第30話 領主の正体
「チーム長!しっかりしてください!」
誰かに揺さぶられて、ジュゼッペは無理やり目を覚ました。
「……ここはどこだ?」
「簡易空間転移装置を使って、領主の城に移動しました」
「簡易空間転移装置だと?! なぜ勝手にそんなものを使った?!」
簡易空間転移装置は、連盟内でも絶体絶命の危機的状況でのみ使用が許される高価な装備だった。
そんな装備を新人が勝手に使ったことにジュゼッペは怒りをあらわにしたが――
「それは……私たちが“次元の繋ぎ手”にやられたからです」
斎藤の言葉で、ジュゼッペもようやく記憶を思い出した。
突然現れた聖獣にやられて、気を失ったあの瞬間を――
「くそっ……なぜいつもこんな有様なんだ」
ジュゼッペは、目の前で都賢秀を逃がしたのが二度目だったため、怒りを抑えきれなかった。
「チーム長……いっそ本部に戻りましょう。支援を受けてから再度来た方がいいかと。このままでは、責任がさらに重くなってしまいますよ」
ジュゼッペの逮捕チームは、すでに拘束されたはずの都賢秀を護送するつもりで来たため、人員も装備も不足していた。
だからこそ、斎藤はまず第1地球へ戻り、兵力と装備を整えて再び来ようと提案したのだが――
ジュゼッペは激しく怒鳴りつけるばかりだった。
「俺が何度言った?! 俺たちが生き残る道は都賢秀を捕まえることしかないんだ!! またくだらないことを抜かすな!!」
斎藤はジュゼッペを見つめながら、どうしてこんな人間がチーム長まで昇進できたのか不思議でならなかった。
もちろん、このまま戻れば処分を受けるのは確実で、最悪の場合は解雇もあり得ると、斎藤もよく理解していた。
だが、組織に属する者が自身の利益のために組織の利益を損ねるとは……。
自分がこれまで学んできた常識では到底理解できない考え方だった。
「で、どうなさるつもりですか?」
「幸い“次元の繋ぎ手”の位置は把握している。領主に兵を借りて再び向かえばいい。領主は我々に好意的だから、きっと兵力を貸してくれるはずだ」
決心が固まると同時に、ジュゼッペは領主の部屋へと駆け出した。
領主の城の中を走り回るジュゼッペの姿に、礼儀を知らぬ山賊出身の官軍たちですら、顔をしかめた。
だが、ジュゼッペはまったく気にせず、目的地へと急いだ。
領主の部屋の前で見張りをしていた子龍は、険しい表情で近づいてくるジュゼッペに気づいた。
「ジュゼッペ殿? どこかへ出かけていたようですが、もうお戻りですか?」
「お前のような奴に、俺がどこに行こうと関係ないだろ。中に領主はいるか?」
ジュゼッペの態度に、子龍の表情がさらに険しくなった。
自分への無礼は客人だからと我慢できるが、主君に対する無礼は許せなかった。
子龍は手を挙げて、ジュゼッペを止めようとした。
「ジュゼッペ殿ともあろう方が、なぜこのように礼を欠かれるのか。領主殿にお会いしたいのなら、あらかじめ約束をお取りください」
子龍が進路を塞ぐと、すでに怒っていたジュゼッペの理性は完全に崩壊した。
「下っ端の分際でどこまで――死にたいのか?」
「……お前こそ、礼を欠けばこの場で斬られても文句は言えんぞ」
だが子龍も一歩も引かなかった。
ジュゼッペと子龍が対峙し、場の空気が重くなると、斎藤が間に入った。
「今はこんなことしてる場合じゃありません!! “次元の繋ぎ手”が再び逃げ出したらどうするつもりですか!」
「“次元の繋ぎ手”? それは都賢秀のことか?!」
“次元の繋ぎ手”が都賢秀のコードネームだと知っていた子龍は、位置が判明したことに驚愕した。
