第38話 新しい仲間
671番の都賢秀は、重苦しい視線を送る梅仙を落ち着かせた後、都賢秀本人に尋ねた。
「ところで、これからどうする? すぐに出発するつもりか?」
「すぐに?」という671番の問いかけに代わり、レトムが答えた。
「都賢秀ドヒョンス)様はまだ体力の回復が必要ですので、今日は休んで、明日出発されるのがよろしいかと。」
「そうか…村を救ってくれたお二人のために宴を準備しているのに…」
梅仙も671番も名残惜しそうだったが、都賢秀には途方もない使命があり、留まることはできなかった。
「わかった。それじゃあ、明日の朝早く出発できるよう準備しておくわ。」
梅仙はそう言って部屋を出た。
部屋を出た梅仙を見送ると、都賢秀は誰かを探すように、ふと部屋の外を見つめていた。
<どうされました? 部屋の外に誰かいますか?>
「え、あ、いや…」
顔を赤らめて「違う」と答える都賢秀は、誰が見てもどこか様子がおかしかった。
「どうしたんだ? 待ってる人でもいるのか?」
671番の問いかけに、都賢秀は慎重に口を開いた。
「ええと…一人で来たのか?」
「一人で?」
レトムは何のことやら理解できないようだったが、671番の表情は硬くなった。
「…残念ながら、ここにはいないようだ。君も一人で来たみたいだな。」
「そうか…」
「残念だが、仕方ないな。君は私たちの希望なんだから、ここにいるわけにはいかない…旅の無事を天地神に祈るよ。」
「本当に“希望”って呼ぶのやめてくれよ…ともかく、ありがとう。」
二人の都賢秀は別れを惜しみながら、熱い握手を交わした。
*****
翌朝、都賢秀は装備をすべて点検し、別の地球へ出発する準備を整えた。
服装も671番の地球に馴染むような伝統服ではなく、いつもの黒いスーツに戻している。
「じゃあ、行こうか。次はどの地球に向かうんだ?」
<次の地球は、私が考えていた場所がありますが…>
都賢秀とレトムが次の予定について話していると、部屋に一人の男が入ってきた。
――それは、子龍だった。
「あれ? どうした? まだ言い残すことがあるのか?」
「お願いがあって、お伺いに上がりました。」
「お願いだって?」
いきなり現れて頼みごとだというので、都賢秀は戸惑いながらも、まずは聞いてみることにした。
「何を頼みたいんだ?」
「私は子龍…都賢秀(ド都賢秀)公の旅に同行したく存じます。」
子龍の申し出は驚くべきものだった。都賢秀と一緒に旅したいと言うのだ。
「……何言ってるんだ? 僕に付いてくるって? お前はここの観軍大将じゃないか。」
「あの職は、昨日辞職してまいりました。」
「辞職したって? どうして…?」
辞職までして同行したいという理由に、都賢秀は首をひねったまま問い返したが、子龍はにっこりと笑うだけだった。
*****
都賢秀が部屋を移ろうとしたとき、子龍と周韓は、龍煒のいる部屋へ向かっていた。
「陛下! 小官子龍でございます。」
「入れ。」
本殿が崩れたため、龍煒は自身の部屋で政務を執っていた。
彼は現地での未処理業務や、火龍によって破壊された体制の再建に向け、書類の山に埋もれていた。
「市民の様子はどうだ? 混乱は収まったか?」
父君への気遣いよりも業務優先の姿勢は、以前と変わらぬ龍煒だった。
「はい、陛下。皆、自分の仕事に戻りまして、長年管理の支配に耐えかねて反軍の村に逃れた人々も、元の土地へ戻られました。」
「良かった。」
机から視線を上げぬまま、淡々と龍煒は答えた。
これ以上の話はないという意味だったが、周韓は立ち去ろうとしたが、子龍はその場に残った。
龍煒も気になって顔を上げた。
「何だ? 本宮に言いたいことでもあるのか?」
「陛下、それが…」
子龍が何か言いかけたそのとき、新たな客人が部屋に入ってきた。
「陛下! 小官白雲)です。」
反軍の大将で梅仙を補佐していた元官軍の白雲だった。
「白雲か!!」
周韓と違い、白雲が現れると龍煒は立ち上がって歓迎した。
「よく来てくれた!」
「陛下の命を果たし、戻ってまいりました!」
白雲の口から出た「戻ってきた」という言葉に、周韓と子龍は最初、歓迎の意味と受け取ったが、よく聞くと龍煒の命令を達成して戻ったという報告だった。
「陛下の命で出かけていたというのか、白雲?」
