第52話 盗人都賢秀
この地の指導者であり、聖騎士たちによって守られている「聖女」がキューブを所持していることが明らかになった瞬間、都賢秀と子龍は呆然とし、ただただレトムの方を見つめるしかなかった。
〈正確な理由は分かりませんが、この地ではキューブが“聖遺物”として扱われているようです〉
なんと、キューブが教団の象徴ともいえる聖なる遺物として崇められているというのだ。そして、それを保管しているのがこの村の実質的支配者である聖女本人――
「マジで…なんでいつもこうなの…」
671番地球でも領主龍煒がキューブを所有していたため苦労したが、それでもどうにか破壊に成功した経験があった。だが今回は、それどころではない難易度だった。
聖騎士たちの存在も厄介だが、それ以上に厄介なのは――村人たちの狂信的な信仰心だった。
都賢秀は、特殊部隊に所属していた時代に、狂信が人をどう変えてしまうのか、いやというほど見てきた。もしも“自分たちの心の支え”である聖遺物が壊されたと知ったなら、どれだけ理性を失った行動に出るか想像するのも恐ろしい。
「ていうかさ、そもそも……この教団は何でキューブなんかを聖遺物扱いしてるんだ?」
〈そ、それは……わたしにも分かりません〉
また出た、レトムお得意の「分かりません」。都賢秀の眉間が思いっきり寄る。
「お前さあ、ほんと何を知ってんだよ? 無駄に賢そうなだけのAIじゃねーか」
〈その発言は侮辱的です!訂正を要求します!〉
久しぶりに「無駄に賢ぶったヤツ」という言葉を聞いたレトムはカッとなったが、都賢秀も負けていなかった。
「聞くたびに“分かりません”しか言わねーからだろ! このヘットクドクイが! お前よりChatGPTのほうがマシだわ!」
〈ChatGPT?何ですかそのAIは?!わたしより優れたAIがいるなんて信じられません!〉
「いるんだよ、798番地球に!めっちゃ頭良くて、何でも答えてくれる超便利AIがな!」
どうでもいいことで口論を始めた都賢秀とレトム。その様子を呆れ顔で見ていた子龍の表情が突然真剣になり、都賢秀の頭をぐいっと押し下げた。
「頭を下げてください、兄貴!」
突然の動きに驚いた都賢秀も、すぐに顔を引き締めた。
「あいつら……連盟のエージェントじゃないか?」
聖騎士たちの間に、見慣れた黒服の男たち――次元移動管理連盟の巡察官たちが紛れ込んでいた。
「なんでここに?」
〈あの人たちは……連盟の治安局巡察要員です〉
「次元を閉じた地球にはもう連盟はいないって話だったろ」
〈それは……都賢秀様がすでに三度、彼らの追跡を振り切ったという“実績”があるせいかと…〉
「ちくしょう…」
マザーの高度な演算力により、15日もあれば都賢秀の居場所を割り出すことが可能。しかし、都賢秀はそのわずかな期間で3度もキューブを手に入れ、そして逃走にも成功してきた。これにより連盟のプライドは傷つき、放棄したはずの地球にまでエージェントを送り込んできたのだ。
〈恐らく、都賢秀様を確保するため、閉じた地球にまで巡察官を派遣しているのでしょう。より慎重な行動が必要です〉
「クソッ…じゃあ、113番地球の都賢秀のところへ急いで行こう」
都賢秀が「113番地球の自分」に会いに行くと言ったのに、レトムはなぜかじっと動かなかった。
「…何やってんだ。行くんだよ、113番に」
〈それが実は……〉
なんでこのAIは歯切れが悪いんだ、とイライラする都賢秀と子龍だったが、レトムの口から出てきた言葉に衝撃を受ける。
〈この地球には……他の都賢秀様が存在しません〉
「はあっ?!」
〈すべての地球に都賢秀が誕生するわけではないようです。稀に“都賢秀のいない地球”も存在するのです。その一つが――〉
「ここだってか?!」
〈……はい、そうです〉
「お前えええ!そんな重要なこと、今さら言うなよ!この無駄に賢そうなだけのAI が!!」
都賢秀の怒号に、レトムは反論もできずしゅんとなった。
キューブを奪うタイミングを見極めるためには周辺の観察が重要だが、巡察官たちが監視している今、うかつに通りをうろつくのは危険だ。
しかもこの地球には“他の都賢秀”も“シロナガスクジラカフェ”も存在しない。
潜伏場所の確保すらままならない。
「なあ、トカゲ。なんかいいアイデアないのかよ?」
「ぬうっ? な、なんと言ったのだ?」
白龍に助けを求めるも、彼は671番地球を出てからというもの、 都賢秀と子龍に力を貸すだけでエネルギーを使い果たし、今や半冬眠状態になっていた。
「…起こして悪かったな。寝てろ」
「ぐぅぅ…よく寝てたのに……なぜ…起こして……むにゃ…」
結局すぐに寝直してしまった。
「この子の神通力にちょっと期待してたんだけどな……」
三人は再び、どうすべきか頭を抱えることに。
「やっぱり……方法は一つしかないな」
長い沈黙の末に、都賢秀が口を開く。その顔を期待を込めて見つめる子龍とレトム。
「どんな方法ですか、兄貴?」
〈その作戦とは?〉
