、人の域を超えていた。
それを自分もできるのか――不安と期待が交錯する中、路地の向こうで命令が響いた。
「無駄な抵抗はやめ、素直に投降しろ!!」
追ってきたエージェントたちが降伏を促しつつ、銃口を向けた。
「くそッ!体を拘束するとか言いながら、発砲を止めねえじゃねーか、このクソガキどもが!!」
都賢秀は思わず罵りながら腕を振り上げた。すると――
――彼の左腕から発動した魔法陣が、まるで子龍並みの反射で銃弾を防いだ。
「ふむ…どうやら俺にも子龍くらいの反射神経が備わってるらしいな。さすが俺だ。」
自惚れに浸りたかったが、そんな暇はなかった。
「奴だ!!包囲せよ!!」
斎藤レンとその部下エージェントたちが一斉に迫ってきていたためだ。
「ちっ!!クソガキがァ…!」
やむなく都賢秀は狭い路地へ駆け込んだ。路地は狭く、通るたびに肩や腕に擦り傷ができたが、後ろの銃声が止む気配がないため、止まることもできなかった。
しかし――
「くそっ!!」
ぐるりと避けながら辿り着いた先は、広い空き地だった。そして入り口は一つしかない袋小路だった。
狭い路地なら一人ずつ相手にできるかもしれないが、ここは広場だ。包囲されればもう逃げ場はない。
「はあ…これで終わりか…素直に投降しろ、次元の繋ぎ手。」
斎藤が深呼吸をしつつ近寄ってきて、降伏を促した。
「……おまえ、‘あいにく〜了解しました’なんて言って捕まるのかよ。23番地球へ連行されて、死刑かもしれないんだぞ?」
「だからって、この状況でおまえに何ができる?従わないなら…」
斎藤は腕を上げ、20人以上に見えるエージェントたちが一斉に銃を構えた。
白龍の力で都賢秀は防御しているとはいえ、左腕だけに保護膜がある状態。これだけの銃撃を全部防げるわけではない。
蜂の巣になって命を終えるか、素直に捕まって裁きを受けるか――選択の時が迫っていた。
「くそ…俺は一体何をそんなに悪いことをしたんだろう…」
息詰めた思いで次の行動を考えていたそのとき、背後の壁が――
『ガガガァァン!!』
爆発音が鳴り響き、壁が崩れ落ちた。
「兄貴!!こっちです!」
「子龍か?!」
崩れた壁の向こうから、子龍が手招きしながら叫んでいた。
「あッ!! 接続者が逃げたぞ!!急げ、捕まえろ!!」
エージェントたちが追いかけてくると、都賢秀はすぐに崩落箇所へ滑り込み、子龍は――
「ここは通さぬ!!」
怪獣のような力でエージェントを一人ずつ掴んで外へ投げていった。さらに拳を「ドンッ」と叩きつけると、再び壁が崩れ、通路が遮断された。
人かどうか疑いたくなる子龍の活躍に、斎藤は言葉を失って震えていた。
「そ、それ…奴は一体何者だ…?」
*****
子龍の活躍のおかげで、なんとか脱出に成功した都賢秀は腰を折って息を整えていた。
「はあ…ありがとう。おかげで助かったよ。」
白龍の防御能力を与えられた都賢秀に比べ、子龍は攻撃能力を与えられ、強化された筋力と反射神経で超人的な力を発揮していた。
「いや、別に…」
照れたように頭を掻きながら、子龍は答えた。
「でも…どうして分かったんだ?ここへ来るって…」
「レトム公が教えてくれました。兄貴が危険に陥ると仰ったので、急いで一緒に来よう、と。」
レトムが消えたと思ったら、子龍を呼びに行っていたらしい。
「ありがとう。おまえとしてはなかなか良い選択だったぞ。」
〈ケホンな…言葉遣いよく使ってくださいよ…〉
危機は脱したものの、三人は深い思案に沈んだ。
「…どうしようか。顔バレした面子がいるならまだしも、 斎藤という若造がここに来たせいで俺の顔がエージェント全員に晒されたに違いない。」
〈その通りです…今後は不用意に街を出回らず、慎重に動く必要があります。〉
「それより隠れる場所が必要だな。ここには別の都賢秀もいないと言われたが、隠れ処はどうしよう?」
長期間逃亡者として潜伏する者たちは、昼間は隠れ家に潜み、夜だけ移動することで捜査をかわすといわれている。だから隠れ処の確保は命綱。そのような好都合な場所が急にはできるものではない。
「実はそれも考えてたんだけど…子どもたちがいた場所に、いかないか?」
「子どもたちがいた場所?」
「そうです。兄貴がいない間、マーシャ夫人と話しましたが、もしよければここにいていいと許可をいただきました。さらに、そこは村の外縁部の、人目につきにくい場所ですし、子どもたちを多く含む地域なのでエージェントも怪しまないと思います。」
子龍の提案に、一瞬悩んだ都賢秀とレトムだったが、頷いた。
