第36話 みんなのヒーロー
「ほら!見てよ、お嬢様!おじさんは僕たちを置いて行かないって言ったじゃないですか!僕の言った通りでしょ?!」
天宝は、去らずに残って戦う都賢秀(都賢秀)を見て飛び跳ねながら歓声を上げた。
しかし一方で梅仙は、火龍と対峙する都賢秀を信じられない眼差しで見つめていた。命を賭けて、伝説の聖獣・火龍に立ち向かう彼の覚悟が、理解できなかった。
「ど、どういうつもりで――」
「お嬢様……」
梅仙が戸惑いながら呟くと、その時誰かが彼女に声をかけた。
「え?ズ、子龍……?」
それは、まさに子龍だった。
「お、お嬢様を守れ!」
国内軍の将であり領主護衛隊長である子龍が現れると、反乱軍の兵士たちが梅仙を守るために彼に立ち向かった。
しかし……
「ぐっ!」
子龍は都賢秀に敗れた脚の痛みに耐えて崩れ落ち、梅仙が慌てて駆け寄り支えた。
「子龍!!」
反乱軍の兵士たちは、梅仙が子龍を気遣う姿に戸惑ったが、671番は事情を理解しているように憐れみの目で二人を見守っていた。
梅仙は周囲を気にせず、子龍の状態を確認した。ずり下げたズボンからは、ひどく腫れ上がったすねがあらわになっていた。
「いったいどうしたの?白猫の聖獣を宿すお前が、こんなにやられるなんて……」
エヒョンを超えて長安国随一の剣客とまで謳われた子龍が、これほどの重傷を負うなど、誰も信じられない表情だった。
だが子龍は、むしろ楽しげに微笑んでいた。
「都賢秀公にやられました……あの男、私に拮抗するなどとても敵わない圧倒的な技量の持ち主でしたよ」
圧倒的な力量差を認めたのか、子龍は虚無感や憤りではなく、むしろ爽快そうに笑い、都賢秀を称賛した。
その報告に皆は驚愕し、梅仙もただおじさんを支えてほしいと言っただけだったから、子龍を屈服させるなど思いもしなかった。衝撃は消えなかった。
「それにしても、都賢秀公はなぜあんなことを……?確か、危険なら撤退するとおっしゃいましたよね?」
「市民が火龍に脅かされている以上、自分が火龍を封じると言って向かったのです」
任務とは別に、市民が危険にさらされているから命をかけてでも火龍と対峙する――その高潔な決意に、梅仙は涙を流した。
「ありがたい行動だとは思いますけれど……どうしてそこまで……」
「なぜって、お嬢様!都賢秀おじさんは、僕たちのヒーローだからですよ!!」
天宝が推しを「ヒーロー」と呼び、皆も笑い声を上げた。
「おっしゃる通りです、お嬢様。都賢秀公は白龍に選ばれし英雄ですよ。信じてみてください」
子龍の言葉に、梅仙も微笑んで頷いた。
「……そうですね。都賢秀公なら、きっと私たちの村も、お父様も救ってくださる」
都賢秀が命がけで戦うと決めたなら、私たちもここに残り、共に運命を歩む覚悟を固めた。
*****
子龍の剣を手に屋根の上に立つ都賢秀は、威風堂々と火龍を見つめていた。
<そんなポーズを取れば無謀ではなくなるんですか?!>
レトムのツッコミが場の空気をぶち壊した。
「……ったく、あのバカAIめ。俺もちょっと格好つけてみろってのか」
<無謀にも程があります!はあ……800年ぶりの次元の繋ぎ手が、こんな頑固者とは…AIの身にもなりたまえ…>
最先端AIを自称しながら、80代のお爺さんのようにため息をつき、ぼやくレトム。
「うるせえ、お餅!人々が危機にあるんだから、じっとしていられるわけないだろ!」
人命を優先する都賢秀の姿勢には、レトムも反論できなかった。
ただ、心配なのは変わらない。都賢秀が無事でいるのか、気が気でなかったからだ。
「心配するな、人工の存在よ」
その時白龍が近づき、心配しなくていいと都賢秀を励ました。
「本座は火龍と相克ですが、火龍の炎気はどうにか防げるでしょう。体は傷つかないはずです」
<それならよかった…>
「だが!」
白龍に遮られ、レトムは驚き言葉を止めた。
「……本座の力で守れるのは炎だけであって、熱までは防げん」
<熱って……>
「そうだ。あの巨大な業火の中では、内部は数千度に達しているはずだ。本座の力で幾分かは抑えられても、数百度にはなるだろう」
<ということは、どうしようもないってことですか?>
炎は防げても、熱を防げなければ意味がない。サウナの熱すら数分しか耐えられない人間が、数百度の熱に晒されれば意識を失い、脱水、死に至る。
「実際にはそうだろう…人間が耐えられる限界――数分のうちに決着をつけねばならん。体力も持たねばならん、すなわち、勝敗は契約者の精神力次第ということだ」
<精神力で熱に耐えるだなんて……非科学的過ぎます。>
確かに突飛な話だった。無謀とも言える。
しかし選ぶのは都賢秀自身。レトムと白龍の視線は、自然と都賢秀に向いていた。彼は言葉も発せず、ただ火龍を見据えていた。
その時……
「白龍か?」
下から声が響いた。まさに火龍に融合された龍煒の声だった。完全に変わったその声は、威圧に満ちていた。
火龍は嘲笑を浮かべながら、都賢秀と白龍を見据えていた。
