第47話 記憶を失った男
恋人たちが愛を囁き合うデートスポット、ベルデヤンという公園では、今日も多くのカップルがデートを楽しんでいた。
「Mon amour t’appartiendra pour toujours, mon ange.」
「Moi aussi, je n’aimerai que toi, mon amour.」
お互いに愛を囁きながらキスを交わそうとしたその時――
ガタン!!
「きゃあっ!!」
ゴミ箱をあさる浮浪者のせいで雰囲気が壊れ、カップルの表情が険しくなった。
「Ce sale clochard a foutu l'ambiance en l'air!」
男が怒って叫んだが、浮浪者は全く気にせず、ゴミ箱を漁り続けた。
「ふん! 暇そうな奴らだな… 文句言うなら一銭でもくれてからにしな!」
「Qu'est-ce que tu dis ? Sale étranger!」
男が怒って近づこうとすると、女が男を止めた。
「Ne t'embête pas avec cette pauvre personne, donne-lui une pièce et allons ailleurs, Michel。」
「Tu es tellement gentille, mon ange... Tiens, voilà de l’argent。」
男は女の顔を優しく撫でた後、浮浪者に小銭を投げて去っていった。
浮浪者は小銭を拾ってポケットに入れ、ぼんやりとした顔で立っていた。
「いったい何を言ってるんだか…」
浮浪者は自分がなぜこんな言葉も通じない国でこんなことをしているのか、まったく分からなかった。
記憶喪失になっていたのだ。
自分の名前すら分からないほど、完全に記憶を失った男は、街をさまよい、ゴミを漁ったり今のように物乞いをして生きていた。
〈しっかりしてください!! 私の声が聞こえませんか?!〉
さらに精神状態もおかしいのか、ずっと幻聴が聞こえていた。
ぐぅぅぅ…
「くそっ… 腹が減ってるから幻聴がひどくなってる気がする…」
男はひどく空腹だった。先ほどのカップルから小銭を一つもらったが、それで食べ物を買うには全然足りなかった。ゴミ箱を漁ってみても収穫はなく、食べ物はなかった。
「市場に行ってみるか? あそこなら店も多いし、食べ物のゴミも多いだろうし…」
「Va te faire foutre, étranger qui pue!」
男が歩いていると、通りがかった中年女性がいきなり絡んできて、腹が立った。
「くっそ白人どもめ! 俺だって好きでこんなことしてるんじゃねぇ! 俺は昔はな…困ってる人を助けるために、爆弾が飛び交う戦場でも人を… 助けて… テロリストを…」
男は無意識に過去の話をし始めたが――
「なんだこの記憶…? 俺… 軍人だったことがあるのか…?」
頭の中に突然、過去の出来事が滝のように溢れてきた。
陸軍士官学校を首席で卒業し、特殊戦過程を修了し、707特任隊に配属され、南スーダンではテロリストたちの恐怖の対象となっていた自分は…
「そうだ… 俺は798番地区出身の… 都賢秀だった。」
記憶が戻った。
少し呆気ない形で…
「でも、なんで俺がここで浮浪者みたいな姿になってるんだ? 石像と謎かけを……」
〈私の声が聞こえませんか、都賢秀様?!〉
「うわっ!!」
〈…不快そうに人の顔を見て悲鳴を上げないでください。〉
「いきなり目の前に現れるからだろ、くそ餅め!!」
〈聞くAIに向かって失礼な…… まさか! 私の声が聞こえてるんですか?!〉
どんなに必死に呼びかけても返事がなかった都賢秀が、ついに自分を見てくれたことに、レトムは驚きを隠せなかった。
「そういえば… 今まで幻聴だと思ってたけど… なんでお前の姿が見えなかったんだ? 今まで何が起きてた?」
〈石像の3つ目の謎を間違えたことで、都賢秀様の記憶は完全に消去され、ポータルを開いて別の場所へ追放してしまいました。〉
「じゃあ白龍は何してて、それを止められなかったんだよ?!」
今まで石像の精神攻撃を防いでくれていた白龍が、今回はどうしてそれを止められなかったのか、都賢秀はブレスレットに変わった白龍を見たが…
「んにゃ… 天帝さま… もう食べられませぬ… うへへへ…」
寝言まで言いながら、完全に眠り込んでいた。
「…くそトカゲ。もうそのまま寝てろ。」
〈白龍様も石像にやられてしまったのですから、あまり責めないでください。〉
「トカゲのことはもういい。それより子龍はどこだ?」
〈残念ですが、追放の際に子龍の居場所を確認できませんでした。〉
子龍の行方が分からないというレトムの言葉に、都賢秀は彼のことが心配でため息をついた。
〈心配なのは分かりますが、残念ながら今は子龍が問題ではありません。〉
「仲間を心配するのが問題じゃないなんて、どれだけ性格が悪ければ…」
〈石像は常に1日をリセットしていたため、エージェントたちの追跡を気にする必要はなかったのですが、今回は時間をリセットしなかったせいで、すでに10日が経過してしまいました!〉
「なに?!」
*****
「確かにのんきに子龍を探している場合じゃないな。」
〈マザーが全宇宙をスキャンして、我々の位置を特定するまで、あと4日です……どうしますか?〉
「……ここにいても仕方ないし、まずは46番の家に……あれ?」
まずは46番の家に戻ろうとしていた都賢秀は、壁に貼られた広告を見て間抜けな顔になった。
広告には――
「……これ、子龍だよな?」
〈……そのようですね。〉
子龍の顔が印刷されていたからだ。
