第33話 子龍との三度目の決闘
廊下の突き当たりに、金剛力士のように進路を塞ぐ子龍の姿を見て、都賢秀は言葉を失った。
「奴…なんでここにいるんだ?」
〈我々が反軍と離れて別行動するとは、どうして知っていたのか…〉
レトムも同様に動揺して呆然とした表情でいた。
二人の狼狽を感じ取った子龍が“くすり”と笑いながら答えた。
「賢い小姐なら、間違いなく陽動作戦を仕掛けると踏んでおったのだ」
子龍は梅仙を「賢い小姐」と呼び、彼女を領主の令嬢として敬い、その知略も高く評価していた。
「頭は少し切れるようだ。だがな…俺よりあそこにいる兵士たちの方がもっと危険ではないか?見ろ、兵士たちはもう官軍を押し返し、城門へと迫っている」
都賢秀が窓越しに戦況を説明すると、子龍も横目で確認した。
梅仙は子龍がこちらではなく都賢秀を選んでくれたことに安堵し、予定通り反軍を率いて強く押し進めていた。
村を取り囲む守備兵1万2千はまだ健在だが、山賊出身の雑兵たちはほとんど動かず、野次馬に過ぎなかった。
状況が悪化すれば逃げればいい…
都賢秀はあえて誇張した口調で状況を伝え、子龍の心理を揺さぶろうとしたが…
「本官動揺させようと、よく努めておるな」
子龍は都賢秀を捕えに来た覚悟だったのか、一切動じない。
「官軍が雑兵揃いなのは確かだが…奴らも生き延びるために必死に防衛するだろう。そいつらを抑えている間に、本官が貴様を倒して反軍を制圧すれば…すべて片がつく」
一度に二つを制御するのは無理でも、一つずつ片付けていく――ある意味無謀だが、子龍だからこそ思いつく戦略だった。
しかし都賢秀にはプライドの問題だった。
「まるで俺を空気扱いしているな…」
「ふん!貴様の実力が尋常でないのは認めよう。しかし、本官に白の気の力がある限り、貴様は本官に何一つ傷をつけられんぞ」
子龍は白猫の聖獣と契約しており、全身を鋼のように硬化させる防御が可能だった。
その力ゆえ、都賢秀の武器ではどうにもできないのは事実だった。
だが…
「余裕たっぷりで来た割には、情報収集を怠っておるな」
情報収集の不備を指摘され、理解できずにいる都賢秀。その時、彼が指を“パチン”と鳴らすと、眩い白光がその横に生じた。
「なっ、何だ?!」
その光の眩しさに子龍は目を開けられなかった。
光が次第に収まり、目を開いた先に見えた光景に、子龍は愕然とした。
「そ、それは…」
白光の中に姿を現したのは、伝説だけに語られる聖獣――白龍だった。
「クオオオオオオ!!!」
白龍の咆哮に、子龍はもちろん、その肩に乗っていた白猫型の聖獣までもが恐怖で震えた。
「本座はすべての白の種の創造者、白龍なり。汝の主より命を受けた…消え失せよ!」
白龍ウカイの命令と共に、白いドーム形の空間が展開し、子龍の白猫聖獣は光と共に粉々に砕け散った。
己の聖獣が消滅するのを見て、子龍は直感した。
鋼のような防御と筋力強化の支援が消え去ったことを…
主の命令に逆らえず消えたのなら、子龍は今や平凡な人間の身体に戻ったのだと。
「…ようやく理解したか?何を見誤ったのかということをな」
都賢秀に聖獣が付き添っていた事を全く知らず、伝説の白龍が必要な時だけ出てくるとは――
その通り、子龍の誤算だった。
「…降伏しろ。まもなく反軍もこの城を制圧する。そうなれば汝も危険になる」
すべてが領主と官軍に不利になれば、せめて降伏を促そうとする都賢秀。
しかし…
「クククッ!」
逆境にも関わらず、子龍は不敵に笑っていた。
「…なんで笑う?」
「クククッ!本官を愚かと思っておるのか。隠れていると思ったか?」
「何の意味だ?」
問いかける都賢秀に、子龍は愛剣“千雷”を構え、自信満々で叫んだ。
「白龍の力なら、他の白の聖獣の力を無効化することも可能だ。だが白龍も契約者を守り切れぬ。すなわち、この空間では貴様も本官も、同じ条件ということだ」
子龍の言葉に、都賢秀は思わず舌打ちした。
出発前、ウカイが説明していた――「子龍と契約した聖獣を無効化する代わりに、自分も守られない」という仕組みを…
都賢秀は子龍がその事実を知らないことを願っていたが、どうやら子龍は全て知っていたようだった。
「しかも、この廊下は前に貴様と会ったあの場所のように狭くもない。貴様の武器を振るうには何ら問題ないぞ。武術では間隔の制圧が重要と言うが、短剣だけしか持たぬ貴様が、それをどう乗り越えようというのか?」
この時点で局面が完全に子龍の有利に傾いた。
子龍は言葉を残さず突進し、剣を振り下ろした。
迅速で鋭い愛剣“千雷”の一撃が都賢秀を襲った。