「ククッ!まさに白いトカゲめだな。猿どもの騒動には関わらぬお前が、なぜここまで来た?」
「課せられた任務を忘れた聖獣を責めに来たまでだ」
「任務だと?そんな卑しい猿どもを助けることが、真に本座たる運命だとでも思っているのか?」
「黄玉上帝より授かった神聖なる義務を弄ぶとはな――やはり罰が必要だな」
罰という言葉に、白龍は楽しげに笑った。
「クハハハハ!! 本座と相克の気を持つお前が、何をしようというのか?しかも本座はすでにこの肉体を占有し力を発揮できているが、お前はどうだ?」
火龍は完全な力を得ているが、白龍は都賢秀に力を全て渡せず、かつ相剋の気を持っているため、多方面で不利だった。
しかし、自分を侮る声にも白龍は冷静に答える。
「隠そうとしても無駄だ。お前が領主の体を掌握できるのも、キューブが媒介しているからだろう」
白龍の言葉に、火龍はリングに隠されたキューブを後ろ手で取り込んだ。
「そうか……これが本座の唯一の弱点と言えるな」
火龍は確かに龍煒の体を完全に支配していたが、キューブを失えば連結が断たれ、強制的に離脱する。
「だが、これを誰が破壊するつもりだ?この世には実体がないお前がするわけもあるまい。鉄の気を半分も扱えぬ猿にまかせるのか?それとも些細な計算力しかない人工存在か?」
しかしキューブを破壊するには、火龍に近づかねばならない。火龍は、都賢秀が白龍と契約していても完全には力を発揮できず、触れることなど無理だと確信していた。
<……見上げたものです。>
「……実際、赤いトカゲめが有利なのは確かだがな」
火龍の炎の力は圧倒的で、白龍の力では熱を防げない。レトムは「本当にやるのか?」と見守っていたが……
都賢秀は揺るがぬ目でただ火龍だけを見つめていた。
<はあ~都賢秀さん。>
「またか?」
<勝って来てください。>
レトムがそれだけ言うと、都賢秀はにやりと微笑んだ。
「何を心配してるんだ……心配せずに、ここで待っていろ。行くぞ、トカゲめ!」
「何と無道な人間じゃ!!」
白龍が防御結界を展開し、光が都賢秀を包んだ。そして彼は屋根から勢いよく飛び出し、火龍へ突進した。
「愚か者め!!」
火龍は防御結界に包まれ飛び込む都賢秀を見下し、炎を放った。
都賢秀は冥府の業火のような炎に包まれたが、白龍の結界により身体は燃えず、しかし想像以上の熱で体も頭も溶けてしまいそうだった。
「ク――ッ!!」
覚悟していても、その熱さは意識を奪うほどだった。
[軽率すぎたか?どうすれば――]
都賢秀は初めて火龍への突進を後悔した。白龍はそれを感じ取り、すぐに撤退を促す。
「やはり無理だったようだ!本座が道を開く。このうちに撤退せよ!」
都賢秀は意識が朦朧としていたため、安堵し撤退しようとしたが……
「おじさん、がんばって!!!」
天宝の声が響いた。
「……ったく、あのガキ……他人事じゃあるまいし……」
もし自分が逃げれば、天宝はもちろんこの地の全ての子どもたちの未来も命もない。だから自分は逃げてはいけない。
「何をしている、契約者め!さっさと退避しないと……!!」
「うるせぇ!!」
白龍は撤退を促すが、都賢秀は微動だにしなかった。
「逃げ出す暇があるならちょっとでも力を出してみろ、無能なトカゲめ!!!」
都賢秀は退かず、戦い続ける道を選んだ。
白龍はその覚悟に胸打たれ、共に力を振るった。
「……ったく、無道な人間め……よかろう!!本座の力を全て与えよう。泣き言は言うな!!」
白龍は禁忌を破り、都賢秀に100%の力を注ぎ込んだ。すると彼の背に白い光の龍翼が現れた。
「ま、まさか……!!」
火龍は都賢秀の背に翼を見て、余裕の表情を失い、全力で炎柱を放った。
白龍の防御により熱くはなかったが、白龍の力に耐える人の身体には、全身が爆発しそうな激痛だった。
それでも都賢秀は止まらなかった。
「ク――ッ!!」
「な、なんて傲慢な猿め……」
都賢秀と火龍の戦いは、今や意志のぶつかり合いへと変わっていた。
近づこうとする都賢秀と阻もうとする火龍……しかし、やはり気の相性は火龍に有利だった。
「ククッ!!さすがだ……猿めが本座の力に抗えるなどない……」
火龍はすでに勝利を確信していたが、都賢秀は朧な意識を必死に保つのがやっとだった。
「精神を失うな、契約者よ!!お前はまだ本座の力を完全に受け入れていない。この恐怖を振り払い、完全に受け入れるのだ!!」
白龍の言葉に、都賢秀はさらに歯を食いしばり、火龍へ向かって突き進んだ。
火龍は迫る都賢秀に焦り、さらに力を込めようとしたが、その時……
「おっと!!」
火龍の左手に炎が宿り始めた。体が限界を迎えたのだ。
都賢秀は白龍の全力を耐えしのいだが、領主の体は保たれなかった。
「今だ――!!」
間を見極めた都賢秀はそのまま飛び込み……
ジャキンという鋭い音が響き渡った。
都賢秀は火龍が右指にはめていたリングを正確に打ち砕き……
その場で、キューブを破壊することに成功した。
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