第26話 再び訪れた白龍
「本座の呼び声に応える者よ、立ち上がれ。」
自分を目覚めさせるその声に、 都賢秀は目を開けると、見知らぬ空間が広がっていた。
無限に続く真っ白な空間――そして、目の前には……
山よりも巨大な白い龍がそびえ立っていた。
「……なんでいつも寝てるところを起こすんですか?」
「仕方なかったのだ。お前がまだ本座の名を呼ばず、契約を結んでいないからな。」
「その名前のことだけど……そもそもあなたは誰なんです?なんで私と契約しようとするんですか?」
「お前もここに来て、その存在は聞いたことがあるはずだ。本座は聖獣である。」
「聖獣……?」
『聖獣』という言葉を聞いた途端、都賢秀の顔は自然としかめっ面になった。
この地球にだけ存在すると言われる不思議な守護霊――聖獣。
この地の人々は生まれた瞬間から聖獣に憑依され、その助けを受けて生きている。
だからこそ、都賢秀は子龍に似た実力を持ちながらも、強大な聖獣の力に押されて逃げ回るしかない身となってしまったのだ。
「いいけどさ、聖獣は俺に何の用だっていうんだ?」
「実に長い年月を経て、本座の力を受け入れる器を持つ者がこれほど愚かとは……本座の身にも情けない話だ。」
「くそ……レトムもそうだし、このお方もなんで俺のことをいつも愚かだって言うんだよ?」
何故か自分が罵倒されている理由すら理解できない都賢秀を見て、白龍は首を振りため息をついた。
「愚かで判断力まで鈍いとは……ああ、本座の身の上だ……」
「くそっ!寝てる人間起こして何でいつもケンカ腰なんだよ……!!」
「聖獣が人間に用があるとしたら?お前の体に憑依するためだ。」
自分に憑依しに来たという白龍の言葉に、都賢秀は言葉を止め、目を見開いた。
「俺に寄生しに来たって……?」
「寄生とは……相変わらず無骨な人間だな。」
憑依という上品な言葉に対して寄生という下品な言葉を使う都賢秀に、白龍は不満げだったが、都賢秀は気にせず自分の言いたいことを続けた。
「聖獣はここにいる人間にだけ憑くんじゃなかったのか?」
「そうではない。旅行者であっても、この地球に来た以上、この地の法則に従わねばならぬのだ。」
都賢秀にとって聖獣は非常に面倒な存在でしかなかったが、それだけに強大な存在でもあった。
もしそんな聖獣が自分にも憑依するなら、明日の戦いにも大いに役立つだろうと考えた。
「そんなことを考えているなら、本座の助けは必要ないわけではなさそうだな……どうして本座の名を呼んで正式に契約しようとしないのだ?」
聖獣は憑依した者の考えを読めるのか、都賢秀の心の中を言い当てていた。
「そりゃあ、そちらが名前を教えようとするたびに邪魔が入って、まだ聞けていないからですよ。」
「そうか……確かに本座が名前を言おうとすると邪魔が入り、お前は目を覚ましたがな……それではもう一度呼んでやろう。今度こそ本座の名をしっかり呼び、正式な契約を結ぶのだぞ。」
「わかりました。」
「やる気があるのはよいことだな。では教えよう、本座の名は……」
どれほどすごい聖獣なのか分からなかったが、もしも高位の聖獣ならば、子龍のあの大きな巨体を今度こそ懲らしめられるかもと、胸を躍らせて待っていた都賢秀だったが……
「『ウビッコァプトゥワウォン カウォンクァンディップジュウィオギ』と申す。」
……白龍の名は舌が絡まり、発音不可能なほど複雑で、まるで「やだ!」と言って逃げ出しそうな名前だった。
都賢秀は発音の難しい名前を聞いて狼狽し、何も言えず黙っていた。
「なぜ呼ばぬのか?もしかして本座の力が不要なのではないだろうな?」
「そうじゃなくて……発音が難しすぎますよ。ウバルカ?一体どう発音すればいいんですか?」
今まで聞いたこともないような奇怪な異世界語のような響きに、都賢秀は挑戦する気にもなれなかった。
「ふむ……本座の名の呼び方は古代式ゆえ、現世の人間の発声法では少し難しいのだろうな。」
白龍は理解しているかのように穏やかに微笑み、ゆっくり教え始めた。
「ゆっくりついてこい……ウッ!」
「ウッ!」
「ビャッ!」
「ビャッ!」
一文字ずつ名前を教える白龍に合わせて、都賢秀もなんとか発音できそうだった。
「一文字ずつならなんとかなるね。」
「そうだろう?今度は一気に言ってみろ。」
「はい。それじゃあ……えっと。」
都賢秀は咽喉を鳴らし、慎重に名前を真似してみた。
「ウビッ……コァプ?」
「ちがう!違うぅぅ!!!」
白龍は自分の名前さえ満足に言えない舌を持つ都賢秀を見て、とうとう理性を失った。
「他人の名前を呼ぶという簡単なことすらできんのか!?」
「ちゃんと聞こえたまま言ったのに!!」
「全然違うじゃないか!!」
二人は「名前一つも呼べないのか?お前の名前がおかしいんだ」と言い合い、言い争うばかりだった。
*****
「ウッ……ピャッ……キヤッ!!」
「違うって言ってるだろうが!!!」
もう30分近く白龍の名を言おうと練習しているのに、まだまともに言えていなかった。
「ああ……舌に問題でもあるのか……どんなに言ってもひどすぎるじゃないか!」
「自分の名前がおかしいのを責めずに、なぜ人のまともな舌を責めるんだよ!」
二人は30分間言い争いを止めず、敬意の欠片もなくなっていた。
