第34話 唯一の即効性のある一撃
子龍と都賢秀は互いに接近し、拳を交えていた。
廊下では、拳が交わるたびに飛び散る血と衝撃音だけが響き渡った。
子龍は動きの速い都賢秀に対抗するため、常にインファイティングを続け、都賢秀は避けることもできず、ただ拳を受け止めていた。
体格が小さく筋力も劣る都賢秀は、拳の打ち合いではまったく敵わず、短剣すら失って非常に劣勢な状況だった。
焦りから都賢秀は無謀にもキックを試みたが…
「愚かな奴め!」
子龍は左腕で都賢秀の膝蹴りを受け止めると同時に片足で都賢秀の脚を蹴り、右腕で押し倒した。
「ぐっ…!」
体のバランスを完全に崩した都賢秀はそのまま倒れ、慌てて起き上がろうとしたが、子龍は既に都賢秀の上方に立っていた。
倒れた都賢秀の上に正拳を構えた姿勢で立っていた。
「ちっ…」
都賢秀は体をひねって避けようとしたが――
「無駄だ!!!」
しかし、それを見逃すような子龍ではなかった。
構えていた拳を強く振り下ろし、都賢秀の胸を押さえつけた。
「ぐはっ!!」
都賢秀は心臓が破裂するような衝撃に叫び声を上げた。
「狭い間合いでの戦いでは、下半身が崩れるのを防ぐために両足をしっかり地面に据えるのが武術の基本だ。そんな基礎も知らぬとは!本官が人を見る目が間違っておったな!!」
至近距離からの蹴りは避けるべきという理論は、古来より伝わる古武術の知恵である。
キックには腰の回転と重心移動が必要だが、近接した状態ではそれが制限され、威力も弱く、逆に不安定な片足立ちの姿勢が致命的なリスクを生む。
子龍の指摘で自らの過ちを悟った都賢秀は咳き込みながらゆっくり起き上がった。
だが、その顔に絶望はなく、怒りだけが満ちていた。
子龍は都賢秀の顔を見つめ、乾いた唾を飲み込んだ。
「本官の慈悲が気に入らぬようだな。しかし、それでも退かぬというのなら、二度目はないぞ」
子龍はいつものように都賢秀の懐に割り込み、拳を振り下ろした。
身長2メートルを超える巨躯でありながら、スピードを誇る子龍の拳は都賢秀の肌をかすめるほど鋭く、都賢秀は必死に避けながらも皮膚に傷を負っていた。
もし頭へのパンチを許せば一撃で命が飛ぶほどの威力だったため、都賢秀はさらに集中した。
しかし、避け続けるだけでは勝利できない。
都賢秀は軽くレフトジャブを放った。
子龍は首をわずかに振ってかわしたが、都賢秀の真の狙いは――
すでに首を振って動きづらくなった子龍へのライトフックだった。
だが、子龍は素早く左手を上げ、都賢秀のフックは無効化された。
「チッ!!」
子龍は常にインファイティングを挑むため、都賢秀は仕方なくボクシングのように拳で攻めるしかなかった。
筋力で劣る都賢秀は、至近距離での拳の打ち合いで敵わず、さらに子龍は姿勢を低くして防御を固め、都賢秀の突破口は徐々に封じられていた。
子龍は都賢秀のフックをかわすと、突進し肩で無理矢理姿勢を崩して強制的に起き上がらせた。
「…諦めろ。これ以上貴様に勝機はない。もし“お前の次元の門”とか言って逃げるのなら、わざわざ止めぬ。さっさと去れ」
子龍の言葉通り、巧妙なフィンティングに翻弄され、都賢秀は効果的に戦えず、体力を消耗していた。
だが…都賢秀は諦めなかった。
「気を遣ってくれて感謝するが…お前こそ俺を軽く見ているなら、大やけどするぞ?」
「ふん!こんな状況でもまだ見せかけだけはあるようだな? その意気やよし」
子龍はむしろ都賢秀が何か仕掛けてきそうなので、期待すらしていた。
都賢秀は最後の力を振り絞り、子龍を押し込んだ。
間合いが少し開いたところで、都賢秀は構えを取り、子龍はフックに備えガードを固めて姿勢を低くした。
だが――
都賢秀の試みたのはフックではなく、キックだった。しかも膝蹴りではなく、回し蹴りだった。
「愚か者が!! そんな技を使っても学びは得られんのか?!!」
間合いが少し離れてはいたが、両者はまだ近距離だ。その状態で体をひねっての回し蹴りでは回転に必要な空間が足りず、威力を発揮できるはずがなかった。
子龍は回避も面倒だと思って、キックを受け止めてから反撃しようと構えていた。
「これで終わりだ!本官は二度も見逃してはおらぬ…!!」
案の定都賢秀のキックが飛んできたが、その軌道がおかしかった。
致命傷になりうる腹部や危険な頭ではなく、脚を狙っていた。
緊迫した戦闘中に脚を狙う理由が理解できなかったが…関係なかった。
予定通り攻撃を受け入れ、都賢秀を倒すと思った瞬間――
「ぐわあああああ!!!!!」
子龍は都賢秀のキックを受けた脚に激痛を感じ、自ら叫び声を上げた。
さらに単なる痛みではなく、骨や筋肉が損傷して起き上がれないほどだった。
「ぐ…どうやったら、一撃で脚に…」
勝利のはずの子龍が、何をされてしまったのか…
現代の立ち技格闘技やMMAでは常識とされるローキックは、古武術ではほとんど使用されなかった技である。
人体で頭蓋骨に次いで硬い骨は脚の骨であり、一発では大きなダメージを与えにくく、危険な急所もないため、下段攻撃は避けられてきたとされる。