「うわっ!!」
都賢秀は優れた反射神経でかろうじて躱したが…
たった一度の錯乱でも命取りになるほどの剣撃、それを回避するには限界があった。
子龍は今度は横薙ぎに振って首を狙ったが、都賢秀は回避の動きでかわした。
しかし、帝国最強の武士子龍は驚異的な手首の力で剣を強引に制御し、再び振り下ろしてきた。
腰を落とす姿勢だったため、今回ばかりは回避が間に合わず…
子龍は勝利確信を込めて剣を振り下ろしたが、「カァァァン!!」という金属音が響いた。
自分の刃が都賢秀の肩を直撃したはずだが、刃は何か硬いものに当たって跳ね返り、子龍の瞳には疑念が宿った。
「あり得ぬ!どうやって聖獣の力なしで剣撃を…」
混乱して理由を理解できない子龍は、都賢秀と初対面の日を思い出した。
あの時も自分の剣が命中した筈なのに、金属を打つような音と共に無傷だった事を。
「貴様…何か纏っておるな!」
子龍の言葉に都賢秀はにやりと微笑み、袖をまくり上げた。
その中には――レトムから授かった未来型全身防弾服が隠れていた。
これこそ、都賢秀が言っていた“秘密兵器”であった。
その防弾服はナノファイバーとAIプロセッサーによって衝撃点のみを強化し、通常の刃物や銃弾を難なく防ぐ性能を持つ。
二人とも聖獣の力が使えない空間にいると判断していた子龍は、そのような防弾服があろうとは思いもせず、すべての攻撃が無効化されたことに呆然とした。
「もう分かったろう。すべてが貴様に不利なんだ。ゆえに今すぐ降参するがよい」
都賢秀は再度降伏を促したが、子龍は断固たる態度を崩さなかった。
「本官に殿下を裏切れと謀ろうとしても無駄だ」
「真の頑固者とは…ワシは龍煒殿を殺しに来たのではない。そなたの指輪を砕くために来ただけじゃ。それが叶えばワシは…」
「その言葉が真か偽か、どうして信えようか…本官は衛士ではない。ただ殿を見守る者であるだけじゃ」
多くの物語で「実力者ほど頑固」というのはクリシェだと言われるが、子龍はまさにそれだった。
都賢秀は子龍の頑固さに苛立ち、声を荒げた。
「…何だって?もう手札が残っていない貴様が、何を仕掛けるというのか?!」
「手札とは何を指すか分からぬが…本官にまだ残された策があるかと問うならば、まだ残っておる」
「何だと?!」
まだ策があると言い残した子龍は、突如剣を投げ捨てた。
都賢秀はまた短剣ででも攻撃してくるのかと思い、軽く見ながら言葉をかけようとした瞬間…
子龍が突進し、拳を振るった。
あまりに自然な急襲で、都賢秀は反応する暇もなかった。しかし防弾服があるからと軽視していた。
「ズシャーーン!!!!」
子龍の挑んだボディブローが側腹を直撃した。
鐘を打つような音とともに、内臓がひねられるような激痛が都賢秀を襲った。
「ぐっ…!」
ナノ素材の防弾服で守られているはずだったが、打撃の衝撃は皮膚を通じて深く響いた。
さらに触れても外傷は見られない。
〈大丈夫ですか?〉
「あ、ああ…大丈夫じゃない…防弾服を着てても、なぜこんな衝撃が…」
〈拳だからですね。剣や銃弾と違って打撃面が広いため、振動が臓器まで伝わったのだと思われます〉
剣や刃物は刺突・斬撃に特化し、鋭く狭い部分に攻撃するため、防弾服で防げるが、拳は面が広い分振動が強く臓器に影響を与え得るのだと説明された。
「ちっ…拳一発にこんな威力を…やはり奴は化け物か…」
過小評価しがちだったが、防弾服だけでは防げぬ力に都賢秀は完全に見誤っていた。
〈次が来ます!〉
側腹を打たれ激痛を覚えた都賢秀だったが、子龍は容赦なかった。再び拳を振り出す。
危険と判断し、都賢秀は腰をひねって急ぎ避け、距離を取ろうとバックステップを踏んだが、子龍はその余裕さえ許さぬかの如く近づき続けた。
間合いを詰めてくる子龍へ、都賢秀は短剣で刺す構えを見せたが…
「甘い甘い!」
動転のせいか、動きが鈍く、不安定な一撃だったため、子龍は簡単にかわしながらも手首を叩いて短剣を落とさせた。
武器を失った都賢秀を見て、子龍は腰を捻りながらフックを狙った。
咄嗟に横に身をひねって回避したが、その風圧が耳をかすめた。
強烈なフックが空を切った瞬間、空いた側腹へ都賢秀の拳が突き刺さった。
だが子龍は苦痛に歪む表情を浮かべながらも、肩をぶつけてさらに近づいた。
体格上圧倒的に有利な子龍は、間合いを競うより肉体勝負を選び、都賢秀に圧迫を加え続けた。
廊下は二人の拳がぶつかり合う音で満たされていた。
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