第3話 旅に出る
8月3日までは毎日12時と20時の1日2回更新となります。
1番の都賢秀の家を調べてみたレトムは、ため息をつきながらどこか惜しいような表情を浮かべていた。
<確か、『すぐに食事できるよう用意しろ』とお願いしたのに、1番都賢秀氏はレトルト食品だけを用意してくれたようですね…>
どんなに世界が変わっても、都賢秀は都賢秀。1番地球の都賢秀も料理を一切せず、即席食品を買って食べるようだった。
「俺と全く同じだな」
<それが自慢ですか…?とにかく、レトルトでも召し上がってください。>
レトムがレトルトでも食えと言ったので、都賢秀は、何か缶詰みたいなものを渡されるのかと想像した。
しかしレトムが差し出したのは、角砂糖くらいの大きさの正方形のキューブだった。
「…これ、何なんだ?」
<あ!都賢秀様には初めてご覧になるでしょうね。こちらの即席料理です。>
「まさかこれをこのまま食べろって言うのかよ?」
小さくて固くて、噛んだら歯が折れそうな代物を、これを食べろと渡されるとは…都賢秀は呆れた表情でレトムをにらみつけた。
<…まあ確かに、798番地球にはないものですから、馴染みがないのも当然でしょう。あの機械に入れてボタンを押してみてください。>
都賢秀はレトムの言う通り、顕微鏡みたいな装置にキューブを置き、ボタンを押してみた。
「おっ?!」
するとボタンを押した途端、“パシッ”とレーザーのような光がキューブに向かって放たれ、そのレーザーを浴びたキューブは溶け出すかと思うと、突然“パン!”と膨らみ、すぐにカレーライスとなっていた。
「この小さなキューブが料理になるって…?さらにお皿まで?」
<これがこちらのレトルトです。>
「ようやく未来世界の料理って感じがしてきたな」
<未来ではなく、別次元の料理です。どの地球でもまだタイムループ技術は発明されていません。>
「細かいところにケチつけて…」
都賢秀は、なんと24時間ぶりの食事になるので、カレーライスをむさぼるように食べ始めた。
都賢秀が食事している間、レトムは旅に必要な荷物を一生懸命にまとめていた。
<非常食50箱と簡易宿泊施設、プラズマピストルと高周波ナイフ、それからサバイバルキットと各種衣類に…連盟所属の地球ならどこでも使える共通通貨まで…1番都賢秀氏が指示通りによくそろえてくれましたね。>
都賢秀は食べながら、レトムが確認している荷物を見ていた。
【確かテントと服装品があると言っていたのに…】
だが実際にあったのは、眼鏡ケースくらいの小さなポーチが2つと、拳銃、予備弾倉、折り畳みナイフ、それを携帯できるショルダーホルスター、それからクレジットカード、フラッシュライト、腕時計、マルチツール、ワイヤーソー、ファイヤースティック、コンパス、救急薬などが入ったサバイバルポーチだけだった。
「テントとか衣類がどこにあるんだ?」
<後でゆっくり説明いたします。旅がどれだけ続くか分かりませんから、よく携帯しておいてください。非常時には野宿しなければならないかもしれませんので。>
都賢秀は急いで食べながらも、レトムの話には集中していた。
「1番都賢秀という奴も俺に旅に出ろって言ったけど…一体俺がどうして旅に出なきゃいけないんだ?」
<色々理由はありますが…一番大きな理由は、エージェントたちの追跡から逃げるためです。>
「そのエージェントたちは、なんでそんなに俺を捕まえようと騒いでるんだ?」
<それは都賢秀様が、次元移動が可能な能力を持っておられるからです。>
「次元移動?俺にそんな能力があるって?何かの思い違いじゃないか?」
<都賢秀様は確か、798番地球ではなく別の地球からエージェントに逮捕されませんでしたか?それが次元移動したという意味なのです。>
「…そうか。俺にそんな能力があるとする。で、それが俺を追ってくる理由と何の関係があるんだ?」
<連盟の許可を得ない次元移動は不可能だからです。>
次元移動が可能だという事実も知らなかった上に、次元移動をしたことで罪になるというのは、都賢秀にとって極めて理不尽だった。
「そういえば、マザーも言ってたな。次元はすべて連盟を通さなければ移動できないって…じゃあやっぱり、俺が移動したわけじゃないんじゃないのか?」
「そんなことはありえません。なぜなら都賢秀様は…次元の“接続者”だからです。」
「接続者?」
都賢秀は“次元の接続者”という言葉を聞いて、法廷でマザーが「接続者だ」と言ったとたんに死刑判決が下されたあの出来事を思い出し、顔が陰鬱になった。