「アイツ、ここで何やってんだ?」
〈さあ……とりあえず行ってみましょう。〉
都賢秀とレトムはチラシに書かれた住所を探して向かった。
そしてそこで見た光景は――
「さあ〜お姉さまたち! そんなに元気なく動いちゃダメですよ! もっとノリノリで動かないと痩せて美しくなれないんですからね〜! いちにー、いちにー♪♥」
おばさまたちを相手にフィットネスインストラクターをしている子龍の姿だった。
野獣に匹敵するほどのたくましい筋肉と、2メートルを超える巨大な体格を持つ子龍が、可愛らしいピンク色の全身レギンスを着て、女の子のようなキュートな動きでおばさまたちを引っ張ってエクササイズしている……まさに地獄のような光景に、都賢秀とレトムは魂が抜けた顔で見つめるしかなかった。
子龍は楽しい音楽に合わせて踊っていたが、廊下から哀れみと悲しみの目で見ている都賢秀とレトムに気づいた。
最初は「誰だ?」という顔から、都賢秀を認識して「えっ?」という顔、記憶が戻り始めて「混乱」した顔、そして最後に自分の姿を見て「絶望」に陥る、四段階の表情変化を見せた。
*****
「ううっ……」
46番の家に戻りながら、顔を覆って涙を流す子龍を見て、都賢秀は温かく慰めてあげた。
「もう泣くなよ、コラ!! 俺なんて浮浪者になって物乞いしてたんだぞ!!」
「でも……無士中の無士であるこの私が、そんな恥を……ぐぅっ!」
恥を晒したと自害しようとする子龍を無理やり連れて来た都賢秀は、急いで博物館へと向かっていた。
「おい!! このクソ石野郎がァ!!」
まともな人間を浮浪者にしやがって、都賢秀の怒りは天を突く勢いだった。
「俺を乞食にしやがって?! テメェは死んで、俺が生きる!!」
のんびりと座ってあくびをしていた石像は、戻ってきた都賢秀を見て信じられないという表情を浮かべた。
「ど、どうして戻ってきたんだ? 確かに記憶はすべて消したはずなのに……」
「この俺様をナメてもらっちゃ困るぜ! あらゆる逆境を乗り越え、最終的には勝利を掴む、それがこの俺様都賢秀様だッ!!」
ドヤ顔で自信満々な都賢秀が恥ずかしくも見えたが、今回ばかりは誰も否定できなかった。
石像によって全ての記憶を失い、街をさまよって自分の声すら聞こえなかった都賢秀が、自らの意志の力だけで石像の催眠を解き、記憶を取り戻したのだから。
「……お前を甘く見すぎたようだ。もしお前なら……」
「ん? 何だよ、言いかけてやめんなよ?」
何か欲望に満ちた目をした石像が何かを言いかけてやめたので、都賢秀が何を言おうとしたのか聞くと――
「新しいゲームを始めようじゃないか。」
石像は唐突に新しいゲームを始めようとしていた。
「またルール変えるのかよ! 問題を解くだけでもう死にそうなんだぞ!」
「謎解きはもういい。どうせお前たちの頭では無理そうだからな。」
「ぐっ……この石のくせに……」
「お前たちの頭では自分の謎は解けそうにない」と言われて、誰も反論できなかった。
だって事実だったから。
「で、今度は何をするってんだ?」
「次元のつなぎ手よ、以前お前は私に銃を撃ったな?」
「それがどうした?」
「私が的を用意するから、その中から指定したものを撃ち当てればいいという単純なゲームだ。どうだ?」
的を撃つだけという、確かに単純なゲームだったが、この狡猾な石像のことだ、実際に単純なはずがなかった。
「では、的を作ってやろう。」
石像が作り出したという的は、青白く光る円盤で、空中にぽっかりと浮いていた。
だが問題が一つ――
「なんでこんなに多いんだよ!?」
的の数が少なくとも千個はありそうだった。
とてつもない数の的を見て、都賢秀は気が遠くなるような感覚に襲われた。
「こ、こん中からどれを当てろって……」
「ヒントは与えるから心配するな。」
「また変な謎でも出すつもりかよ?」
文学的な才能が全くない都賢秀は、比喩に満ちた問題に散々苦しめられたので、嫌そうな顔になった。
その顔が面白かったのか、石像は笑いながら否定した。
「ハハハ! もう謎は出さんと言ったではないか。文字通りのヒントだ。」
「そうか? じゃあ、そのヒントってのは?」
「ヒントはこれだ。」
石像が腕をふわっと振ると、的たちが光り始めた。
「この青い的の中で、最も明るく光るものが一つだけある。それを30秒以内に見つけて当てるのだ。」
「……え?」
一つだけならともかく、千を超える光る的の中から最も明るいものを探せというのか……
「そ、そんなの無理に決まって……」
「可能かどうかはともかく、さっさと探すべきではないか? 時間は進んでいるぞ。」
「くそ石野郎め……」
都賢秀はもちろん、レトムも子龍も目に力を込めて、最も明るく光る的を探したが――
「兄貴……どれも同じに見えますが……」
〈私もいくらスキャンしても、輝度に差があるようには……〉
時間をかけて探せば分かるかもしれないが、千個もある的の中から30秒という制限時間で探すのは不可能に近かった。
時間は無情に過ぎ――
「タイムオーバーだ。明日また来るがいい。」
呆気なく終わってしまった。だが――
「明日また来いって? もう1日リセットしないのか?」
「そうだ。おそらく4日後には、お前が大嫌いなエージェントたちがやって来るだろう……ゲームは1日1回。そして4日目までにゲームを成功させなければ……エージェントが来ることになる。だから頑張るんだな。」
その言葉を最後に、石像は都賢秀と子龍を追い出した。
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