第54話 聖女の正体
「偽善者だって…それは、どういう意味ですか?」
どんなに文化が違っていても、「聖女」という称号を名乗るには、人々のために献身し犠牲を払う女性だけが得られる称号であるはずだった。
そういった聖女に対し「偽善者」呼ばわりするマーシャ夫人の言葉を、都賢秀は到底理解できなかった。しかし、夫人は決然とした口調で、聖女を「ろくでもない女だ」と非難していた。
「彼女と呼ばれる女――聖女と呼ばれて歩いているくせに、私たちのような貧しく苦しい人々を無視して、寄付金をたくさん出した富裕層のような人たちだけを診療したり、奇跡を起こしたりして助けるんです…それに、リリカ村で商売しようとしても、寄付した人だけしか許可されない。だから富裕層はますます金持ちになり、貧しい人たちはどんどん貧しくなっているんです。」
「聖女」と呼ばれる人物としてはまるで不名誉なほど、彼女はむしろ独裁者よりもずっと冷酷で悪質な振る舞いをしていた。
「はあ…聖女と呼ばれながら、女が完全にめちゃくちゃな人間…」
「聖女様を侮辱するな!!」
都賢秀とマーシャ夫人が聖女について非難し合っていたその時、ルカがどこからともなく現れ、聖女をけなすなと怒鳴り始めた。
「ルカ!お客さんに対してなんて失礼なことを――」
「お母さんも同じでしょ!聖女様がどれだけいい方か知らないの?そんなこと言うの?」
「聖女のせいであなたは泥棒までしなくちゃいけなくて、弟妹たちは飢えに苦しんでいるのに、どうしてそんなに聖女をかばいたいの?!」
「それが何で聖女様のせいなの?…ただ…これが私たちの運命なんでしょ!」
けっして言葉が噛み合わない。まるで洗脳されたかのように、ルカは何を聞かされても必ず聖女の側に立った。
「嗚呼~、まさに狂信者そのものだな…聖女があんたに何をしてくれたって言うんだ?」
「知らない!お母さん、憎い!」
ルカは自分の言葉を全く聞いてくれない母・マーシャ夫人に苛立ち、泣きながら別の場所へと駆け去ってしまった。
「はあ~、あの子はどうしたものか…」
マーシャ夫人は頑固者のルカを扱いにくそうにため息をつき、頭を振った。
「あの子、一体どういうわけで?聖女に何か大きな恩を受けてでもいるのですか?」
「ああ、そんなことはあり得ませんよ。あの少女も教団の助力を得られず、道をさまよっていた子です。でも宗教の力は怖いもので、あの子も聖女がいい方だと信じ込んでいるんです。」
都賢秀の心配どおり、聖女教団を盲目的に信奉する熱狂的な信者がいるようだった。
もしキューブを破壊したら、信者たちがどんな行動に出るか予測できない。]
「…山の上にさらに山を見るようだな。」
都賢秀は心配が連鎖していく中、唾を飲み込みつつレトムを見る子どもたちの姿が目に入った。
「おい!君たち、それ食べ物じゃないよ。雑巾だよ、雑巾。」
自分を汚れた者扱いする都賢秀にレトムは苛立ったが、お腹を空かせてもちもちした感じの自分を見つめる子どもたちのため、喧嘩する気にもならなかった。
<都賢秀様。子どもたちのために市場へ行って食材を買ってくるのはいかがでしょうか?>
「ん?なんだって?倹約家のお前が?」
<本当に必要なところには使う、ということです。私がいつ“ケチだった”なんて言いましたか?>
「とにかく、賛成だ。市場へ行って食材を買ってこよう。」
レトムの提案に乗った都賢秀とレトムが、子どもたちの食材を買いに行こうと言い出すと、マーシャ夫人は驚いて手を振って拒もうとした。
「そんな、そんなことは不要です!それにルカのせいでご迷惑をおかけしたのに、私たちの方が謝罪しなくてはならないのに…」
「気にしないでください。子どもたちを飢えさせるわけにはいきません。むしろ、たくさん買いに行く余裕がなくてすみません。」
「そんなことをお言いでないでください。少しでもお手伝いいただければ、私たちにとっては大きな力になります。」
子どもたちのために食料や救援物資を買って届けるという言葉に、マーシャ夫人は感激して涙すら浮かべた。
「よし、子龍!俺たちは市場へ行って必要なものを買ってくる。お前はここに残ってマーシャ夫人を助けてくれ。」