子龍自身も、脚への攻撃など考えはなかったので、まったく意識していなかった。
しかし、急所のない脚でさえ即効性のある攻撃があり、それこそが“カーフキック”だった。
有名なUFC選手ですら「通常のローキックなら何発か耐えられるが、カーフキックだけは耐えられない」と語るほど強烈な威力を誇る技だ。
子龍は都賢秀のパンチに備えて前重心になっていたため、キックの威力はさらに増大したのだ。
都賢秀はこのカーフキックを狙って仕込んでいたのだと──まさに今明かされた真実だった。
都賢秀のカーフキックに、子龍は立ち上がれずにただ座り込んだ。
痛みの具合から、どうやら脛骨に微細な亀裂が入ったようだった。
「化け物め…」
子龍は初めて都賢秀と出会った時、別段大した人物とは思わなかった。
しかし、その後何度も対峙するたび、驚かされ続けた。
相手の策に惑わされることなく、自分が備えてから行動しても、都賢秀は常に一手先を読んで対応していた。
子龍は生涯にわたり敗北を知らぬ存在だったが…今や認めざるを得なかった。
目の前の男が、自分の力では到底太刀打ちできない存在であることを。
〈ドキドキしました…〉
「本座も緊張しながら見ておったが…とにかく事がうまく運んで何よりじゃ」
レトムと白龍が駆け寄り、勝利を祝福した。
しかし都賢秀の顔には複雑な何かがあった。
「どうした?強者に勝てて嬉しいと思ったのだが」
「殴って倒して喜ぶサイコではないのだ…」
都賢秀は自分の感情を説明できなかった。
同じ兵士として子龍の敗北が他人事ではないのか、あるいは同じ男としての屈辱が胸に痛いのか、答えは見つからなかった。
「とにかく早く行こう。本番はこれからだ…」
都賢秀(ド都賢秀)は龍煒の元へ向かおうとすると…
「行くって、どこへ行くというのだ?」
子龍は腫れ上がった左脚を何とか支えながら立っていた。
痛みが相当なはずなのに、戦意あふれる姿には驚かされるが、その脚でこれ以上戦うのは難しそうだった。
〈やめてください!その脚でこれ以上戦えば、障害が残る可能性があります!〉
しかし…
「本官には主君を守るという義務がある。武人として死ぬなら死ね…だが、決して道を譲ることはせぬ」
子龍は決して引かなかった。
その姿を黙って見つめる都賢秀は、間合いを取り直し、第二戦の構えを取っていた。
〈やめてください、都賢秀さん!相手はもはや戦闘不能です!〉
レトムも制止したが…
「黙れ、レトム…静かにして後方に下がっていろ」
レトムはこの二人の振る舞いに理解が追いつかなかった。
そんなレトムに白龍がそっと語りかけた。
「無駄だ…彼は武人だ…敵に同情されることは、どんな屈辱よりも大きな屈辱となる…契約者もそれを知っておる故、子龍の闘志に応えるのだ…それが武人であり男というものだ…」
レトムには理解できなかったが、遅かれ早かれ止められない事態であると分かっていた。
子龍は痛む脚にもかかわらず驚異の精神力で拳を伸ばした。
しかし正常な身体ではないため、速度も威力も甚だ心もとない。
都賢秀はそれを軽くかわし…再びカーフキックを狙った。
その瞬間、他の者にもはっきり聞こえた “ぐきっ”という骨の砕ける音が辺りに響いた。
子龍は再び膝から崩れ落ち、二度と立ち上がれなかった。脚は完全に麻痺し、動かなかった。
子龍は起きたくても身体が言うことを聞かず、立ち上がれなかった。
自分の敗北が二度のキックによってこんなにもあっけなく訪れるとは思いもせず…すべてが己の無能さの結果だと思い知った。
「申し訳ありません、殿下…この無能なる罪人は、主君をお護りすることができそうにありません」
敗北の痛みよりも、主君を守れなかったという事実が胸を刺し、子龍は龍煒へ謝罪しながら太い涙を流した。
都賢秀(ド都賢秀)は暗い表情で子龍の姿を見つめた。
だが確かなことは――自分の勝利だった。
今、671番地球に来た目的を果たす時が来た。
龍煒の居室へ向けて足を進めるそのとき…
ドカァァァン!!
まるでTNTの爆発かと思うほどの轟音が鳴り響き、都賢秀(ド都賢秀)も子龍も思わず窓外の景色を見た。
その先に視えた情景は…
「クハハハハ!!」
炎の塊を放ち、化竜と完全に融合した者のように、世界を焼き尽くそうとする姿だった。
「…すでに手遅れらしいな」
融合が完全に終わる前に龍煒からキューブを奪うのが目標だったが…時間が遅れすぎていた。
レトムは誰よりも悔しがったが、何より重要なのは「次元の繋ぎ手」の安全だった。
ゆえに、より危険になる前に退くべきだと判断した。
〈…都賢秀さん。このまま退きましょう。キューブは次の機会にきっとあります〉
「本座も同じ考えだ。君の世界の存在でない者が無用に残り、危険に陥る必要はない。君は十分に尽くした。ここで退くがよい」
レトムが去るよう促し、白龍も同意していた。
都賢秀は悲しげな瞳で、ただ無言で窓外を見つめていた。
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