第53話 スリ少女
人気のない裏通りに足を踏み入れたその少女は、盗んだ戦利品を手にしながら薄笑いを浮かべていた。
「ふふ…旅人のバカどものおかげで今日も一稼ぎできたわ。」
リリカ村は教団本部がある場所だから、聖女に祈りを捧げようと訪れる旅人が常に多く、住民より旅人の方が多いほどだった。
そんな村では旅人を狙った犯罪が横行していて、少女もまた、旅人の財布を狙う小悪党の一人だった。
少女はずっしりとした財布を見て、口笛を吹きながら気分が上がった。
「重みがあるな…けっこう金入ってるんじゃない?」
ところが財布を開けてみると、大陸共通通貨の銅貨ではなく、銀貨がぎっしり詰まっている。少女の顔は青ざめた。
「え…これ、銀貨?!」
デザインを見る限りこの地区の貨幣ではないようだったが、確かに『銀』だ。リリカ村あたりでは治安がいいとは言えず、貧民や平民の財布なら、聖騎士たちも把握すらせずスルーする。しかし――
旅人など大金を持つ人を狙うと、聖騎士たちは村全体を震撼させてでも犯人を追い詰める。想像しただけで背筋に震えが走り、少女の手はぶるぶる震えた。
「な、なんなんだこれ…?見た目すげーしょぼいから、平民かと思ってたのに…」
慌てふためいた少女がどうすればいいかわからず戸惑っていると、突如――
『ガキィィン!!!』
轟音と共に、塀が崩れ落ちた。
「な、なにこれっ?!」
少女が振り返ると、崩れた塀の隙間から、怒りに満ちた顔のまるで悪魔のような姿の子龍が立っていた。
「そ、そこの娘…」
少女は命乞いのつもりで財布を差し出そうとしたが――
「よくも…領主閣下から賜った貴重な銀貨を盗むとは…厳罰が相応しかろう。」
龍煒への忠義が厚く、感情の起伏が激しい子龍は、衝動的に少女の前で剣を抜いた。
「ひぃっ!!」
命の危険を感じた少女は必死で逃げ出そうとした――が――
「無駄だ!!」
子龍が振り上げた剣を、少女に向かって振り下ろした。
「きゃあっ!!」
少女は辛うじてかわしたが、剣が塀を叩き割る轟音に、目が見開かれた。
「化、化け物!?」
少女は命からがら路地へと逃げ込んだ。流石スリとして鍛えられた脚力、自信があった。
「はあはあ…あれが怪物だなんて……きゃあっ!」
巨大な体格で笑っていた子龍が、信じられないスピードで追いかけてきた。
相手の力を悟った少女は、全力で逃げるしかないと判断し、素早く屋根へと飛び移った。
「はあはあ…あんなデカいやつが…ここまで…」
「お前――」
「きゃああああっ!!!」
誰もいないはずの屋根の上から、女性の声が響き少女は振り返った。今度は悪鬼のような顔をした都賢秀が待ち構えていた。
「よくも俺の金を抜いたな?!思い知れ―― あれ?」
少女は言葉を聞かず、悲鳴をあげて逃げた。しかし、都賢秀も子龍に負けない、いや!それ以上のスピードで追いかけてきていて、運動不足の少女は冷や汗が止まらなかった。
「お、お金返すから、追うのやめて…!!」
「他人の金に手を出すやつらには、思い知らせてやらなきゃ分からんのだ。」
ただ懲らしめるつもりで追っているのだと悟った少女は、生き延びるために必死で逃げた。
「これ、児童虐待だよ!!」
「泥棒は犯罪だ。」
都賢秀の拳が屋根を叩き割る現場を見た少女は、飛び降りようとしたが――下には子龍が待ち構えていた。
「無様なスリには、それ相応の罰が必要だ!」
「きゃあああっ!!」
少女は泣きながら逃げた。だが、最終的に袋小路に追い詰められ、二人の怪物を前に震えるしかなかった。誰が被害者で誰が加害者かも分からないカオスな状況。
「一発だけな…このクソガキ…」
脅された少女は…
「い、いまからでも笑って見せるから…」
と必死に泣き叫びながら鋭い視線で二人を見つめ、ポケットから短剣を取り出した。
しかし、熟練兵の都賢秀と子龍にとって、少女の短剣など脅しにすらならなかった。しかし、こんな少女にそこまで追い込まれたのだと少し反省し、彼らは少女に近づいた。
「それ、捨てろ。金を返せば許してやる…!!」
「人をバカにしないでよ!!!」
少女は短剣を投げつけた――
飛んでくる短剣のスピードは尋常ではなく、二人は思わずあぐらをかいてかわした。
若い少女が短剣を、しかも同時に二人に向かって投げたのも驚きだったが……
『ガキィィン!!』
石積みの塀に短剣が深々と刺さった。
「な、なにこれ…?!」
少女が投げた短剣が塀に突き刺さったのを見て、都賢秀と子龍は仰天した。しかし、油断はできなかった。
少女が再び短剣を取り出して投げてきたからだ。
「ちっ…避けろ!」
二人は急いで塀の裏へ身を隠した。
「コイツ…一体何者だ?何の力があるんだ?」
「“公力”です、兄貴。」
「公力?」
「武器に気の力を込めて攻撃する技術で、通常の武器以上の威力を生むんですよ。」
まるで武侠小説のような話だが、塀に深く刺さる短剣を目の当たりにしては信じるしかなかった。
「そんな話はいい。あのガキがそんな技を使えるのはどうしてだ?」