「承知しました、兄さん。」
子龍に後のことを任せ、都賢秀はレトムと共に市場へ出かけた。
*****
「でも…何を買えばいいんだ?」
<少なくとも子どもたちが一か月間食べる食材、それと病気の子もいるようですから、薬草の類、そして身なりが粗末に見えましたので、衣類も買って持っていけばいいでしょう。>
レトムが示した買い物リストを見て、都賢秀はうなずきながら答えた。
「やっちまったな!クソッ、俺一人でそれ全部どうやって持って帰るってんだ!」
一ヶ月分の食材に各種病気用の薬草、それに30人以上分の衣類をざっと計算しても、荷物は軽く40〜50kgに達するはずだった。
どんなに事実を伝えてもレトムはなぜか呆れたようにこちらを見ていた。
「…なんでそんな目で見るんだよ?」
<呆れてるからです。今まで教えてさしあげたことは全部お尻から出しちゃったのですか?>
「この野郎が…ていうか“教えてくれた”だと?」
<私がキャンピングトレーラーをお見せしたことをお忘れですか?それを使って運べばいいじゃないですか。>
「あ…」
4人が寝られるほどの巨大なサイズだけど、財布サイズまで縮小できる未来技術のキャンピングトレーラー…。
今まで671番地球で一度しか使わなかった、読者も忘れかねないくらい使用頻度の低さを考えると、すっかり忘れていた都賢秀は言葉を失い、ただ美しい空を見上げるしかなかった。
<無駄なことはせず、早く物を買いに行きましょう。>
「わかったよ。」
薬草商からは風邪薬、解熱剤、消化剤などの簡単な薬草をすでに買い揃え、冬用の衣服、一か月分の野菜や肉まで揃えた都賢秀は、次にビタミン補給のための果物を買いに向かっていた。
「うわ…ビタミン剤や総合栄養補助食品がどれほど便利か、今になって実感するね…栄養補給を果物でしなきゃならないなんて…」
<仕方がありません。昼に申し上げた通り、この地の文明度は798番地球と比べて11〜12世紀程度ですからね。>
子どもたちの健康のためには食事だけでは足りず、栄養補給をきちんとしなければならない。ただ現代世界ならばビタミン剤やサプリで補えるものを、ここでは果物で補うしかないという。
ただし、113番地球では果物は贅沢品扱いで、よほどの権力者でない限り買えないらしい。
「じゃあ買わなきゃならん果物はリンゴとラズベリー…え?」
レトムが言った果物を探していた都賢秀は、ある店で妙な果物を見つけて足を止めた。
「これは何だ…果物がどうしてこんなに平たい形してる?昔テレビで見た“平べったい桃”というやつか?」
都賢秀は昔の旅行番組で見た平桃とまったく同じ姿をしていたので、それが桃だと思ったのだが…
「これはリンゴだよ、お兄ちゃん。つぶれリンゴっていうんだ。」
「え?これがリンゴだって?そんなリンゴもあるのか?」
初めて見るリンゴの形に興味津々で、あちこちから眺めていた都賢秀。
「わあ〜これなんていう果物だろう?面白い形だね?」
隣にいた青年も、そのつぶれリンゴが珍しいらしく、テンション高めに驚いていた。
「これは“つぶれリンゴ”というもののようです。」
「ほんとですか?これがリンゴとは、別次元の印象がガツンと来ますね。」
「別次元?」
青年の口から出た「別次元」という言葉に、都賢秀が訝しげな顔で彼を見つめたところ…
「え?」
「どうしたの…え?」
青年も都賢秀を見て驚きを隠せなかった。
その青年は――なんと、都賢秀を追い回していたスペシャルチームの隊長、斎藤 蘭だったのだ。
「“次元の接続者”だと?!!」
「俺をつけ狙っていたガキかよ?!!」
斎藤は都賢秀を見つけるや否や、即座に銃を取り出して威嚇しようとしたが…
「おい!! 市民がいる場所で銃を撃つつもりかよ?!」
連盟のエージェントだが、正義感に満ちた斎藤は、「市民がいる」と言われて思わず“うっ”と引き、一瞬止まってしまった。
「チッ…まさかここで見つけるとは…ん?」
市民がいるので撃つなという都賢秀に対し、突然自分に銃を向けてきたことに驚いたサイトウは…
ドン!!
