第49話 石像の大義
朝になり、都賢秀は気合いを入れて準備を整えた。
昨日、病に苦しむ人々の姿を目の当たりにした彼の中には、ゲートを開かねばならないという強い決意が宿っていた。
――絶対にあの石像のゲームに勝ち、キューブを壊してみせる。
「行くぞ。」
仲間たちと共に家を出る都賢秀。そのやる気に満ちた様子を見た46番が静かに言った。
「石像か…」
博物館の中。いつものように石のようにじっとしていた“石像”は、珍しく真剣な雰囲気でやってきた都賢秀に不思議そうな表情を見せた。
「今日は何の用だ? いつもは“ただの石の塊”とか言ってたくせに」
「今日は伝えたいことがあって来た」
「伝えたいこと、だと?」
自分に何か言いたいことがあるという都賢秀に、石像は戸惑いながら彼を見つめた。
だが都賢秀は一歩踏み込み、静かに口を開いた。
「お前…通りで苦しんでいる人たちを見たことがあるか?」
予想もしなかった問いだった。
石像の目がかすかに揺れた。
「道には病で苦しむ人たちがあふれている。お前がキューブの中にある存在で、それが命の源だというのは理解している。だが…」
「ふっ」
「…何がおかしい?」
「君たちも見ての通り、私は本来“生きた存在”ではない。キューブによって人工的に生まれた意識体にすぎん。だから、生への執着などない。キューブを失って消えてしまっても、それはそれで構わん」
「なら、なぜ俺たちを邪魔する?」
都賢秀の問いに、石像はしばし沈黙し、そして口を開いた。
「君が疑念を抱くのも無理はない。だが、私自身もなぜこうして君たちを妨害しているのか、はっきりとはわからない。なぜなら、これは私自身の意志ではないのだ」
「意志じゃないって、どういう意味だ?」
「およそ20年前、この博物館で創立100周年の記念として、私は建てられたそうだ。胸には記念として“キューブ”を埋め込まれた」
都賢秀はすぐにピンと来た。
――671番地球の龍煒と同じように、このキューブもただの宝石として扱われていたのだろう。
「最初はただの石像だった私に、いつの間にか“自我”が芽生えた。徐々に身体を動かせるようになり、“私”という存在に興味が湧いた。そして、年月が経つうちに――頭の中で、ある“声”が聞こえ始めたのだ」
「声…?」
「そうだ。男か女かもわからない。人間かどうかも怪しい。しかし、その声は一言だけ、こう告げた――“キューブを守れ”と」
その言葉に、都賢秀と子龍は顔をしかめたが、隣のレトムは何か思い当たる節があるようだった。
〈おそらく、キューブに残された“残留思念”の影響でしょう〉
「残留思念?」
〈はい。連盟が自分たちの利権のために次元を封鎖し、その結果生まれたのがこのキューブです。連盟はキューブの存在が消えてほしくない。だからこそ、その思念がキューブに強く残されたのかと〉
オカルトじみた話だが、そう考えれば辻褄が合う。
「まったく、連盟の連中はどこまでも邪魔ばかりしてくれる…!」
都賢秀の顔が怒りでしかめられた。
「つまり、そういう事情だ。私の意志でキューブを守っているわけではない。だから私を説得しようとしても無駄だ。方法があるとすれば…私が提示した“ゲーム”で勝つこと。それだけだ」
「…そういうことか」
ゲームを続けるという意思を示すと、石像は再び腕を振り、昨日と同じように的を出現させた。
「最も光る的を撃てばいいんだよな。今度こそ…」
「それは昨日の話だ」
「は?」
「毎回同じルールではつまらないだろう? 今回は、青い的の中で――最も“小さい”ものを撃ち当てろ」
目の前に現れたのは、数千にも及ぶ青い的。
その一つ一つが微妙にサイズを変えており、どれが最小かを判別するのはほぼ不可能だった。
「こ、こんな大量に出す意味あるかよ!? これも“キューブの意志”か?」
「それは違うな」
「…違う?」
「的を多く出す理由? それは、お前の“うろたえた顔”を見るのが面白いからだよ」
「このクソ石野郎ォォォッ!!」
石像は楽しげに笑っていたが、こちらにそんな余裕はない。
――時間がないのだ。
「最も小さい…どれだよ、チクショウ…」
焦り始めたそのとき、子龍が声を上げた。
「兄貴! 一番奥の的を見てください! あれ、特に小さく見えます!」〈スキャン結果でも、あの的が一番小さいと出ています〉
レトムもそう言うのなら間違いない。
都賢秀は迷わずトリガーを引き、見事に奥の小さな的を撃ち抜いた。
…が、
「ブー! 不正解だ」
「は!? なんでだよ!?」
「不正解は不正解だ。文句あるのか?」
「明らかに一番小さかったじゃねえか!!」
「さ、明日また来い」
石像の手がひらりと動いた瞬間、都賢秀たちは博物館の外へと強制ワープされてしまった。
「…おい」
都賢秀の低い声に、子龍とレトムがビクッと肩を震わせる。
「スキャンした結果がこれかよ、このクソ野郎……目ェ自信ねぇなら黙ってろって言ったよな?」
「あ、兄貴も見つけられなかったくせに…」
「ちっ……もういいっ!」
気まずそうに口をつぐむ子龍。
だが怒りは収まらない。
「残り、あと二回しかないってわかってんのか!?」
母艦マザーの宇宙スキャンが完了するまで、あと二日しか残っていない。
そのプレッシャーに、レトムは黙り込んでしまった。
「どうした、くそお餅?黙っちゃって」
〈ちょっと気になることがありまして〉
「気になる事?」
〈スキャン結果では間違いなく、あの的が最も小さいと出たんです。なのに不正解とは…〉
自分の“正しさ”を主張するレトム。だが都賢秀は冷たく言い放った。
「自分のミスを棚に上げて、なんで石像のせいにしてんだよ?」
その一言で、レトムの理性がついに限界を迎えた。
〈最先端AIの私がミスなどするはずありません!!〉
「お前もうミスしたんだろ、くそお餅!!