悪くはない選択。それに買ってきた物資を届ける必要もある。
「おお!無事帰ってきてくれてよかった。心配してたのよ。」
都賢秀が危険だと聞いてすぐに駆け出した子龍の姿に、マーシャ夫人もかなり心配していたようだ。
「はは…余計な心配かけてすまなかった。食材を買って戻ってきたら少し騒ぎになりましてね。でも、子どもたち用の食べ物や服、薬草もちゃんと持ってきました。」
都賢秀がトレーラーから満載の荷物を取り出すと、マーシャ夫人は驚きのあまり声を失った。
「えっ…そんなにたくさん!?いえ…こんなに大げさにしていただかなくても…」
「いいえ。聞いたところによると、子龍から“しばらくここにいていい”とお伝えいただいたとか。これは宿泊料としてお受け取りください。」
子どもたちへの服や食料、緊急薬の物資まで届けてくれた都賢秀に、マーシャ夫人は涙ぐみ、子どもたちは歓声をあげながら集まってきた。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます。」
マーシャ夫人はひたすら感謝の言葉を繰り返しながら、まずは子どもたちに防寒着を着せていた。
暖かい光景に自然と微笑がこぼれ、頭に渦巻いていた不安や迷いが少しずつ和らいでいった。
*****
マーシャ夫人は購入した食材で料理をふるまい、都賢秀と子龍もご馳走になった。
「召し上がってください。田舎の主婦料理なので大したことありませんが、体は温まりますよ。」
「ありがとうございます…でも、これは何の料理でしょうか?」
ご飯とも雑炊とも違う粘り気のある独特な外観で、二人は首を傾げた。
「お客様たちはこの地の出身ではないでしょう。これは“カーシャ”と呼ばれる、そば粉を煮たロシア風の粥なんです。この辺ではよく食べられてますよ。」
そば粉を麺でしか見たことのなかった都賢秀は初めての“粥”。一口食べると、つぶつぶとした食感と香ばしい風味が広がり、素朴ながら深い味わいだった。
「これ、すっごく美味しいな…!」
マーシャ夫人の料理の腕に驚いた二人は、あまりの美味しさに箸が止まらなかった。
「お腹すいてたんでしょう?二人とも。ゆっくり食べて、水も飲んでね。」
ゆっくり食べるよう促されても、あまりにも空腹で、味も良くて二人は急いで食事をした。
一方でレトムは二人を見守りながら、これからの策を語り出した。
〈お二人とも、すでに顔が知られてしまっていますので、むやみに出歩くのは良くありません…そこで、私が神殿へ行き、調査を行います。調査が終わったら動くことにして、それまではここにいましょう。〉
レトムはクローク機能で姿を隠せるが、都賢秀と子龍は今回はヨーロッパ人エージェントと激突したので、安易に動くわけにはいかなかった。
また夜中に動こうにも、この地形や建物構造を知らずに動けば逆に発覚するリスクが高まる。
「そうだな…。じゃあお願いするよ。」
〈かしこまりました。それでは行ってまいります!〉
都賢秀は空に消えるレトムをじっと見つめていた。
その時、子どもたちの宿舎後方から“小さなタンタン”という音が聞こえた。
都賢秀が振り向くと、ルカが短剣を投げる練習をしていた。的に向かって正確に次々と投げている。まるで一日に数十回、集中練習をしているかのようだった。
「…すごい腕前だな。」
ポツリと言った都賢秀に、ルカは無表情で的を見つめたまま続けていた。
「でも、そんな練習…一体何のためにするんだ?」
「…裏通りで生き延びるには、自分を守る技術が必要だからさ。単なるスリって話じゃない…それ以上のものなんだ。」
「なるほど…」
世界的に治安が良いと言われる韓国でも裏通りは危険がいっぱい。ましてやここでは護衛の概念すらあいまいだ。少女が生き延びるためにそれなりの技術を持つ必要があるのは事実だろう。
「それで…本当に聖女を狙ってるのか?」
「なッ?!」
「さっき、シルニキみたいな人形と話してるの聞こえた…聖女の聖物を壊すつもりだって言ってたな?」
「うん。」
「もしお願いしてあきらめさせようとしても?」
「無理だよ…私たちは、あれを壊すために旅してるんだから。」
「わ…話も聞かずに?」
「うん。」
都賢秀の真剣な表情を、ルカは見つめたまま静かに言った。
「…後悔するわよ。」
そう言い残して、ルカは去っていった。都賢秀は混乱した顔で呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
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