「そのとおりです! 反乱軍の村に潜んでいたのですが、残念ながら捕縛に失敗しました。このまま時間を無駄にすれば、逃げられるかもしれません! 急がなければ!」
斎藤の言葉に戸惑いを見せる子龍を見て、ジュゼッペはさらに威勢を強めた。
「聞いただろ? 今はくだらない礼儀を気にしてる場合じゃない!」
自分が子龍に勝ったと思い込んだジュゼッペは得意げになり、引かざるを得なかった子龍は悔しさを噛みしめた。
だが、都賢秀を捕らえるという共通の目的があったため、黙って道を譲った。
「領主! おられるか!!」
ドアを荒々しく開け、いきなり龍煒を探しながら室内を見回すと、幸いにも龍煒はいつものように祭壇の前で祈りを捧げていた。
「そんな得体の知れない祈祷をしてる場合じゃないだろ! “次元の繋ぎ手”…都賢秀が見つかったんだぞ!」
子龍は、主君龍煒に対して無礼な発言をするジュゼッペを斬り捨てたくなったが、今は都賢秀の捕縛が最優先だったため、こらえることにした。
だが……
「…………」
都賢秀を発見したというジュゼッペの報告にも、龍煒は何も言わずに祈りを続けていた。
ジュゼッペは、自分が無視されたと感じ、ついに理性を失った。
「聞いてんのか、この未開人が!! 都賢秀が見つかったって言ってるんだぞ!!!」
ジュゼッペが怒鳴ったが、龍煒は依然として無反応だった。
「ちっ……」
返事をしない龍煒に近づこうとしたその時、龍煒から奇妙な笑い声が聞こえてきた。
「ククク……」
そして――
「クハハハハハ!!!」
不気味な笑い声で大声で笑い出した。
「か、閣下……?」
首をのけぞらせながら異様に笑う姿に、子龍はもちろん、ジュゼッペや他の隊員たちも思わず後ずさった。
「クハハハ!! ついに……ついに本座の力が完成したぞ!!!」
“力が完成した”と宣言した龍煒は、突然赤い気を噴き出し始め、全身が炎に包まれた。
「か、閣下!!!」
龍煒の体が燃え上がるのを見て、子龍が驚き叫んだが、龍煒はただ笑うばかりだった。
つまり、龍煒を包むその炎は自然発火ではなく、聖獣の術によって現れたものであるということだった。
だが、特級聖獣でも、部屋全体を包み込むほどの力を持つ者はいない。
「いったい何が……」
自分の主君がもはやこの世の存在ではないかのような姿に、子龍は混乱するばかりだった。
龍煒は歓喜に満ちた笑みを浮かべたまま、子龍と隊員たちの方を見た。
「ククッ! ちょうどいい。本座の力を試すのにうってつけの猿どもが来てくれたな」
「な、猿だと?! 今のは俺に言ったのか、この未開人が!!」
ジュゼッペは自分を猿と呼んだことに激怒して叫んだが、龍煒は聞く耳を持たず、手を振り上げた。
すると、突然巨大な炎の柱が噴き出した。
「チーム長! 危ないです!!」
素早く伸びる炎に反応できたのは、運動神経の良い斎藤と子龍だけだった。
子龍は素早く身を翻して避け、斎藤はジュゼッペを抱えて飛び退き、何とか彼を助けたが――
他の隊員たちは、龍煒が放った炎に全身を焼かれ、ゆっくりと死んでいった。
「ぎゃあああああああっ!! 助けてくれえええ!!!」
地獄のように焼き尽くされる仲間たちの悲鳴を見て、子龍もジュゼッペも顔面蒼白となり、声が出なかった。
だが龍煒は、なぜか首をかしげて彼らを眺めていた。
「ふむ? 力は完成したようだが、まだ身体が適応しておらぬようだな……クククッ。だが、それも時間の問題だ」
龍煒は意味不明な言葉を続けていた。
斎藤は歯を食いしばり、冷静に周囲を見渡そうと努めた。
(仲間たちは……もう駄目だ。何としても逃げなければ)
仲間はすでに全滅し、戦闘は不可能だった。