〈あんたは何も見つけられなかったくせに、なぜ努力した私たちを責めるんですか!?〉
「リーダー特権だ、不満か!!」
――結果、レトムと都賢秀の乱闘が勃発。
子龍はまたもため息をついた。
「はぁ…俺、ただ梅仙お嬢さんのそばにいたいだけなのに…」
*****
朝食も取らずに飛び出していく都賢秀に、また46番がしょんぼりしていた。
彼は博物館に戻ると、寝転がっていた石像に声をかけた。
「おい! 石の塊!」
石像はのんびりとあくびをしながら起き上がる。
「来たか。では今日もゲームを…」
「その前に一つ聞きたい」
「なんだ?」
「昨日俺たちが撃った的は、確かに一番小さかった。なのにお前は“不正解”と言ったよな…」
(いや、“俺たち”じゃなくて、“あんただけ”だったろうが…)
レトムは思わずツッコミたくなったが、子龍が「いつものこと」と我慢するように示してきた。
「お前、最初から正解を教える気なんてなかったんじゃないのか?」
都賢秀の鋭い指摘に、石像の目がわずかに細められる。
「ふん。正解を当てられなかったくせに、私に責任を押し付けるとはな」
悔しげに歯を食いしばる都賢秀たちに、石像は言った。
「心配は無用だ。私は間違いなく“正解となる的”を作っている」
それを信じるしかない――そう思った瞬間、石像がぽつりと付け加えた。
「一つだけヒントをやろう。――“固定観念”に縛られるな」
「固定観念…?」
質問しようとしたが、石像はすでに腕を振り上げ、無数の的を再び生成し始めた。
しかも今回は一つ一つ、ゆっくりと音を立てながら順番に出現していく。
千個の的が完成するのに、約10分かかった。
都賢秀たちは退屈そうにその様子を見ていたが、すべて出揃ったとき、石像が告げた。
「今回の目標は――“最初に作られた的”を撃て」
「えっ!?」
完全に油断していた。
最初から目的がわかっていれば注目していたが、今となってはどれが最初だったのか誰も覚えていない。
〈…完全にやられましたね〉
そのとき、石像は不敵に言った。
「明日には連盟が君たちの居場所を特定し、軍を引き連れてここへ来るだろう。だからもう諦めて逃げたらどうだ?」
レトムは焦りを感じていた。
〈都賢秀様…ここは石像の提案に従って、一旦退いた方が…〉
「くだらねぇこと言うな、チョルトク」
〈え?〉
「俺を信じろ」
自信満々の表情に、レトムも子龍も、さらには石像でさえ驚きの目を向けた。
「…ほう。私の提案を拒否する気か。ならば、ゲームをさらに面白くするためのペナルティを与えよう」
「ペナルティ?」
「今この瞬間から、君の次元接続能力を封じた。私を倒さない限り、能力は戻らない。つまり――連盟が来ても、君は他の次元へ逃げられないということだ」
〈な、なんですって!?〉
その衝撃の宣告に、レトムと子龍は戦慄した。
だが、都賢秀は――どこまでも平然としていた。
〈どうかしましたか!? 正気を失ったのですか!?〉
「落ち着け。最初に作られた的が何か、ちゃんと見てたからな」
「えぇっ!?」
驚くレトムと子龍、そして石像。
だが石像の顔には――不思議と“期待”の色が浮かんでいた。
「ずっと注目してた…最初に出現した的は…お前だ!!」
トリガーが引かれ、的が撃たれた――
「不正解だ!!」
無慈悲な宣告。石像の顔には失望が浮かんでいた。
「まさか…そんな…」
「本当に失望したぞ。明日には連盟が来るというのに、その覚悟で挑んできたのか?」
石像がなぜこれほど落胆しているのかは分からなかった。
だが一つだけ確かなことがあった。
――残されたチャンスは、あと“一度”しかない。
「明日、また来い。そして…ちゃんと“準備”してくるんだな」
そう言い放つと、石像は再び手を振り、彼ら全員を外へと追い出した。
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