「そ、それは…とにかく、あの攻撃を受ければただでは済まない威力です。」
塀に深くめり込む威力なら、銃弾並み。危険だった。
「なら両側から一気に走り込んで制圧しよう。」
「そうしましょう。」
二人はカウントをとって突撃しようとした――そのときだった。
「……ん?」
汗だくで立っている少女だけが、そこにいた。
「…今度は何だ?」
「うーん…短剣が落ちたって感じかな?」
実際、少女は短剣が落ちたようで、ポケットに手を入れたまま動かず立っていた。
「……」
少女にもはや脅威がないと判断した都賢秀は彼女に近づいて――
『ぺちん!』
正義の”ツッコミ”を一発お見舞いした。
*****
貧民街のはずれにある空き地では、10歳から12歳くらいの子供たちが協力して畑を耕していた。
約20~30人の子どもたちが暮らすこの場所で、最年長で唯一の大人はマーシャ夫人だった。
荒れた土地に野菜を植えるべく鍬を振るう夫人の元に、一人の少年がそっと近づいた。
「ママ…」
「どうしたの、ニコライ。何かあったの?」
「誰か来るみたい…」
少年が指差す先を見ると、たくましい体格の男二人が近づいていた。マーシャ夫人は緊張して子供たちを集めた。
「そ、この場所は孤児院なのよ。金目のものは何もないから、変なことしないで帰って!」
震えながら子供たちを守る女性に、男の一人――都賢秀が問うた。
「この子、知ってる子か?」
都賢秀が示したのはスリ少女だった。
「ルカ?!」
マーシャ夫人は、ぶら下がっている少女を見て“ルカ”と呼んだ。
「この子、何をしたの?」
「私たちの財布を盗みました。まさかあなたが命じたんですか?」
少女がスリを続けているなら他に黒幕がいるかと疑ったのだが…
「まさか?!ルカ、お前またスリをしたのか?!やめろって言ったでしょ!」
「でもママ…子供たちは…」
「聞きたくない!どんな事情があっても、人のお金を盗むなんて許せない!」
むしろマーシャ夫人がルカを叱りつけ、説教していた。
「ごめんなさい、先生たち…私が代わりに謝りますから、ルカを許してくれませんか?」
夫人が丁寧に謝り、自分たちにも責任があるとして、二人は少女を解放してくれた。
「ほんと…お前のせいで生きた心地がしないよ!」
マーシャ夫人はルカの尻を叩きながら怒鳴った。
「わあ!痛かったよ、ママ!」
「だからどうしてまた盗みなんてしたのよ!そんなならここに来なきゃよかったでしょ!」
口うるさく叱る夫人にルカは文句を言いながら別の場所へと行った。
マーシャ夫人は「この子をどう扱えばいいのか…」と悩む顔でため息をついた。
都賢秀と子龍は、その女性が一体誰なのか気になった。
「ところで…この大勢の子供たちのお母さんなんですか?」
「え?私は未婚ですけど…」
「え?だけど子供たちはみんな“ママ”って呼んでましたけど…」
「それは子供たちが私をそう呼んでいるだけで、私はただ行く場所がない子供たちを面倒見ているだけの人間です。」
「ってことは、孤児院みたいなものですか?」
「孤児院ってほど大げさなものではなく、私と子供たちが共同体生活を送っているだけです。」
数十人の子供を一人で世話しているマーシャ夫人は、生活に余裕がなさそうで服装も粗末。子供たちも栄養状態がいまひとつだった。
「ああ…良いことではないけど、この子が盗みに走る理由がなんとなくわかります。」
「申し訳ありません…」
子供たちの保護者と名乗りながら、着替えや食事も満足に与えられない夫人に、悲しさと申し訳なさが宿っていた。
〈ところで、こんなに飢えている子供たちがいるのに、なぜ教団や役所に援助をお願いしなかったのですか?〉
レトムがなぜ援助を求めなかったのか問いかけると、マーシャ夫人は言葉を失ったように沈黙した。
〈どうして…?〉
問い続けられ、夫人が黙り込むと――
「うわっ!話すチーズケーキだ!」
突然マーシャ夫人が声をあげた。レトム自身を指して「シルニキ」と呼んだのだ。
シルニキは北方風チーズケーキの一種らしい。レトムは自分をそう呼ばれた瞬間、マーシャ夫人が驚いて言葉を失った理由が分かった。
後ろで柔らかく笑いを堪えている都賢秀も、つられてクスッとしていた。
「ははは!この“もちのような”連中は私の家来だから、気にしないで。」〈“家来”ですか…本当に人間性が…〉
レトムは不快そうに抗議したかったが、子供たちの前では荒々しい言葉は控え、まず我慢した。
〈とにかく、なぜ助けを求めなかったのですか?噂では、教団の指導者たる“聖女”様は慈悲深い方だとか聞いていましたが…?〉
レトムは、なぜ聖女に援助を求めなかったのかと再び問うた。するとマーシャ夫人は鼻で笑いながら答えた。
「聖女様に助けを求めろ、だって?あの偽善者に?」
「え?」
なんと、マーシャ夫人は聖女を“偽善者”と呼んでいた。
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