「ああ〜何千年ぶりかに本座の力を受け入れる器を持った男に会ったと思ったら、舌に問題がある男だったとは……ああ、白龍の身の上よ。」
「レトムというあの奴に散々苦しめられ、今度は色白のトカゲにまで軽んじられ……本座の身の上よ……」
二人は興奮を静めるために背中を向けて座り、静かな状態になったが、嘆きばかりで空気は重かった。
「時間も限られているというのに、これは本当に大変だな……」
暗い表情の白龍は突然、時間がないと悩み始めた。
「時間がない?それは一体どういうことだ?」
「それは……ん?」
「どこ見てんだ!時間がないという意味を聞いてるんだ、白いトカゲ。」
「……相変わらず無骨な奴だな……邪魔が来たようだ、引き下がるしかなさそうだ……話すべきことはたくさんあるのに、はあ、情けない……」
「このトカゲめが、またケンカを売ってきたな!今日は許さぬぞ!」
「都賢秀公!」
「誰だ?!邪魔するな、消えろ!」
後ろから誰かが自分を呼んでいたが、都賢秀は興奮して「消えろ」しか言わなかった。
「都賢秀公!」
「邪魔するなと言っただろう!」
「何を言っているのですか?!早く起きてください!」
「な、なに!?」
起きろと言われ、都賢秀は目を開けた。
そして周囲を見ると、本拠地の食堂だった。
「突然食事中に気を失い、わけのわからないことを口走り……どこか具合でも悪いのですか?」
ぼんやりした気分の都賢秀は、梅仙の言葉と手に持つ箸を見て、食事中だったことを思い出した。
「俺が食事中に気を失ったって?」
「そうです。目を見開き、奇妙な言葉を繰り返していましたよ。」
都賢秀の様子がおかしいと、梅仙はもちろんレトムや671番、天宝までもが心配そうな顔で見ていた。
「明日重要な作戦があるのに心配ですね。医者を呼びましょ……!」
「どこか痛いわけではないから心配しないでくれ。夢を見ただけだ。」
「夢?どんな夢を……?」
「俺に契約したいと言って聖獣が現れたんだ……」
聖獣と接触があったと聞き、食堂の皆がざわめいた。
「聖獣だって?旅行者にも聖獣が憑依するのか?」
「トカゲの話では、他の地球から来たとしても例外はないらしい……」
当然のことだが671番地球は次元の扉が閉じて久しく、次元旅行者の存在すら忘れていたほどだった。
数百年もの交流断絶で、ここに生まれていない者にも聖獣が憑依することは誰も知らなかったのだ。
「思いがけないことだが、何にせよ良かった。武芸に優れる都賢秀公に聖獣まで加われば我らの戦力は大きく上がるだろう。」
梅仙たち兵士は都賢秀に聖獣が憑依すると聞き、大いに喜び興奮していた。
「で、どんな聖獣と契約したのだ?見せてくれぬか?」
梅仙は興奮してどんな聖獣か見せてくれと言うが、都賢秀は不機嫌な顔で黙っていた。
「どうした?見せてくれないのか?下級聖獣で恥ずかしいからか?」
見せない都賢秀に671番がやってきて、下級聖獣で恥ずかしいのだと誤解していた。
「はは、心配するな。聖獣のランクで人の価値が決まるわけではないからな。」
「そ、そうですよ、都賢秀公。聖獣が下級でも上級でも、公にはすでに十分な武芸があります。」
よく知らないくせに元気づける人たちを見て、都賢秀は煮えくり返り、ついに爆発した。
「なんでそんな変な誤解をするんだ?ただ契約できてないだけだよ!!」
「ええっ!そうだったのか?でも……どうして契約しないのだ?」
「名前があまりに発音しにくくて、全然できなかったんだよ。」
「ああ!だから言えなかったのか。それでも恥ずかしがるな。聖獣の中には我々にも発音困難な名前のものがいる。そういう聖獣に憑依された者は成人してから契約成功することもあるのだからな。」
都賢秀が言わない理由をまた誤解し、梅仙は慰め続け、都賢秀はもう投げやりになった。
「いや、そういうことじゃないんだってば……」
「さあ、どんな聖獣なのか教えてくれ。我々には学者もいる。契約を助けてやれるだろう。」
梅仙が手招きすると、食事していた年配の男性が近づいてきた。
「本座は聖獣学を研究している唐睿山という。どんな聖獣か教えてくれ、若者よ。名前を教えよう。」
「でも名前は知らないんですけど?」
「聖獣とは字の通り動物の形をしている。だから、どんな種類の動物か教えてくれたら名を教えよう。」
人々はどんな聖獣が憑依したのか気になり、食事中の者たちまで集まって都賢秀を見ていた。
「夢に見たあのやつは……自分を白龍と言っていました。」
都賢秀は夢で見た存在のことを白龍だと教えたが……
「……なんだ?言えと言われて言ったのに……なんでこんなに静かなんだ?」
白龍という言葉を聞いて、皆が蜜を飲んだように口をつぐみ、静まり返っていた。
だがやがて……
「うわあああ!!!」
一斉に驚き叫び、倒れ込んでいた。
「は、白、白龍だと……それは本当か?!」
「で、でも……なんで?!」
聖獣は誰にでもいるはずなのに、なぜそんなに驚くのか分からず、都賢秀は理解できなかった。
「ま、まさか聖獣の王が憑依したというのか!!」
梅仙の口から白龍のことを「聖獣の王」と言う言葉が漏れた。
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