都賢秀が示した“唯一の方法”とは――
「盗むしかねぇだろ」
そう、“盗む”という選択だった。
「…よくそんなことを堂々と言えますね」
堂々と腰に手を当てて、誇らしげに“盗もう”と言い放つ都賢秀の姿に、子龍とレトムは同時にため息をついた。
「おいコラ!じゃあ他に方法あんのかよ?!」
〈いや、確かにないですけど……リーダーが言うことではないですね〉
「うるせぇ!もち野郎!」
ブツブツ文句を言いながらも、現実的にはこれ以外の選択肢はなかった。
〈リーダーという存在に近づけば近づくほど、その人格が疑わしくなっていくような…そんな不安が止まりませんが……確かに手段は限られています〉
「まったくですね…」
「でも兄貴。キューブを盗むって言っても、どうやるつもりなんですか?聖騎士が何人いるかも分からないし、24時間体制で警備してますよ?」
子龍の不安はもっともだった。
村のリーダーであり、村人たちの信仰を一身に受けている聖女を相手にするのだ。村の協力を得ることはまず不可能だし、聖騎士の警備も並じゃない。
それでも都賢秀は自信満々だった。
「大丈夫。作戦は2つあるからな」
〈2つも?それはどんな――〉
「まず、プランAは“おとり作戦”だ」
〈おとり作戦?〉
「そうだ。子龍が正面玄関で暴れて、聖騎士たちが駆けつけた隙に俺がキューブを奪って、すぐに別の地球に逃げる……完璧だろ?」
子龍を“捨て駒”にする作戦に、レトムと子龍は言葉もなく、冷たい視線を向けた。
〈自分を信じてついてくる弟分を犠牲にするだなんて…さすがのリーダーシップですね〉
「俺、兄貴に何か悪いことしましたっけ?」
非難と悲しみの目に晒されて、都賢秀自身もさすがに自分の発想がアレだったと気づいたのか……
「うっせえ!でもこれが一番現実的だろ!」
(いや、多分都賢秀自身も「ないな」と思ってるはず……主人公だからこそ…)
反発を受けた都賢秀は、仕方なく次の作戦を説明する。
「じゃあ、プランBだ。次の作戦は――」
次こそまともな案を…と期待する二人。
「夜に聖女の部屋に忍び込んで盗む」
シンプルすぎて逆に恐ろしい案だった。
〈次元の繋ぎ手ともあろう方が、若い女性の寝室に忍び込むなどと……なんて尊い救世主なんでしょう〉
今度はAプラン以上の冷たい視線が突き刺さった。
「てめぇら!!じゃあお前らが作戦考えてみろや!!」
〈……ですが現実的に考えて、潜入以外に手段はないでしょう〉
「そう思います…」
結局文句を言いつつも、二人はその作戦に乗るのだった。
「くそっ……お前ら……絶対そのうち仕返ししてやる……」
怒りに震える都賢秀。だがその時、通りがかりの少女が彼の肩をグイッと押して通り過ぎて行った。
「は?道、広いのになんでぶつかってくんだよ…」
振り返ると、それは年端もいかない少女。しかも――
「何よ!でっかい図体して邪魔なんだよ!ぼーっと突っ立ってさ!」
舌打ちしながら逆ギレしていった。
もう“怒り”という料理に“怒り”というスパイスが加わり、“怒り”で煮込まれた鍋が“怒り”の湯気を噴き出した。
都賢秀の額に青筋が浮かび、無言で銃を取り出そうとすると……
「ひょ、兄貴!相手は子供ですよ!落ち着いて!」
〈その通りです、都賢秀様。無邪気な子供に対して大人がマジになるなど、愚か者のすることです〉
……確かに。自分の株を下げるだけだと思い直し、去ろうとしたその時――
「べ〜っだ!」
舌を出して煽ってくる少女。
「こ、コラァァァァ!!今すぐブッ飛ばしてやる!!」
剣をブンブン振り回しながら暴れる都賢秀を、子龍がため息をつきながら取り押さえた。
「はあ…前途多難ですね…」
〈本当に〉
レトムはキレた都賢秀の頭をぺちんと叩いて言った。
〈通りに長くいるのは危険です。どこか宿を探して、そこで機会をうかがいましょう〉
「……そうだな。俺も子龍じゃないんだし、子供相手にムキになっちゃいけねぇな…」
(「俺、子供いじめたことないけど…」と心の中で叫ぶ子龍)
「それはともかく、宿を借りるにはいくら必要なんだ?このくらいで――」
と言いながら、龍煒にもらった銀貨の入った財布を探す都賢秀。
「……ん?」
懐を探っても、何も出てこない。
〈どうかしました?急ぎましょう…〉
「……ない」
〈……宿に移動を――って、ないとは?!〉
「財布がない……龍煒さんにもらった銀貨入りのやつが……」
都賢秀の告白に、レトムと子龍の顔色が変わる。
〈そ、そんな大金を紛失したと?!〉
「領主閣下からの貴重なご支援だったのに!!」
二人の怒号が飛び交う中、都賢秀は必死に記憶をたどる。
「最後に財布使ったのって……どこだ?」
〈服屋で支払った時です〉
「その後は使ってないし……何かおかしいことあったか?」
三人が一斉に顔を見合わせ、同じ人物を思い出した。
――そう、さっき都賢秀に文句を言って去っていった、あの少女だった。
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