第27話 白龍の名を口にする
「せ、聖獣の王だって?」
夢に現れた白龍は山のように巨大で、普通の聖獣とは思えなかったが……まさか聖獣の“王”だとは。
「聖獣にも王様っているんですか?」
何も知らない都賢秀のために、唐睿山が丁寧に説明してくれた。
「君は異世界から来たから、よく知らないのだろう。太古、黄玉様がこの大地を創られ、四体の竜を遣わして東西南北を司るよう命じられた。そのうち西を司るのが、白龍様というわけだ。」
都賢秀は、唐睿山の話を聞きながら「まるで昔話に出てきそうな設定だな……」と思っていた。
「じゃあ、あの口数が多くて虚勢ばかりの白トカゲが……本当に聖獣の王だって言うんですか?」
「無礼者!そのお方は貴様ごときが口にしてよい存在ではない!大陸に災いが訪れるたびに人の世を救われる神、四竜のうち西を守護する方なのだ!」
人々は白龍を拝謁できると知って興奮し、両手を合わせて祈りを捧げ、ひざまずいて都賢秀を神と崇める者まで現れた。
「都賢秀様!早く白龍の尊名をお告げになり、契約をお結びください!」
梅仙も白龍に早く会いたいのか、急かしてくるが……
「いや、それがさ……発音が難しすぎて無理だったんだよ。」
発音が難しくて白龍の名を言えないという都賢秀の言葉に、梅仙と人々は納得がいかないという顔になった。
「まさか……『バイロン・ルオクァイジュオ(白龍・落魁灼)』の発音がそんなに難しいと?」
都賢秀は皆の反応にモヤモヤしつつ、梅仙の口から出たその名前に戸惑った。
「バイロン・ルオクァイジュオ?そんなに簡単な名前じゃなかったけどな……」
「え?神話に記されている白龍の尊名は、確かにルオクァイジュオで間違いありませんが……」
人々が困惑する中、唐睿山が口を開いた。
「恐らく、この若者が聞いたのは『バイロン・ウッパッコポリュワウォン・カウォッカンデュッチュイプ』のような発音だったのでしょうな。」
都賢秀は唐睿山の口から出たその奇怪な音の連なりに驚き、人々も「何だその不気味な名前は」と騒ぎ出した。
「な、なんなんだよそれ……ウッパッキャ?舌が悲鳴を上げそうな名前だな……」
「無理もありません。これは古代における『落魁灼』の発音方法ですからな。」
「こ、古代って……いったいいつの時代の話だ?」
「人類が文明を始めたばかりの頃……おおよそ三万五千年前の発音です。」
三万五千年前の発音なら、同じ文字でも読み方が違っていて当然だと、人々は納得した。
「そんな遠い昔の発音じゃあ、聞き慣れないのも無理はない……」
「拙者もかなり練習して、ようやく発音できるようになったのですから、あの若者ができぬのも仕方ないことです。」
人々は一時は白龍に拝謁できるかと期待していたが、都賢秀の舌では無理だと知り、落胆してその場を離れていった。
「まあ……数千年に一度、世界を救うために現れるという白龍を、そう簡単に拝めるわけがないか……」
「勝手に期待して勝手にがっかりして……ほんと、ひどいな。」
都賢秀は不満だったが、文句を言う暇もなかった。
白龍を聖獣として味方にできれば、戦力として非常に大きい。そう判断した唐睿山が、白龍の名を発音できるようにするため、都賢秀に特訓をつけることにしたのだ。
「さあ!真似して言ってみたまえ、『ウ!』」
かくして都賢秀は、飯も食べきれないうちに引っ張られ、舌がもつれるまで白龍の名を練習させられる羽目になった。
*****
ジュゼッペ捜査官は部下の捜査官たちとともに無線機の前で頭を抱えていた。
『ジュゼッペ班長!定期報告はどうした?聞こえてるのか?次元の連結者を護送するために行ったのに、どうしてこんなに遅いんだ?』