「一体その“接続者”って何なんだ?なんでそれが理由で俺を死刑にしようとしたんだ?」
<説明に先立ち、平行世界について簡単に歴史をご説明します。今から約850万年前…>
「え、8…850万年前…?」
人類の歴史をはるかに超える数字に、都賢秀は思わずレトムの話をさえぎった。
<ねえ、AI、話を遮るんじゃありません。>
「す、数字がすごすぎて…850万年前に人類は存在していたのか?」
<798番地球がどうかは分かりませんが、他の地球では3000万年前から人類が存在するところもあります。>
「うわ…クラクラしてきた…」
<ともあれ…850万年前、大帝ガウス様が我々の地球を超えて別の地球が存在することを発見され、長い研究の末、二つの地球をつなぐ通路を開くことに成功されました。>
「じゃあ、その時から平行世界間の移動が可能だったってことか?」
<その通りです。しかしこの空間移動は誰でもできるわけではなく、特殊な能力者だけが可能であり、ガウス様はそのような者たちを“移動者”と呼ばれていました。>
人類史を覆すようなとんでもない情報が畳みかけるように降ってきて、都賢秀は頭が真っ白になって気を失いそうだった。
<ガウス様は別の地球が存在することを知ると、生涯をかけて新たな地球を発見し、空間をつなぐ研究をなされました。後世の人々はその業績を讃え、“次元の接続者”という称号を贈ったのです。>
「じゃあ、“接続者”ってのは…次元と次元をつなげる存在ってことか?」
<そうです。もっと正確に言えば、次元をつなぐことも切り離すこともできる存在です。>
「その“接続者”ってのが…まさか、俺…?」
<その通りです。>
ただの就活中の人間である彼にとっては、あまりにも途方もない話で、混乱を通り越し脳が停止しそうだった。
<大丈夫でしょうか?私がお話しした中で、理解できない部分はございませんか?>
「いや…大方は理解したよ。でも、俺が接続者だってのは構わない…でも、俺が接続者だからって何で連盟が俺を捕まえようとしてるんだ?」
<それは…え、それって…?>
レトムが続きの説明をしようとしたとき、不意に外から大きな音がして会話がそこで止まった。
「な、何だよ?」
<…どうやら、ゆっくり会話している場合ではなさそうですね。>
「なに?! それって…ウワッ!!」
突然ドアが破壊され、都賢秀は思わず悲鳴を上げた。
「798番都賢秀!!このままで連盟から逃げられると思ったのか?!」
ドアを破って入ってきたのは、連盟の次元治安局のエージェントたちだった。
「何だよ?! 明日まで大丈夫だって言ったのに、どうしてもう来たんだ?!」
<それは…>
都賢秀は「なんで早く見つかったんだ?」と狼狽しながら言ったが、レトムはすでに理由を知っているかのように一点を見つめていた。
その視線の先にいたのは――
「わるい、友よ…」
なんと、1番都賢秀その人だった。
「何だよ?! なんでこんなに早く発覚したんだ?!」
「それが…俺も絶対に口を割らない覚悟で耐えようと思ってたんだけど…思ったより耐えられなかったんだよね」
「耐えられなかったって?一体何を…まさか拷問?!」
連盟という連中が、ここまで非人道的な行為に及んでまで俺を探しているとは驚愕したが、逆に拷問を受けたであろう1番都賢秀を思うと胸が痛んだ。
だが…
「…耐えられないほどに拷問されてたんだろ?なのに、どうしてそんなに普通なの?どこが拷問を受けたっていうんだ?」
「何言ってんだ?見てよ。ここを…」
そう言って1番都賢秀は、いつもより真剣な表情で左手の小指を差し出したが…
なんと、爪が一本、抜け落ちていた――という壮絶な(?)光景が広がっていた。
「……」
<………>
爪一本が抜けただけで、すべてをぺらぺらしゃべってしまった1番都賢秀を、都賢秀とレトムは言葉もなく見つめていた。
「そうか…元気な爪が抜けるのって…痛いよな、痛かっただろ…ちくしょう!お前馬鹿か!!」
「ハハ!ひどいよ、友よ。本当に痛かったんだよ!」
本当に痛かったと慰めを求める1番都賢秀を見て、「あいつをどうやって裂き殺してやろうか?」なんて考えまで浮かんだ。
<はぁ〜…俺みたいな奴らを信用したのが間違いだった…>
「ハハ!ひどいよ、レトム!」
レトムまで「情けない」と言っていて、1番都賢秀はすっかり拗ねてしまっていた。しかしそれ以上に、都賢秀自身が“あいつと一セットでまとめられてしまった”ことに内心で憤っていた。