「うおっ!!」
都賢秀が発砲したことで、 斎藤は驚いて腰をかがめ、かろうじて避けた。
「おい!! お前が“撃つな”って言っただろ!!」
「だからさぁ、誰が素直に振る舞えって言ったんだ?!」
嘲るように言い放つ都賢秀を振り切って走り去る一方、怒りに燃える斎藤はその後を追っていった。レトムはこの光景を眺めながら、誰が正義で誰が悪党なのか深く悩んだ。
「次元の接続者を発見した!! 23番地球に至急集合せよ!!」
斎藤は無線でチームメンバーを呼びながら都賢秀を追跡する。
一方、都賢秀も逃走のため、レトムにルートを呼びかけた。
「おい! 最短逃走ルートを早く探せ! 早く!!」
<ああ、AIのくせに…>
レトムは文句を言いながらも路地をスキャンし、逃走ルートを探したが…
「無駄な抵抗はやめて速やかに投降しろ、次元の接続者!!」
斎藤の部下と思しき巨漢の男が路地で現れ、都賢秀を襲いかかってきた。
都賢秀は驚異的な反射神経で短剣を取り出し、エージェントの攻撃を防いだ。
「面倒くせえ奴らだ!」
前蹴りで距離を取って再び逃げ出す都賢秀。
しかし相手の数は多すぎた。今度は正面から現れ、三段棍を振り回される。
「うおっ!!」
都賢秀は腰を沈めて避け、反動でアッパーカットを放とうとした。
だが相手エージェントも反射神経が鋭く、アッパーカットはかわされた。しかし、都賢秀が腰をそらせたため防げず、相手の前蹴りが命中し、激しい一撃が彼のみぞおちを襲った。
ドは苦痛に満ちた体勢で相手を振り切り、逃走を続けたが、先は闇そのものだった。
「ハァハァ…エージェントが何人いるんだ?この状況で路地に逃げ込んでも振り切るのは難しいな…」
行く先々でエージェントが現れるため、複雑な路地に潜り込んでも発覚する確率が高まりそうだった。
逃げ道が思い浮かばず、レトムも苛立ちで言葉を失っていた。
<…できるだけ時間を稼ぎつつ逃走を続けてください。少々出かけてきます。>
レトムは「時間を稼いでいろ」と言い残すと、姿を消してしまった。
「この…冷たいやつめ!!」
自分を見捨て先に逃げ去ったレトムに罵声を浴びせながらも足を止められない都賢秀は、そのまま走り続けた。
「そいつだ!!」
そのとき、屋上で待ち伏せしていたエージェントが都賢秀を発見して声を上げた。
屋上のエージェントはライフルを構え、射撃を試みた。
「くそったれ!!」
都賢秀は地面に伏せて避けようとしたが、背後に幼い子がいることに、瞬時に気づいてしまった。
自分が撃たれて避ければ子どもが代わりに当たってしまう…だからといって躊躇する間もなく動きを止めた。
その一瞬のために秘術は遂に発生してしまった…
「いや…まさか?」
左手から展開された魔法陣が、エージェントの銃弾を、まるで盾のように防ぎきったのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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