ただの護送任務だと軽く考えて来たのに、都賢秀を取り逃がし……手柄を独り占めしたくて支援要請もせず、本部からは何があったのかと無線で連絡が鳴り止まなかった。
「班長……そろそろ応答された方が……」
無線に応じるよう助言した部下に、ジュゼッペの顔が険しくなった。
「応答して、何をどう報告しろってんだ?!」
「い、いえ……僕たちが逃がしたんじゃなくて、この未開人たちが取り逃がしたんですから、事情をちゃんと説明すれば……」
「バカが……通りで次元の連結者を見失ったのは、誰がどう見ても俺たちの失態だろうが!」
ジュゼッペの指摘に、部下も「あっ」と顔を青くした。
「本部にバレたら終わりだ……今はどんな手を使ってでも連結者を確保するしかない。それが俺たちの生き残る道だ。」
次元統制連盟は恐怖政治で次元を管理しており、任務に失敗した者には想像を絶する苛烈な罰が下ることで有名だった。
だから、ジュゼッペの言う通りにするのが、一番安全ではあった。
「それにしても……捜索に出した連中、なんでこんなに連絡がないんだ?」
「針の穴を探すようなものですからね……装備もなしに村の真ん中で人探しなんて……」
ジュゼッペもそれは分かっていたので、それ以上は何も言えなかった。
その時――
「見つけました!」
捜索に出た2人の捜査官が戻ってきて、そう叫んだ。
「見つけたって……まさか次元の連結者をか?」
「はい!」
都賢秀を見つけたという報告に、ジュゼッペはあまりにも突然のことで、喜びよりも困惑が先に立った。
「いったい、どうやって見つけたんだ?」
「昼間に追跡用衛星を発射した時、山中にもう一つ村があるのを発見しました。念のため調べに行ったら……やはりそこに連結者がいました。」
無能な上司たちの中で、唯一の光のような存在がいた。
ジュゼッペは、有能な部下のおかげで都賢秀の手がかりを得られたことに感動した。
「ははは!よくやった!名前は?」
「あっ、私は新入りの研修捜査官、斎藤 蘭と申します!」
「斎藤……ということは、東部コロニーの出身か?」
「いいえ、私は第999地球の出身です。」
この賢い新人のおかげで、自分の昇進は確実だとジュゼッペはテンションを急上昇させた。
「よし!すぐに出発だ!次元の連結者を確保し、連盟へ帰還するぞ!」
「はいっ!」
ジュゼッペを中心とした都賢秀捕獲チームが動き出した。
ジュゼッペと8人の捜査官たちは、夜の山を越えるという試練を乗り越え、ようやく都賢秀がいるとされる反乱軍の村へとたどり着いた。
村の入り口に立ったジュゼッペは、村の様子を見て少し緊張した。
「……思ったより規模が大きいな。夜明け前に見つけられるだろうか……」
村は予想以上に広く、こっそりと都賢秀を探すには時間がかかりそうで、ジュゼッペは不安になった。
「ご心配には及びませんよ。火力では我々のほうが上です。突入しちゃえばいいんですよ、班長。」
副官のその言葉にジュゼッペが怒りかけた時、斎藤 蘭が口を開いた。
「それは良い策とは言えません。我々の火力が上なのは確かですが、この村の住人はざっと見ても数千人はいます。全員が戦闘員でなくとも、この人数は無視できません。一方で我々はたったの8名です。無駄な衝突は避けるべきです。」
斎藤は冷静で的確な状況分析により、ジュゼッペが言いたかったことを代わりに言ってくれた。
「斎藤の言うとおりだ。後輩が分かっていることを、お前たちは分からんのか?恥ずかしくないのか?」
ジュゼッペは斎藤に同意しつつも、実際には作戦の成功率を高めるためではなく――ただ単に怖かっただけだった。
「こんな未開人たちが一斉に武器を持って襲ってきたら、俺たちの命がどうなると思う?俺には守るべき家族がいるんだぞ!」