「陛下の意識が次第に曇っていくのを感じ、体内に宿る存在がすべてを破壊するのではないかと思ったそのとき、娘殿が脱出したことを知りました。だから、まだ精神が正常なうちに白雲を率い、全官軍を連れて梅仙を追って行かせたのです…鍛えて戻れと。」
周韓と子龍はその全く知らされていなかった事実に、口を開けて驚いた。
「だから、新たに官軍を任命し、山賊を運用していたのだな…村への不満を高めて、梅仙に名分を与えるために…」
混乱の中でも人民を思い、命を賭して娘を守り全てを託した龍煒の決断と智慧に、子龍は改めて感服した。
「すべてが計画通りだったとは…敬服します。」
「実はお前と周韓も送ろうと思ったのだが…意識が朦朧として片づけられなかった。だから厳しい役目を与えたのだ。」
「とんでもございません。陛下のお側に仕えることができ、私は幸福でした。」
「ありがとう。これで愛しい娘も戻り、頼りになる家臣も戻った。村を以前のように住みやすく戻すのはお前に頼むぞ、子龍。」
すべてが正常に戻ったと言い、村と父君のため君のみを信じると龍煒が言うと、周韓と白雲は満ち足りた表情を見せた。
しかし、子龍はどういうわけか答えず、目を泳がせていた。
「どうしたんだ、子龍? 本宮が重大な任務を託した気にさせてしまったか?」
龍煒は冗談半分に投げかけたが…
「小官、子龍…お願がございます。」
彼は答えず、ひざまずきながら請願した。
「何があってものでござろう? 本宮とお前のことだ、公明正大に話せ。」
「小官…辞職を願い出たいと存じます。」
「辞職」と聞いて、龍煒の表情は険しくなり、周韓と白雲は慌て声をひそめた。
「…冗談が過ぎるぞ、子龍。」
「いま君が本宮の安全を揺るがす冗談を言うのか?」
「冗談ではない、何を偉そうに言っているのだ? 今は村を再建しなければならない大事な時期なのに…」
辞職の理由を問う龍煒に、子龍は答えず、しかし揺るがぬ眼差しで父君を見返していた。
その顔を見た龍煒は、大きいため息をついた。
「どうしてそんなことを言えるのだ、大将殿?! しっかりしろ!」
「そうだ! 今すぐ撤回して陛下に謝れ! そうすれば許されるはずだ!!」
周韓と白雲は子龍に促したが、彼は意志を曲げずにいた。
「本当の理由を話せ…何も偽るなり。」
龍煒の要求に、子龍は深く息を吸い覚悟を決めて答えた。
「…小官が…二人の主君を心に抱いたからです。」
「大将!!」
主君が二人いるという衝撃発言に、周韓が大声をあげた。
「……何を訳のわからぬことを……謝れ! そうすれば…!!」
「すでに抱いた思いは変えられぬ。」
「いったい何を…」
憤りを覚えながらも、龍煒は静かに問い返した。
「二人の主って…都賢秀(ド都賢秀)公のことを言うのか?」
「…はい。」
子龍の認める返答に、龍煒の表情は悪鬼のように変わった。
「この無礼な奴め!!!」
激怒した龍煒は、机の花瓶を投げつけて子龍の眉間から血を流させた。
「どうして自分が飼っていた犬が主君を裏切り、別の思いを抱くのか! お前も生きていたくないのか!!」
龍煒の怒りに、周韓と白雲は固まった。
今までは馴染んだ龍煒の行動だが、飼い犬扱いと花瓶での暴力は意外すぎた。
「どんな罰でも甘んじて受けます。」
子龍はなお謝罪を求めず、辞職だけの意思を貫いた。
「主君に噛みついた犬ごときに時間を割くのは勿体ない!! 白雲、こいつを連れ出せ!! 犬のように引きずり出せ!!」
周韓と白雲は命に従い、子龍を連行した。
龍煒は部屋を出る子龍を見送って大きなため息をもらした。
「本当にまじめな奴だな…」
一方で連れ出された子龍を見送る周韓と白雲の目には涙が流れていた。
主君への忠義を尽くし、この村を守ってきた功績がある子龍に対する不当な扱い、しかも愛する相手は敵国の人物どころか村を救った英雄の都賢秀なのだ。
二人はその理不尽さに悔し涙が止まらなかった。
「許せません…陛下が大将にそんなことをするなんて…!」
涙ながらに訴える周韓と白雲に対し、子龍は意味深に微笑むだけだった。
「…お前たちは陛下の心を知らないようだな。」
「え?」
不満を口にしている二人に、子龍は意外な言葉を続けた。
「…まあ、それはともかくだ。これから観軍を率い、村と陛下を守るのはお前たちの責務だ。精一杯やれ。」
「あ、はい…全力を尽くします。」
不可解な言葉を残したまま、子龍は龍煒と村を案じながら、去っていった。
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