今は撤退が最善であり、斎藤は周囲を素早くスキャンして脱出ルートを確保したが――
問題は、撤退の決定権が自分にないという点だった。
「チ、チーム長、どうしましょう?」
「どうするも何もあるか! あ、あんな化け物と戦って死ぬなんて冗談じゃない! 逃げるぞ!」
幸い、全身を震わせるほど怯えていたジュゼッペは、斎藤にすがるように言った。
斎藤はジュゼッペを支えて、急いで領主の部屋を飛び出した。
だが子龍は動けなかった。
この気配は説明できなくても、目の前の人物は確かに自分の主君龍煒だったからだ。
「か、閣下……?」
幾多の修羅場をくぐってきた子龍も、龍煒のあまりの威圧感の前には震えが止まらなかった。
持てる勇気をすべて振り絞って龍煒を呼ぶと――
彼の目を見て、子龍はあわてて後退しそうになった。
その目は人のものではなく……まるで爬虫類のような、異様な姿をしていたのだ。
「お、お前は閣下ではないな?!」
「ほう~ 本座の正体を見破るとはな? 長年龍煒に仕えていただけあって、少しは勘が働くようだ」
龍煒は、自分が龍煒ではないかのように話していた。
「お前は誰だ?! 閣下はどこにいる?!」
子龍は剣を抜いて問い詰めたが……その剣先は情けないほど震えていた。
「何を馬鹿な。 本座は龍煒だと言っておろう」
「ふざけるな! 白状しなければ斬るぞ!」
「クククッ! 確かにこの者の“意識”は本座が奪った。だがこの肉体は、紛れもなく龍煒のもの。貴様にその主君の身体を斬れるか?!」
「な、なんだと? 意識を奪うだと? 一体、お前は何者なんだ?!」
子龍の問いに、龍煒はさらに不気味に微笑んだ。
「本座が誰かと聞くのか? クククッ! 本座こそ――」
龍煒は両手を広げ、世界を焼き尽くすような炎を放ちながら叫んだ。
「本座は南部の支配者、火龍“イエンチュエングァオロン(炎辰光龍)”なり!!」
その名を聞いた瞬間、子龍は思わず恐怖に打ち震え、ひざまずいた。
それは――敗北だった。圧倒的な力に屈した、本能的な服従だった。
「……それは本当ですか?」
「そうだ……」
都賢秀と反乱軍の人々は、白龍の説明を聞いて、信じられないといった呆然とした表情をしていた。
「聖獣が人間の身体を奪うなんて……そんなことが本当に可能なのですか?」
唐睿山は、どの古文書にも出てこない話を聞いて、信じられない様子だった。
「本来であれば、不可能なことだ。しかも、火龍はその凶暴な性格のため、人間界に干渉してはならぬという皇玉上帝の厳命も受けておる……だが、異世界の異物が関わっておることで、ありえぬ事態が起きておるのじゃ」
「異世界の……異物?」
人々は「異世界の異物」という言葉に「それって何?」といった顔をしていたが……
都賢秀とレトムだけは、何か心当たりがあるのか、そわそわして落ち着かなかった。
「本座が言う“異世界の異物”とは……彼らが探している“キューブ”という物体じゃ」
やはり、そうだった。
龍煒はキューブによって、本当に人格が変わってしまったのだ。
「なあ、おもち……」
〈……はい〉
「キューブにはそんな能力ないって言ってたよな? どうなってんだ、これ?」
都賢秀は、何か言い訳でもしてみろとばかりにレトムを見たが……
〈エラー発生。エラー発生。要求されたクエリは、システム権限の範囲を超えています〉
まるで人間のように滑らかに話していたレトムは、一転してぎこちない口調になり、旧世代のAIのふりをして誤魔化そうとしていた。
「このくそおもち……」
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