「そ、そうですね……僕の考えが浅はかでした、班長……」
斎藤は「発覚してはいけない理由」が少しズレてるように感じたが、「安全第一なのは確かだし」と思い、モヤモヤした気持ちを飲み込んだ。
「村の未開人たちに気付かれてはならん。だから我々は密かに動く。」
ジュゼッペは「密かに」と言ったものの……
「ところで……そろそろライトを消したほうがいいんじゃないですか?」
村の入り口に入り、これ以上ライトをつけて移動すれば住人に見つかる可能性が高いというのに、ジュゼッペと他の捜査官たちはまったくライトを消す気配がなかった。
そのうえ……
「バカ野郎!未開な村だから街灯もなくて真っ暗なんだぞ?こんなところでライトもつけずに歩いて怪我でもしたら、作戦開始前に損失が出ちまうだろうが!」
なんと斎藤を怒鳴りつけたのだ。
「暗くて見えないから」と、夜間作戦の基本中の基本「灯火管制」を無視する言動に、斎藤は呆れた。
次元移動管理連盟の捜査官たちは、全員が軍務経験を持つか、あるいは軍事訓練を受けてきたはずである。
だというのに、こんな初歩的なことすら理解していないジュゼッペを見て、斎藤は「本当に軍事訓練を受けたのか?どうやって班長まで昇進したんだ?」と疑い始めた。
しかし、新人の自分が先輩たちにあれこれ言えるわけもなく、黙って従うしかなかった。
『……無事に帰れるのか、不安になってきたな……』
何も起きないことをただ祈りながら――
ジュゼッペと捜査官たちは村のあちこちを探し回ったが、都賢秀の痕跡は見つからなかった。
密かに動かなければならないため、建物の中には入らず、外から覗くだけの捜索となっていたため、進展は遅々としていた。
「クソ、どこにいるんだ?いっそ夜明けを待って、一人になったタイミングを狙うか……」
都賢秀の捜索が一向に進まない中、焦ったジュゼッペがぼそりと呟いたその時――
「ったく!もうやってらんない!発音難しすぎて死にそうだっつーの!」
唐睿山と一緒に名前を言う訓練(?)をしていた都賢秀が、もう嫌だと言って食堂から出て森の中へと入っていくのが見えたのだった。
「ははは!運が我々に味方したようだな。さあ、確保しに行くぞ!」
ジュゼッペと捜査官たちは喜び勇んで都賢秀を追って森へ入ろうとしたが――
「待ってください!この真夜中にわざわざ森に入るなんて……少しおかしくないですか?」
斎藤は何かがおかしいと感じ、ジュゼッペを止めようとしたが……
「新人が偉そうに口出すな!怖いならお前はここに残ってろ!」
捜査官たちは彼の話に耳を貸さず、さっさと森へと向かってしまった。
斎藤捜査官は思わずため息をついたが、仲間たちが進んでいく以上、自分だけ残るわけにもいかず、仕方なく後を追った。
「部隊を三つに分ける。第1班は俺と共に正面から進入。第2班は左へ、第3班は右へ回り込んで、連結者の退路を遮断しろ。」
「了解!」
ジュゼッペの指示に従って、捜査官たちが都賢秀を包囲しようと動いたその時――
バァン!!
突如として銃声が鳴り響き、移動中だった捜査官の肩を貫いた。
「な、なんだと!?」
突然の攻撃に捜査官の一人が倒れ、ジュゼッペは完全にパニック状態になった。
「どうして……俺たちの接近がバレてるんだ……!?」
ジュゼッペは「なぜ気付かれたんだ」と混乱していたが、斎藤はその言葉に心底呆れていた。
「……この暗い夜道で、あんなにライトつけてうろついてたら、気付かれない方が不思議だろ、バカどもが。」
その時、暗闇の中から一人の男が現れ――斎藤が言いたかったことを、代わりに言ってくれた。
その男こそが――都賢秀だった。
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