【あいつと一緒くたにされるなんて…】
「冗談はそこまでにして、おとなしく拘束されろ、798番都賢秀!!」
エージェントたちは、自分たちを無視して互いにだけ話している態度が気に入らないのか、どんどん声を荒げているが、捕まったら死刑だ。捕まるような馬鹿はいない。
「お前なら捕まるか?捕まったら死刑だぞ!!」
「そうだとしても、エージェントたちの監視を避けて一生逃げ続けることができそうか?おとなしく床に伏せろ!!」
都賢秀は、ぎっしり詰まったエージェントたちを振り切って逃げるのは不可能だと、聞かずとも悟っていた。
「なあ!どうする?次元移動とかできないのかよ?」
<残念ながら、次元移動のゲートを開くためには30秒以上開き続けなければならず、間違いなく彼らが追ってくるでしょう。だからまずはここから脱出することを推奨します。>
「脱出しろって?どうやって?!」
<まさに、都賢秀様の背後にある窓からです。>
「……ここが8階だって分かってから言ってるんだよな、てめぇ?」
1番都賢秀の住んでいる家はなんと8階。ここから飛び降りたら全身の骨が砕け散るのは明白だったが…
<それでも他に方法があるのでしょうか?>
レトムは容赦なかった。一方で、彼の言うとおり他に選択肢がないのも事実だった。
それでもそんな極限の状況で8階から飛び降りねばならないという恐怖に、都賢秀は容易には動けなかったが…
「ハハ!心配すんな。あの窓の向こうに低い建物の屋上がある。そっちに向かって飛び込めって話だろうな。」
レトムは他人の目には見えない存在なので、今の会話をエージェントたちは知り得なかった。しかし悪運にも、そこに1番都賢秀が出しゃばったおかげで、会話が露見してしまった。
「窓から逃げようとしてるぞ!さっさと捕えろ!!」
エージェントたちが迫ってきて、都賢秀にはもはや選択の余地がなかった。
「くそ、1番ヤツめ!!」
都賢秀は食卓の角を蹴り、エージェントたちの動きを一瞬でも阻むと窓際に鉢植えを投げつけた。
そしてガラスがバリバリと粉々に割れる破壊された窓に、迷わず一歩を踏み出して飛び下りる準備を整えたが…
「何だよ、あれ?!距離ありすぎるじゃねぇか!!」
都賢秀のいる位置は8階で、向かい側の建物が6階、ぎりぎり届くか届かないかの距離だった。問題は直線距離がせめて5メートルはありそうだった点だ。
<…建物があることだけ把握していて、正確な距離を測っていなかったのが敗因ですね。残念です。>
「おい!他人事かよ?!」
レトムがまたしても心の隙を突くようなことを言ってきたが、もはや迷っている余裕はなかった。
背後からエージェントたちが迫っていたのだ。
<仕方ありませんね。この距離を跳び越えるのは無理ですので、別の機会を窺いましょう。おとなしく彼らに付き従ってください。>
レトムはただエージェントに従えと言っていたが、都賢秀には、彼らを信用する余地など一切なかった。
ついに乾いた唾を飲み込み、覚悟を決めた都賢秀は…
「うりゃぁぁぁ!!!!」
窓から飛び降りた。
「おっ?!」
「えっ?!」
<何やって…!!>
エージェントたちも、1番都賢秀も、レトムまで、窓から飛び降りた都賢秀を見て驚きの声を上げたが…
「うぉおおおあああっちゃ!!!」
驚くことに、反対側の建物に着地できた。ただし正確に言えば、ギリギリ屋上の手すりにぶら下がるというみっともない姿だったが…
<思ったより運動神経が良いですね。>
「今になってそれに気づいたか?次はどうする?」
<別の場所に移動するためのゲートを開くイメージを頭に描いてください。そうすればゲートが作動するはずです。>
「え?こう…?」
都賢秀がゲートが開く場面を思い浮かべると、目の前に次元を超えるゲートが実際に開かれた。
いよいよ、次の地球への旅に出る番だった。
「ハハ!気をつけて、友よ!今度は捕まるなよ!」
1番都賢秀の見送りの言葉に、都賢秀も応えた。
「うるせぇ、このクソ野郎!!誰のせいで捕まっ…!!」
都賢秀が愛情(笑)あふれる挨拶を叫んでいるうちに、ゲートは閉じ、エージェントたちは虚しく見送るしかなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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